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新年の寺社仏閣巡りによって得られる心の平穏
私には昨年から始めた新年の恒例行事がある。それは寺社仏閣巡り、少なくとも四十代までは全くと言っていいほど興味のなかった寺社仏閣巡りが昨今は私の新たな趣味として定着した感がある。1月5日に私が最初に訪れたのは仙台市青葉区の北山霊園である。まずは哲学者、美学者の仙台名誉市民阿部次郎の墓である。既に没後55年が経過したわけだが彼が仙台に残した形跡(功績)は極めて大きい。この墓は位置といい、大きさといい圧倒されるものがある。まさに偉大な彼に相応しい墓でないだろうか?



北山霊園を後にした私は隣接する羽黒神社を訪れた。仙台では正月様を燃やす祭事をどんと祭と呼んでいる。以前は成人の日の前の日であったが今は違う。それでも1月14日がどんと祭というのはずっと変わってない。


羽黒神社本殿、江戸時代からの由緒ある神社であるが八代はこの通り新築されたものである。私が今立っている場にはきっと多くの先人が願をかけに訪れたに違いない。私はそう考えると壮大な時の流れに身を任せるような至福さえ感じるような思いがした。

この日のルートを航空写真でご覧頂きたい。黄色○:北山霊園阿部次郎墓、黄色□:伊達政宗御生母保春院灰塚(永昌寺)、赤□:仙台藩奉行、原田甲斐旧屋敷山門移転場所(荘厳寺山門)、オレンジ□:仙台藩士支倉常長六右衛門墓所(光明禅寺)

ここが伊達政宗公の御生母、保春院の灰塚である。(永昌寺内)

灰塚とは一体何なのか?空の棺を四十九日前に焼いた場所らしい。仙台藩主とその夫人にのみ適用されるきわめて珍しいしきたりのようである。

この後私が訪れたのは隣の寺の荘厳寺である。

どうやらこれは寛文事件で有名な原田甲斐の屋敷(片平町)から移転された山門らしい。彼が本当に逆臣だったのか否かは今でもミステリーのままである。

このあと政宗公の正室、愛姫が葬られている輪王寺を訪ねた。この長い参道をご覧頂きたい。圧倒的な存在感、格式から言ってもここは仙台でも筆頭に位置する寺である。

最後に仙台藩士、支倉常長の墓所がある光明禅寺に行った。彼には自作歴史小説「金色の九曜紋とともに」を無事に書き終えたことを報告した。

私は新年のけじめを付けるに相応しい一日に心底感謝し、帰路に着いた。
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