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 故郷石巻の復興を願い伊達武者に成りきる
既に三週間前に決めていたことがあった。それは故郷の石巻市で開催される慶長遣欧使節派遣四百周年の記念イベントの一つである伊達武者行列に参加することである。世の中、言葉だけのことは軽過ぎるというものである。私は歴史小説「金色の九曜紋とともに」のプロローグで語った「成り切り」を実践してその軽さを返上したいと思ったのである。
 
朝8時半に集合場所の石巻駅前に行くと既にこのように伊達武者が出陣の時を今か今かと待っていた。

これが私の装着した兜である。三日月は伊達政宗の兜のデザインとして有名であるが家臣の兜藩にもこのような月をイメージしたデザインが多く採用されている。但し伊達藩の兜は独創性に溢れており片倉小十郎の釣鐘模様や伊達成実の毛虫模様など極めて変化に富んでいる。このあたりが目立ってなんぼの伊達者と言われる所存なのであり、敵を威嚇する狙いもあったのではないだろうか?

私の装着した胴あてには伊達家の家紋の一つである「竹に雀」の装飾が施されていた。兜と言い胴あての家紋といい、由緒正しき伊達武者といった感じである。

これは小手とすねあてである。旗本クラスと違い思ったより軽く(約15キロ)作られておりあくまで実戦向きの甲冑である。

出陣する前にスタッフのかたに写真を撮って頂いた。刀は一本に見えるが二本差しである。少し気恥ずかしい感じがする;

支度を終えて外に出ると武者の数は更に増えていた。徐々に胸が高鳴ってくる思いがする。

9時半ころになるとこの通り、仲間の凛々しい姿を見ると自ずとテンションも上がるものである。

これがきょうの武者行列の配列である。ちなみに左から右にかけて配列が続く。先頭は伊達武将隊、二番目が片倉鉄砲隊、三番目が甲冑武者隊、四番目が大将武者(旗本クラス)、五番目が伊達政宗公、六番目が騎馬隊、七番目が甲冑武者隊、八番目が花山鉄砲隊、九番目が支倉常長隊である。
 

をご覧頂きたい。私のポジションは三番目の甲冑武者隊のグループである。
青□:私(大内定綱役)赤□:亀山石巻市長(伊達政宗役)

google航空写真で伊達武者行列のルートをご覧頂きたい。赤□:JR石巻駅、オレンジ●:スタート地点、青●:ゴール地点
参加するからには武者に成り切らねばならない。武者には油断があってはいけない。主君のためにいつでも命を捧げる覚悟が出来ていなければならない…、自分が生まれ育った石巻の目抜き通りを甲冑を纏い練り歩く武者行列に参加できたのは感無量であった。

昼12時に武者行列は無事に終了した。そしてこのような記念品を頂いた。
この日は自分が故郷石巻に対しなにが出来るのかを実感できた一日になった。

最後に慶長遣欧使節派遣四百周年記念弁当が支給された。地場の米であるささにしき、かまぼこ…、私は自分が伊達者の一員であることを認識し、郷里に貢献できたことを嬉しく思い、これをありがたく頂戴した。こんな美味い弁当を食べたのは果たして何年ぶりなのだろう?

人生初体験、伊達武者行列に参加してなにか大きな自信を得たような気がした。さあ、家に帰ったら今日は地酒で自分の初陣を祝おう! 
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