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 仙台平野の沖積層を培った七北田川左岸の散策
 昨年あたりから新しく私の趣味に加わったものがある。それは河歩きである。川べりを歩くのは季節を問わずして非常に気持ちがよく、時には様々な発見がある。それは小さな神社であったり、祠だったり、さもない民家の佇まいであったりする。それらを眺めて昔に思いを馳せるのである。そして昔人の心を少しでも感じようと努力する。
 
 その昔とは時と場合によっては明治~昭和の近世であったり、ちょんまげ髪を結っていた中世~近世であったり、或いは古代であったりする。その想像の過程が非常に楽しいのだ。そして過去を見つめていくことは現在の自分への客観視に繋がり、未来も見えてくる。この辺は史跡めぐりと共通する醍醐味と言っていいのかも知れない。そしてこの趣味は一度この魅力にはまると病みつきになるといっても言い過ぎではない。
 
 きょうの私はそんな非日常的な感動を得るためにJR仙石線に乗り、仙台市東部へと向かっていた。他の色はほとんど緑のままといった感じで視覚からもこの日の気温(30度)からも秋の気配はほとんど感じられない。

私が降りた駅はJR陸前高砂駅である。

しばらくは国道45号線を北東に向かう。この先には港町の塩釜や石巻が控えている。

それでは航空写真できょうのルートをご覧頂きたい。大雑把に言って町歩き4割、河歩き6割といった感じである。

45号線沿いの牛丼の吉野家の脇道を入り、仙石線要害踏み切りを越えて北に向かう。
名前からして昔この辺に要害があったのだろうか?人と自転車がやっと通れるくらいのマイナーな踏み切りであった。

住宅地をしばらく歩いた後、水路沿いに歩いた。近くに水田もあるので農業用水といった感じがした。

そしてまた住宅地を15分ほど歩くと七北田川に出た。これは下流側のビューである。尚、向こう側の右岸は今年の2月12日に歩いているのできょうは半年ぶりの七北田川べり歩きとなる。
 
※半年前の七北田川右岸の散策をご覧になりたい方はこちらをクリックしてください。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31512088.html

私は上流側に向かって歩くことにした。炎天下にも関わらず、時折ジョギングの人が走り抜けていく。この道は開放感があるのでまさにジョギング、ウォーキングにうってつけの道である。

河が蛇行したところにこのような砂が堆積した中洲があった。こういったものを見るのも大きな楽しみの一つである。

中州のそばにはつがいと見られる白鳥が二羽のどかに遊んでいた。昔人とておそらくこのような光景を見たはずである。

5分ほど歩くとこのような古そうな橋と行き当たった。欄干に刻まれた名前を見ると田子橋とのことであった。ローカルそうな雰囲気がなかなかよい。

橋を過ぎてからはただ黙々と歩った。夏草特有の匂い、対岸の林の辺りからはセミの鳴き声が聞こえる。炎天下ゆえに水分補給を怠ってはいけない。私は持参したミネラルウォーターで時折喉を潤しながら更に上流へと向かった。

しばらくあるくと旧道のような並木が立ち並ぶ木陰の小道に差し掛かった。涼しい風が時折頬をかすめる。炎天下の川べりから見たらオアシスという感じである。

小道には南無阿弥陀仏と刻まれた祠があった。少しだけ昔人の心に迫れた瞬間であった。
彼らはここで何を願ったのだろう?無病息災、家内安全、病気の治癒…、むろんこれは古今を問わず人間が普遍的に追い求めることである。

 祠から更に10分、途中に簗場や農業用水取り出し口を経てこの松の大木に遭遇した。ざっと見て樹齢は百数十年といったところだろうか?今は壮年の松だが、私はこの松の若い時分の頃を見た明治、大正の人々のことを思い浮かべた。彼らは一体何を考え、どんな人生を歩んだのだろう…。
 
 人の数倍の寿命を持つこの松は喜怒哀楽に纏わる様々な人間模様を目撃してきたことだろう。そしてこれからも目撃してゆくことだろう…私はそんな取り留めのないことを感じながらこの日の帰路となった岩切駅へと向かった。

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