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歴史や文芸をやっていて新たな同志が増えることほど嬉しいものはない。私は昨年知り合った亘理町の郷土史家(ヤフーブロガー)をみちのく春秋の編集人である井上氏に紹介しようと考え、水面下で動いた。そのブロガーはサクラパパ様である。
サクラパパ様のブログ


待ち合わせた場所は青葉区上杉のファミリーマート前である。サクラパパ様とはブログとメールでやり取りがあったのみで初対面であった。サクラパパ様は宮城県南部の亘理地区に住まわれている。私とは年が近く、私自身も2年前まで亘理に居住していた為、話題に事欠くことはなかった。サクラパパ様とは数分間雑談を交わした後、井上氏の住まわれるマンションに伺った。

井上氏は七十代後半となるが、精力的に東北六県の文筆家と接点を持たれおり、人脈の多さはその徳に拠る処が大きい。私は井上氏を先生と呼ばせて頂いているが、井上先生の振る舞いそのものが君子であり、これからの自分が見習わねばならないところであると認識している。先生には例え意見の合わない相手(創作家)とでも別れるという選択肢はない。

例え今は意見が合わなくも互いに歩み寄る余地があれば、いつかは誼を交わせる時が来ると思われておられるようだ。論語に有隣「徳は孤ならず必ず隣あり」という言葉があるが、これは「徳のある人物は孤立することなく必ず取り巻きが形成される」という意味である。これを地で行かれる先生には、改めて頭の下がる思いがするのである。

三人で1時間半に渡って長々と話し込んだが、語調から井上先生は紹介したサクラパパ様に好感を持たれたようだ。原稿(サクラパパ様住まいのある森房地区の謂れについて綴った作品)の手直しは若干あるものの、サクラパパ様の研究熱心さに心をひかれたようだ。こうしてサクラパパ様のみちのく春秋新春号のデビューが決まった。

話がまとまった後、午後から私は若林区六丁の目西町の印刷団地に向かった。私は或る企業の季刊広報誌の歴史記事を書いているが、発注ルートと寄稿の窓口が変わったことによる顔合わせが主な目的であった。この席では自分が創作に関して普段から考えていることをお伝えした。

❶必ず現地を訪れ、何よりも自分が現場から感じるインプレッションを重視する。
❷史実と現況を在りのままに書くのなら誰でも出来る。自分が史実から何を感じたのか、そして現代人はその史実から何を学ぶべきなのか…等に焦点を当てて核心に迫る。
➌自分は郷土史家と言われることを嫌う。取り上げた史実が果たして日本史にとって何だったのか?世界史から見たらど見えるのか?このあたりにもコメントできるような広角的視点を身につけたい。

最後に顧客から「宜しくお願いします」とのコメントを頂戴した。これからはその期待に応えられるよう、様々な方面に対してアンテナを広げ自己啓発に努めたい。

サクラパパ様からは結構なお品を頂戴した。馬上かまぼこの「笹かまぼこの郷」である。今宵はこれを酒の肴に記事を書いている。論語に於ける「有隣」は勿論サクラパパ様にも感じている。これからは様々な情報を授受する関係に発展するのを感じている。本日は大変幸運にも、切磋琢磨を感ずる一人の郷土史家と遭遇した。「人脈は宝である」…私は改めて、この言葉の意図する極意に同感の極みを抱いた所存である。

横町挨拶
サクラパパ様は関西の広島出身ですが、亘理町に住まわれて34年とのことです。彼には微かな関西人なまりがございましたが、今はれっきとした宮城県人という一種の重みを感じました。伊達と言う土地柄は昔から様々な地方の人物を幅広く受け入れるという寛容な気風がございます。そういえば自分のルーツが関わったとされる川村孫兵衛重吉も長州の出で、政宗公に抜擢された人物でした。そんなことさえ脳裏を横切った昨日の新たな出逢いでした。サクラパパ様とはこれからも永い付き合いとなりそうです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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