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志賀直哉「赤西蛎太」粗筋
江戸の仙台坂(現JR大井町駅近く)の伊達兵部の屋敷に赤西蛎太という三十台半ばの侍が居た。彼は雲州松江の出身で訛りがあり、醜男、武骨を絵に描いたような男だった。酒も女もやらず菓子と将棋だけが唯一の楽しみで真面目だけが取り得の男だった。彼には銀鮫鱒次郎という親友がいたが、鱒次郎は蛎太とは対照的に生き生きとした美男子であった。実は二人は伊達騒動の不穏な動きを察した片倉小十郎景長(仙台藩重臣、片倉小十郎景綱の孫)から遣わされた密使であった。



胃腸患いだった蛎太はある日按摩の安甲を呼んで腹を揉ませていたが腸捻転になり、死を覚悟した彼は自分で腹を切って腸のよじれを治してしまった。彼はこのことを安甲に固く口止めしたが口の軽い安甲は屋敷に勤める老女蝦夷菊に漏らしてしまう。

それから数日後、仙台坂の下には背後から切られたと見られる安甲の死体が横たわっていた。この事件から更に数日後、鱒次郎は病床の蛎太を見舞い、蛎太から「安甲を切ったのは君だろう?」と問われたが彼はこれを笑いながら否定した。

それから二ヶ月ほど過ぎた秋の彼岸、すっかり全快した蛎太は鱒次郎とともに築地で小舟を借りハゼ釣りに出かけた。舟の上で鱒次郎は弁当に酒、蛎太は弁当に菓子を味わいしばらく談笑した。この時、スパイ活動の報告書はあらかた出来上がっていたのであった。蛎太はこれを仙台領白石に持ち帰って殿(片倉小十郎景長)に報告しなければならなかった。このため現在奉公している伊達兵部に屋敷を離れる為の口実を作らねばならなっかった。
 
これは鱒次郎の考えた凝ったからくりであった。小江(さざえ)という若くて綺麗な女に恋文を書き、振られたことの体裁を繕うために夜逃げをするというものであった。蛎太は万が一にも小江への求愛は受け入れられないと考え、これを実行に移すがその意に反し、小江からの返書は意外にも蛎太への尊敬と好意を示すものであった。
 
※睨むような硬い表情で恋文を小江に渡す蛎太と恥らいながらこれを受け取る小江


蠣太はこれに戸惑うとともに心ときめくようなものを感じたが、一方で方向性を誤ったことを痛感する。また小江の心を弄んだことにも後悔する。この後で別の恋文を落として他人に拾わせ、蝦夷菊にしくじりの置手紙をして、彼は密書を持って白石に向かった。小江は傷心したが賢い女だったので、手紙は焼き捨てた。

原田甲斐と伊達兵部はある日の会合で、蠣太のことを酒の肴にしてあざけ笑ったが、徐々に事のおかしさに気がついた。小江に詰問し実家に送り返した。しかしすでに遅かった。この蠣太の報告書は伊達本家に伝わり伊達騒動となり、原田甲斐と伊達兵部は失脚、後に原田は一家断絶となった。蠣太は事件後、本名に戻って鱒次郎を訪ねたが行方知れずになっていた。恐らく殺されたらしい。

  読後感想
本作は尊敬している志賀直哉の唯一の時代小説でもあり、また何を隠そう私自身が醜男ということで赤西蛎太に親近感を感じ興味を惹かれた。但しこのストーリーに於ける伊達騒動はサブテーマであり、本筋は忠臣を貫いた赤西蛎太の生き方と考える。虚偽の告白に対して小江が同調したのは意外でもあり蛎太は一瞬心ときめくが、すぐに我に返ってその使命を貫こうとするところに侍魂を感じる。
 
蛎太は不器用ながら実直であり人柄の良さがにじみ出ている。また枝葉ではあるが、鱒次郎と釣りに興じる様には古き良き時代の長閑な江戸湾の風情を感じる。例え醜男でもうんちくがあれば捨てたものではない。私も含めた世のモテない男にも希望を与えてくれるのである。父との和解を得たばかりの志賀直哉、三十四歳時の快心の時代劇。
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