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 ノーベル物理学者湯川秀樹 

最近私が注目しているNHKDVDがある。それは「あの人に会いたいである。」この番組は既に故人となった著名人の生前インタビューなどを流し、その実像や後世に残したものにスポットを当てるユニークなものである。今回印象に残ったのは日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士である。



以下Wikipediaより抜粋
湯川秀樹19071981理論物理学者、理学博士、京都市出身。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を1935に理論的に予言した。1943年文化勲章1947、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより湯川理論の正しさが証明され、これにより1949、日本人として初めてノーベル賞を受賞した。京都大学、大阪大学名誉教授。京都市名誉市民。



74年の生涯で彼はいろいろな名言を残している。「一見、人生は相当無駄が多いように見えている。」が…



実はその無駄が人生の豊かさに繋がっているという。具体例を挙げれば彼は4、5歳のころから祖父に孟子や老子の漢学の音読を強要されたというのだ。最初のうちはなぜこんなことをさせられるのかわからず悲しかったと言うがこれは彼の少年期に於ける文章読解力をつける礎になったと言う。やはり国語、文章読解力はあらゆる学問の基本である。
 
一見、物理学とは無縁のような漢学の音読が彼のその後の人生に大きなアドバンテージをもたらしたのだ。世に無用の用という言葉があるが、このようなことを言うのではないだろうか?



彼がノーベル物理学賞を受賞したのは昭和24年、学者としての脂が乗り切った43歳のときであった。



ノーベル賞受賞後、アインシュタインと歓談する湯川博士。



彼がノーベル賞を受賞した陰にはは夫人による内助の功があったという。
夫人談「秀樹さんというかたはどうも夜型のようなのです。そして寝ている間に様々な仮説を立てる。それを忘れないために電気を点けてメモを取る。そして日中の研究でその裏づけを取る。しかし研究とは結びつかない。そして彼は不機嫌になる。こんな生活が半年続いたのです。」



このような中で、論文を書くように強く勧めたのは彼女であった。そしてこの理論が1934年に論文として発表される。これがノーベル賞受賞の決め手となったのである。



ここで彼が残した名言の中で印象に残った言葉を二つ紹介する。
①現実はその根底において常に簡単な法則に従って動いており、達人のみがそれを洞察する。現実はその根底において常に調和しており、詩人のみがこれを発見する。
 
②現実は痛切である。あらゆる甘さが排除される。現実は予想できないほど豹変する。あらゆる平衡はおそかれ早かれ打破される運命にある。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
 
             著者コメント
①については物理学者の言葉というより哲学者の言葉と言う感じを受ける。これは彼が幼少時に学んだとされる漢学の影響が大きいのではないだろうか?世の中の流れは古今を問わず常に一定の法則があるとも受け取れる。
 
②については如何にも現実を重んじる科学者の言葉という印象を受ける。唱える理論に甘さがあればそれは当然淘汰される。また物体が存在する限り、同じ状況が存続することはあり得ない。また真実は慎重の上に慎重を重ねた考察によってのみ見出される。
 
私は彼の二つのこのような意味合いを感じた。ここに三つ子の魂百までもという言葉が存在する。物理学と漢学は一見なんの関係がないようにも受け取れるが、それは違う。なぜならば普遍的な真理を極限まで追求するならば、これらの二つの学問には通ずるものがあるからだ。彼の物理学での理論は幼少時に祖父から学んだ漢学の音読がもたらた影響はことの他大きいのではないだろうか?彼は優秀な科学者であると同時に偉大な哲学者でもあったのだ!
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