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 若き日の田宮虎彦の苦悩を描いた私小説
※日時指定投稿
皆さんもお気づきのことと思うが、季節は日毎に春に向かっている。これは昨今の日没の時間を見れば伺えることであり、12月末では4時半で暗くなっていたのに比し、昨今の仙台地方では5時近くまで明るさを保つに至っていることからも明らかなことである。今冬の仙台はまとまった雪が降らないのでご覧の通り、また風もなく今時としては穏やかな部類に入る一日であった。この日の私はある目的があって昼一番に地下鉄で仙台市泉区の泉中央に参上した。

これがきょう訪れた泉図書館である。

昭和29年映画「足摺岬」、このビデオをどうしても観たいと思ったのは以前書庫の「田宮虎彦」のコーナーで取り上げたことと、ヤフーオークションで値段を吊り上げられ、落札しそこなった経緯によるものである。

このような貴重なビデオが市立図書館にあったことを感謝しなければならない。
放映時間は108分と結構長いが、私にとっては一般の映画鑑賞と全く同じような心構えであった。

配給は北星映画である。

原作は田宮虎彦、脚本は新藤兼人である。
 小説足摺岬は1954年に映画化された作品でもある。主人公(原作者の田宮虎彦)は、神戸市に生まれ、第三高等学校を卒業し、東京大学文学部国文学科に入学し苦学をしていた。そしてその頃の心境を私小説に著した。
 
田宮虎彦(1911~1988)東京都生まれ、妻を病で失った後に発表した往復書簡集「愛のかたみ」がベストセラーとなる。

主人公の浅井(田宮虎彦自身がモデル)は往年の二枚目俳優木村功である。

恋人役の福井八重演ずる津島恵子。

背景をよく見ると坂道になっているのがおわかり頂けると思うが、このロケ地は東京の菊坂(田宮が当時住んでいた場所)と思われる。

以下「足摺岬」あらすじ
23歳の主人公、浅井は東京の菊坂という町のある下宿に住んでいた。肺を病みながらもそこで、福井八重という女とその病弱な弟義治に出会う。しかし左翼運動疑惑で逮捕され、仕事(今でいうアルバイト)にも失敗する。
 
ある日、隣室に住む中学生の福井が追いはぎの疑いをかけられ警察に検挙される。その後すぐに冤罪であることが判明され釈放されるが、そのときのことで福井は警察に対し不信感を抱き自殺してしまう。また福井の自殺から間もなく、浅井の母の病死が父からの電報によって知らされる。さらに心を寄せていた八重もある事件がもとで故郷の四国の最南端、足摺岬近くの実家に戻っていく。
 
母を失い人生に絶望した浅井は、死を覚悟して八重の後を追い、汽車と船とバスを乗り継いでようやく辿り着いた。浅井はここで「諸国商人定宿清水屋」と書かれた遍路宿に宿泊する。
 
※足摺岬の近く、「清水屋」に到着した浅井

彼はこの時、足摺岬の怒涛の荒海と夢の中に出てくる幻覚の区別ができないほど憔悴し切っていた。そして土砂降りの雨の中、断崖から投身自殺を図ろうとするが、同宿の老遍路や薬売り、宿の女主人やその娘の八重らの献身的な看病と激励を受け一命をとりとめる。
 
以下作品より抜粋
女主人「馬鹿なことはせんもんぞね。」
薬売り「学生さんよ、生命を粗末にせらんぜよ。」
みんな辛い傷跡を背負っていたが、親身になって励ましてくれるのだった。そして老いた遍路はこう言った。
「死ぬ理由はいろいろつけたがるが生きる理由は一つあれば十分」。死と向き合う主人公は周囲の人の温かい思いやりに触れてもう一度人生をやり直そうと決心する・・・。
 
ところで小説の出だしの部分というのは本で言えば表紙にあたる部分であり、非常に大切な要素である。私が数年前に読んだこの小説の出だしの部分は極めてインパクトが大きく、冒頭の部分を読んだだけで一気にストーリーに引き込まれ読破に至った作品である。

以下田宮虎彦小説「足摺岬」より抜粋重たく垂れこめた雨雲と、果てしない怒涛の荒海との見境もつかぬ遠い崖から、荒海のうねりが幾十条となくけもののようにおしよせて来ていた。そのうねりの白い波がしらだけが真暗い海の上にかすかに光ってみえた。

それはうねりの底からまき上がり、どうとくずれおち、吠えたてる海鳴りをどよませながら、深い崖の底に噛みついては幾十間とわからぬ飛沫となって砕け散った。にぶい地響きがそのたびに木だまのように尾をひいて共鳴りを呼んでいた。

ミック感想
貧困と左翼活動がもたらす悲壮感、いつ特攻警察に検挙され収監されるかわからない生活。それは田宮自身がなによりも感じたものであり、作り事とは一線を画する壮絶な小説である。
 
しかしこの作品はただ暗いだけではない。絶望にありながらも周囲の人の献身的な介抱と励ましで再び生への気力を取り戻すシーンは感動を誘う。一般的に恵まれすぎる者は小説家に成りえないとよく言われるが、田宮虎彦は父に疎まれて育ち、母の愛情に恵まれなかった。このハングリーな精神がこのような作品に結びついたのではないだろうか?田宮自身は四国出身ながらも足摺岬には一度も足を運んだことがなかったと言う。従って多くは彼の想像に依るものと考えられる。本作は若き日の彼の切羽詰った境遇を如実に伝える名作と捉えたい。
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