fc2ブログ
1970年放映、山本周五郎原作
NHK大河ドラマ「樅ノ木は残った」
三連休最後のきょう、私は仙台市図書館で山本周五郎原作のNHK大河ドラマ「樅ノ木は残った」のビデオを三時間に渡り鑑賞した。

 裏切り、憎しみ、破綻…、この世で不安のない人はほとんど居ない。この動画をご覧頂きたい。強風になびく竹林はあたかも人の世に風雲急を告げる様々な厄難を彷彿させる。そして鬼の面、おかめの面は様々に表情を変えゆく波乱の人生を象徴するかのようでもある。

人の一生は短い。もしその一生で何が残せるのか?と人に問われたらほとんどのかたは返答に戸惑うのではないだろうか?

ここにお家存続のために命を捨てた一人の侍が居たとしよう。例え逆臣の汚名を着せられてもいい、自分の血筋が途絶えてもいい。このような考えは現代では想像もつかないものである。それだけに伊達騒動(別名寛文事件)の中心人物、仙台藩家臣、原田甲斐の生き方は我々に強烈なインパクトを残すのである。

伊達騒動:仙台藩の御家騒動。寛文事件ともいう。1660年江戸の小石川堀普請に際する不行跡のとがめにより藩主伊達綱宗は隠居を命じられ、二歳の亀千代(綱村)が襲封した。叔父伊達兵部少輔宗勝、庶兄田村右京宗良がそれぞれ三万石を分知され後見となり、幕府国目付の毎年派遣の下に藩政が行われた。奉行奥山大学常辰が当初権勢をふるったが兵部(宗勝)は1663年これを罷免、幕府老中酒井忠清と婚姻関係を結び奉行原田甲斐や側近出頭人を重用して一問の反対勢力を弾圧、斬罪切腹17名を含む120名余りを処分した。
  
    ※原作者山本周五郎(1903~1967)

原田甲斐(配役、平幹二朗)この男はけして表情を変えない。侍は喜怒哀楽を表面に出してはならない。だから侍と言えるのだ。侍はいつでも死を意識して居なければならない。そしてその死が何を意味するのか、何のために己が死するのかを常に知っておかねばならないのだ。

私はきょうこのビデオを観て非日常的な世界に身を置いた。私は原田甲斐の生きた350年後に生かされている。よしんば現代に生きる私が「甲斐の生き方はあなたに何をもたらすのか?」と問われたとしよう。さすれば私はこう答えよう。「人は死と隣り合わせです。時代は違っても人は常に死を意識して行動しなければならないのです。自分がなんのために生きたか、これを常に自分に問い、意識しながら生きることが肝心なのです。」と。
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)