FC2ブログ
山本周五郎「松の花」1942『婦人倶楽部』発表


山本周五郎「松の花」あらすじ
紀州徳川家の佐野藤右衛門は千石取りの家老である。彼は六十四歳になるが髪に少し白髪が増えたのと視力がやや衰えたのを除けば壮年の者を凌ぐほどの健康を有していた。彼は年長者への配慮により長年勤めたお勝手役の職を解かれ、代わりに藩史編纂の担当を任ぜられていた。昨今彼は「松の花」と言われる紀州家中の烈女、節婦といった誉れ高い女性たちの伝記の校閲を行っていた。



そんな折に数十年来寄り添った妻のやす女が病のために家族や従者に見守られながら息を引き取った。藤右衛門が死に水をとると布団の外に手がはみ出ているのを見つけ、それを入れてやろうと手を握った。すると思いのほかざらざらしているのに気がついた。藤右衛門は通夜の晩、長子格之介と次男金三郎に半通夜にするように言いつけたが、金三郎の懇願を受け入れ従者の一晩の伽(終夜に渡る通夜)を認めることにした。
 
初七日の法要が済んだ後で妻の身につけていた衣類の形見分けをするように長子の格之介に言い渡した。形見分けの品選びをするために、妻の箪笥を開けた藤右衛門は、その品が質素であることに驚いた。それはどれをとっても着古した木綿ものであり、継ぎあてされ仕立て直されたものばかりであった。これを見た藤右衛門はなかばあきれ顔で格之介に「人の目に触れて恥ずかしい故、折を見て焼き捨てよ。」と申し付けた。
 
妻の生前の質素倹約は召し物に留まらなかったが奉公人への祝儀、不祝儀は新たに買い求めた高価な品ばかりであった。そんな折に藤右衛門は格之介から「武家の奥方はどのように質素であっても恥にはならないが主君や臣下に分相応の奉公、振る舞いをするには常に千石千両の貯蓄を欠いてはならない。」という生前の妻の言葉を聞かされる。
 
そう言われてみると藤右衛門には心当たりがあった。以前藩の財政を助けるために献上金を出したことがあったが、その時三百両という大金を数回に分けて何事もなかったように払ったことがあったのだ。実はその献上金こそ、妻の質素倹約が生んだ蓄財から捻出されたものであったのである。



藤右衛門は妻が生前何一つ不自由なく暮らしているものとばかり思っていたのはまったくの思い違いだった。彼は妻が死んでからそのその存在の大きさに初めて気づいたのであった。妻の亡き後も深夜まで筆を握り「松の花」の校閲をする藤右衛門、この時彼は現在校閲を手がけている「松の花」の序文を思いついた。それは烈女の陰に隠れがちの節婦が如何に偉大であるかということであり、彼女たちの勲功がどれほど偉大であるかを世に知らしめることであった。その晩もすっかり夜が更けていた。そして彼の脳裏にはあたかも春風のようなやすの笑顔が蘇ってくるのであった。
 
読後感想
 
直木賞受賞を辞退した山本周五郎の日本婦道記シリーズ中の一作、妻による内助の功は昔から日本の美徳として語り継がれてきたが、侍の場合主君や臣下への奉公や振る舞いが肝心なので、特に顕著なものがあるのではないだろうか?藤右衛門は生前のやすに対して水や空気のようなものであり、その存在を当然とばかり思っていた。しかし死によってその存在が初めて客観視できるようになり、偉大なものであったことに気付いた。往々にして連れ合いの長所は生前にはなかなかピンと来ないものなのかも知れない。
 
藤右衛門から半通夜と言われた時に従者の者はやすを偲んでなかなか立ち去ろうとしなかったが、これはやすが家族や親族だけでなく、従者の者たちからも慕われていたからであった。自分は質素に慎ましやかに暮らしながらも家のことを第一に考え、夫を立て常に蓄財を欠かさない。ここに我が国の良妻賢母の鏡とも言える女性の理想像を感じた。哲学的な視野に立ち、倫理観に優れつつ、世の見落とされがちな部分にスポットを当てた周五郎の非凡を感じる名作と思った。
関連記事

コメント

No title

昔の奥方はみな内助の功があったと思います。
特に武家の奥方は主人が恥をかかないよう
倹約し貯蓄をし、いざという時に何食わぬ
顔ですっと大金を差し出す。。。なんとも
格好いい話です。 今は女性も働く時代です
から人前に出ることも多いのでみすぼらしい
格好は出来ませんが、今でも同じ気持ちなのは
自分の旦那様が人前で恥をかくことだけは
させたくないということです。
。。。。私も倹約しなくちゃ。。。。https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s350.gif">

URL | まゆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

日頃、小説など、読まない私ですが、夫を立てる内助の功、素晴らしいですね。

倹約していざと云う時の為に使う、出来ない事です。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

成りたいなりたい♪

あこがれの言葉 良妻賢母♡
日々 自分の中の鬼のような心と 醜さと闘うまいにちでございます。

ヘッダーの松林が とても美しいです。

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん
まさに内助の功とはこのことですね。
質素倹約はやはり美徳だと思います。
しかし自分の身に置くとなかなか出来ません。
暇があれば銭失いの骨董さがしです。
反省!

URL | ことじ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
この作中の女性の生き方、いいですね~
でも、私は良妻賢母としてではなく、自身の生き方としてそうありたく思います。
女性の側からの思いでしょうか。
はっきりしないコメントになってしまいました。
ナイス!です。

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

クリオネさん、実は山本周五郎と直木賞を考案した菊池寛は不仲であったようで、二人の間に確執があったと聞いています。
そして比類なきハングリー精神。これから先の全ての賞を辞退するに至った周五郎の反骨精神は私の魂に共鳴するものがあります。
コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、いきさつをお聞きして大変驚いております。
折り目正しい文学とはこのような作品を言うのではないでしょうか?
私もこのような名作をいつか朗読してみたいと思います。
コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

まゆさん、本作品は我が国の模範的な良妻賢母像を描いていると思います。
昔の家柄ありき、御自身のことをお聞かせ頂き感謝しております。
コメントを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、内助の功という言葉が一番相応しい本作品でした。
倹約は美徳と言ってもいいのではないでしょうか?
コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

つや姫さん、良妻賢母とはなんと響きのいい言葉なのでしょう。
私はつや姫さん自身が既にそうなられていると察しました。
コメントを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ことじさん、OAも何もない時代このような価値観が生活を支配していたのだと思います。
それでも美しさを感じる。これが日本の美しさであり勤勉な民族の所以たるところではないでしょうか?
コメントを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、大変素晴らしいコメントを頂きました。まさに良妻賢母は美しき日本の伝統を守ってきたのではないでしょうか?
こういう縁の下の力持ちに日の目を浴びせた周五郎の手腕には敬服します。
コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさんおはようございま~す。
トラックバックの件....大変失礼いたしました。
教えてくれてありがとうございます。
トラックバックに馴れてないものですので~(笑)
ゴメンナサイネ<m(__)m>
直ったと思いますけど...??


そして..
山本周五郎が直木賞を拒否した理由が分かりまた...。
素晴らしい~意地&プライド&反骨精神..ですネ。
....勉強になりましたよ..ありがとうございました。

URL | クリオネ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

クリオネさん、こちらこそ失礼しました。反骨の作家、山本周五郎についてもっともっと調べてみたいと思っています。
私は歴史の一例を挙げながらも、このような人間の深層心理に迫る哲学的な作品が好きです。
彼の作品の中では他に由井正雪なども読んでみたいと思っています。
ご意見、感想を頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんにちは^^

松の花、初めて見ました。
真っ赤で綺麗ですね~!
やがて松かさになるんですね^^

内助の功。。。。。生きてる内はなかなか感じてもらえないかもです。
亡くなって初めて知る、感じる事ではないかなぁ~!
そんな感じがします。
反対であっても、同じことが言えそうです。
山本周五郎さんの直木賞辞退。。。。。。感慨深いです^^

ナイス!

URL | Rain ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

内助の功、今ではあまり聞かない言葉ですよね。
私の回りには、母を含めてそういう人はいません。
そういう時代だったのでしょうし、そういう
教育を受けてきたのでしょうね。
男性もまた、男の中の男という人は、会った
事がありません。

URL | yoko ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Rainさん、松の花はやや地味ながらも確実に松ぽっくりになり子孫を残す。ここに周五郎の哲学を感じるのです。
家柄や武士の名誉、良妻賢母という言葉が私語になりつつある昨今、どうしても後世に語り継ぎたいことがある。
本作にはそれを感じるのです。周五郎は直木賞を含め全ての賞を辞退していますが、まさに反骨精神旺盛に溢れた尊敬する作家です。
コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

yokoさん、それだけ時代が変わったということでしょう。
それでも作品の中に潜む昔人の考えはけして色褪せないものを感じます。
子孫を後世に残こすという価値観も変わりつつある昨今ですが、筋の通った生き方は多くのかたに共鳴をもたらすのではないでしょうか?
侍は寡黙でなければならない。これはいつ敵に襲われるかわからないことに起源を発しております。
おっしゃることですが、現代の男性はそういう意識を持つ必要がなくなった故と思います。
コメントを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

トラックバックありがとうございます。

1月14日に 軽いコメント残していますね(笑)
基本的には思うところは同じですが。。。
昔から言われていることを古臭いととらえるか
一理あるととらえるかは人さまざまでしょうが どうも私は家庭の中でも無意識に役割分担で自分の役を
全うしようとしています。

山本周五郎さん いい作品書いておられますね。

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

つや姫さん、女性(それも奥方)の視点から捉えた歴史ものは意外と少ないのですが、周五郎の目の付け所はやはり只者でない気が致しております。

「良妻賢母」というと、男女同権の今の時勢の感覚を踏まえるとやや古い言葉になるのは否めませんが、男にとって家庭は足場であります。
建設現場に於いても安定した足場抜きでいい仕事はけして出来ません。
ゆえにこうした女性が家庭に居てくれれば男は仕事に打ち込めるし、一家は繁栄すると存じます。
本日はトラックバック先に二度目のコメントを頂きかたじけのうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)