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               随筆「盆の朝に」
盆休みもきょうで三日目、昨今のもうだるような暑さが続く仙台だが、私はシャワーで汗を洗い流すように早朝の散歩でこのところの煩悩がもたらす心のわだかまりを洗い流したかった。散歩の途中、少年時代によく遊んだ知人Eの家に差し掛かった。その家は私が小学四年のころ遊びに行って中に入った記憶があるのだが最近取り壊されたようで屋敷も庭も跡かたもなかった。
 
彼とはしばらく会っていないが、既に両親も亡くなり、兄とともにとっくの前に独立し立派な社会人になり、今頃はそろそろ老境に入ったことだろうなどと思った。更地になった土地を見て人の世の無常さ、儚さを感じた。いつもの散歩コースを行くとある空き地で野生のヒルガオを見つけた。



多くの雑木や雑草に取り囲まれながらも花を咲かせる薄桃色の可憐な花に作意的に植えられた草花とは全く異なる逞しさ、したたかさを感じた。涼しいとまでは言えないまでも、幸いまださほど暑くない。いつも訪れる公園に差し掛かったが盆休みに入ったせいか人通りも少ない。この静粛の中にと鳥のさえずりと虫の音がいい具合でハーモニーを唱え、私の心を癒してくれた。


盆休みの最中という気楽さも手伝い、私はいつものコースから少し外れて冒険し、今までと異なったものに接してみたいという気持ちになった。また変幻に万物が変わりゆく中、昔とさほど変わってないものに接したいとも思った。そんなことを考えながら歩いているうちに、私の足は知らず知らずのうちに住宅地の中にある緑地帯のほうに向っていた。
 
緑地帯の松の木がほとんどの林に差し掛かると次第に小鳥のさえずりと虫の音に混ざって小川のせせらぎの音が聞こえてきた。流水がもたらす涼、川面からはひんやりした空気が感じられる。私はその小川に架かる橋の上にたたずみ、日頃の喧騒から離れた心地よい気持ちにしばし浸った。



橋を渡り川向うの住宅地に出た。帰省中なのだろうか。盆休みとあって路地には他県ナンバーの車が止まっている。私はメイン道路から外れた側道の街路樹のトンネルをくぐり、坂を下り旧道のほうに出て見た。



道が小川の高さとさほど違わないほど低くなっている。川のほとりに馬頭観音などの祠が立っている。ここは中世から存在した旧道で、その昔馬を引いた人がこの橋のあたりで馬に水を飲ませた場所であったと聞いたことがある。中世から近世、近代へと続く普遍的な時の流れのうちで、どれだけの人がこの橋を通り、彼ら一人一人がどのような感情を持ってこの橋を渡ったのか?私はそんな取りとめのないことを思いながらこの橋を渡った。



橋を渡り坂の登りに差し掛かろうとした時に、雑木林に朝日が差し込み枝葉を赤く照らしている光景に出合った。鬱蒼とした雑木林で日が昇ったばかりの朝日に照らされる枝葉、これはこの微妙とも言える陽の角度があってのものなのかも知れない。或いはその枝葉にとっては一日のうちで一瞬だけ当たる陽の光なのかも知れない。人の一生は様々である。ほとんど陽のあたるところを歩む人あれば、長い人生で一瞬だけ陽の光を浴びる人…、これは百人百様だろう。



私は朝日に照らされるこの枝葉を見て人の世の様々な運命、延いては自分の行く末を思い浮かべた。旧道を抜けて再び住宅地に戻った。陽はすっかり昇り、住宅地の様々な色の屋根を明るく照らしていた。きょうも暑くなりそうだ。早く家に帰ってブラックアイスコーヒーでも…、私は盆休みの爽やかな朝の余韻に浸りながら帰途に着いた。
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