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 And When She Danced 

    自作エッセイ「夏の盛りに思うこと」  
 仮に人生の中でたった一度だけ押せるストップウォッチがあったとしよう。あなたならこれをいつ押すだろうか?多くの人は青春時代、或いは幼年時代と答えることだろう。もちろん私もその一人である。だが今になって思うのはこの時分は主観的な考えしかなく、今が若さのMAXで大いに謳歌すべきであることをわかってなかったということである。それだけ当時は自分への客観が足らなかったのかも知れない、或いは万物へ感謝する気持ちが足らなかったのかも知れない。
 
 人は青春時代の頂点に居ながらもそれを当たり前と思い、自分だけは特別な存在と思いがちなのかも知れない。しかしながらいつの間にか大人になり眩しい青春時代もあっという間に過ぎ、人生の後半に差しかかりようやくこれに気づくのは煩悩を持つ故の性なのだろう。そんな私も自分の青春時代の眩しさに気づいたのは人生のハーフタイムを過ぎてからである。
 
 これは夏とて同じではないだろうか?7月後半に始まる少年時代の夏休みはいつもあっという間に8月になり、盆を迎えたと思うと宿題に追われつついつも虚しく過ぎて行った。私は毎年のように夏休みの後半になってから、もっと海で泳ぎたかった。もっと山に登りたかった。もっと友達と遊びたかったと思い後悔の念を抱くのだ。



 最近めっきり日が暮れるのが早くなった。夏の間、小鳥のさえずりが聞こえていた早朝の住宅地もいつの間にか虫の声が主役となった。まだ残暑の候には早いが今年も既に夏の折り返しを過ぎた感がある。数十回の夏を経験し思うのは、若い時は未熟が故にその夏の盛りを味わうための気持ちが備わってなかったことである。夏の盛りの美しさは青春時代における自己考察と同様に盛りを過ぎ、秋や晩秋になったころにようやくわかるものなのかも知れない。
 
 万物は無常である。青春の価値がわかるとき人は既に老いている。盛夏の価値がわかるとき既に秋風が吹いている。私はこれをしっかりと心に刻みながら過ぎゆく夏を心おきなく楽しみ、これを謳歌したいと思う。
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