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 敗戦で沈んだ日本へ景気回復意欲をもたらす
 
   昭和24年芥川賞受賞、井上靖「闘牛」粗筋 byミック 
 時代背景は戦後の焼け野原が広がる昭和21年暮れの大阪である。37歳ながらある新聞社の腕利きの記者の津上は海千山千の荒法師を思わせる風采の興行師田代と商談に及んでいた。それは四国のW市(宇和島市と思われる)から22頭の牛を連れてきて、阪神球場で三日間に渡って戦わせる。即ち闘牛の興行に関するものであった。
 
 田代の胸算用はざっとこうである。三日間晴れが続けば観客席の9割が客で埋まる。この時の収益は300万、球場使用料、諸経費を含めた支出が200万、従って順調に開催できればざっと100万の利益(現代の貨幣価値に換算すれば数千万の大金)が出るというものである。しかしこの興行は反面大きな博打でもあった。屋根のない阪神球場では雨が降ったら中止にせざるを得ない。三日のうち一日でも雨が振ればこの興行は赤字となるのであった。これは出資金19.5万円の新聞社にとって社命を賭けた一大事業であった。
 
 社長からの信頼が厚い津上はこの運命のダイスを今にも転がそうとしていたのである。商談は当初トントン拍子に進むかに思われたが、途中で田代から勢子の日当の前金10万円の前払金負担を言い渡されたり、牛が大阪に乗り込んでからの餌調達の問題に直面するなど、この事業は津上が懸念するように、徐々に怪しい雲行きに覆われてくるのであった。

 津上には戦時中から三年間同棲した戦争未亡人のさき子という愛人がいた。さき子はエリート記者の津上の才能に惹かれつつも、この恋がけして実らぬものであることを知り得た時から、愛が憎悪に切り替えられてしまうのであった。
 
 そして牛の宿舎の手配や広告などで忙殺されながらもついに闘牛大会開催の日を迎えた。天候は津上らの期待を裏切り初日から雨であった。降雨のため二日目までの中止を余儀なくされたのであった。三日目になってようやく晴れとなり開催となったが大勢はとうに決していた。問題はこの赤字を如何に最小限度に留まらせるかにあった。
 
 最後に横綱同士の黒牛(川崎牛)と赤牛(三谷牛)がその権威をかけて激突したものの、津上らは闘牛の内容にはほとんど無関心で、頭にあるのは大会の興行としての失敗に関する憂いばかりであった。そのような中でさき子はこの結びの大勝負に自分と津上の別れを賭けていたのであった。そして数十分に及ぶ熱戦の後、大観衆の見たものは…
 
            ミック読後感想
 私自身の読書パターンはいきなり作品に興味を持つのではなく、尊敬する作家から入ることが多いが本作品もこのパターンである。
                ※井上靖(1907~1991)

 この物語には大きな二つの流れが存在する。ひとつは言うまでもなく戦後の傷跡癒えぬ大阪を舞台に繰り広げられる一攫千金を夢見る男たちの野望である。作中ではその脂ぎった思いが泥臭く、臨場感たっぷりに語られており思わずストーリーに引き込まれてしまう。しかしながらこの興行は考えている通りには運ばず、現実はそうあまくないことを改めて思い知らされる。
 
 もう一方で津上とさき子の色恋沙汰が気になる。どちらをメインに捉えるかは読者に委ねられるが私は主人公の津上には井上靖の新聞記者としての現役時代を感じた故、このストーリーに関してはさほど拘るところではないような気がした。それよりも敗戦したばかりの国でこのような興行が行われること(この闘牛大会にはモデルとなるものが存在した)自体、驚くことで背景には敗戦国のわが国へ向けられた勝国の恩情と復興への期待を強く感じた。
 
 また人生を正面から真摯に見つめ、外連味のない作風で知られる靖がこのようなテーマの作品に手を染めたことにことの他興味を引かれた。おそらく靖自身も記者時代はこれと似たようなことがあったのでないだろうか?そのように靖自身の身の上を想像して読むと余計にストーリーにはまってしまう。本作は敗戦で打ちひしがれた日本国民に景気回復への意欲を大いにもたらしたのではないだろうか?戦後の日本国民に最も必要とされる意欲の必要性を訴えた靖の会心作。
 
本ブログ井上靖シリーズ
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