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本日、石巻の郷土史家である紫桃正隆氏の描いた蛇田町(現:旭町)の図を基にCADで製図を試みた。縮尺は1/500である。尚、蛇田町の各住戸(往時の蛇田町の住民は宿場の労役の為、近郊の蛇田村から移住させた百姓が主と思われる)の間口は2間と設定した。また紫桃氏の想定した寸法を優先した。下図はその一部である。私の生家のあった場所は「石巻横町」と書いたところより南に100メートルほど行ったところになる。紫桃氏の描いた図面は南を上に描いていて、ややわかり難かったので北を上にして描き直した。

かいこ濠、竹林の垣根の位置がはっきりとわかる。それと石巻屋敷(代官が住んだ屋敷か?)肝入・太郎左エ門屋敷、番屋(見張り番が常駐したと思われる)が町の端部に配置されていて、大変興味深い。

これは横町(現:千石町)北側の公図である。横町川(今は埋め立てられて存在しない)となっているが、これは人工的に掘られた濠と推察している。

❶石巻屋敷❷番屋➌肝入・太郎エ門屋敷の位置を18世紀後半に描かれた石巻俯瞰図に落としてみた。橋の位置や濠のルート、建物など、俯瞰図は驚くほどの精巧さで紫桃氏の描かれた図と符合を見る。今度石巻に行った際は是非現地を再訪したいと考えている。

横町挨拶
一枚一枚秘密のベールが剥がされて行く。今はそんな気持ちでPCに向かっています。実は昨年、私の曾祖母M(1855~1925)は養蚕業を営んだということを従姉妹から聞いていました。従って生家のすぐ近くに「かいこ濠」があったのは当然とは言え、驚いています。同時にルーツの暮らしぶりの一端が微かに窺える気が致します。恐らく曾祖母の日課のとして、横町川からの水汲みは必須だったことでしょう。CADを使っての製図はまだまだかかりそうですが、大きな励みもあるので一瀉千里で一気に描き上げたいと思っています。同時に偉大な郷土史家であられる紫桃正隆氏の偉業に感謝したい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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