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 Himno Nacional Argentino 

きょうは私にとっての尊厳でもある口髭に関わるエッセイと尊厳の精神を最も強く感じるある国の国歌を紹介する。それはアルゼンチン国歌である。
     自国の国歌を聞くアルゼンチンのサッカー選手、非常にいい表情である。



国歌を聞いて感極まる選手、涙ぐんでいるようにも見える。国歌吹奏で涙ぐむ。こういった表情はあまり他では見かけない。


    
感極まりながら、そして非常に誇らしげな表情で国歌を聞くアルゼンチン選手


    
 アルゼンチンと言えばマラドーナである。マラドーナ監督も髭を生やしている。



 

ワールドカップホッケーのアルゼンチン女子選手 。アルゼンチン国歌を聞き、非常にいい表情を見せる女子ホッケー選手



国歌を聞いて涙ぐむ女子選手の表情が感動を呼ぶ。


 アルゼンチン国歌歌詞和訳 
人々よ聞け、聖なる叫びを。
自由、自由、自由。
聞け、鎖の砕ける音を。
玉座にある気高き平等を見よ。 
 
既にその尊き玉座は、 「南方連合」によって開放された。
そして世界の開放された者達は答える。
偉大なるアルゼンチン国民に乾杯。
 
われらが手にした月桂樹よ、 永遠であれ、永遠であれ。
栄光とともに生きよう。 
さもなくば栄誉ある死を誓う。

アルゼンチン共和国 面積:約279平方キロ 人口:4000万人
言語:スペイン語
民族:欧米系白人(スペイン系、イタリア系)97パーセントインディヘナ系3パーセント

        
自作エッセイ「私にとっての口髭」
 
 夏目漱石の「意地を通せば窮屈だ」という有名な言葉があるならば、現代の組織社会では「髭を生やせば窮屈だ」と言えるのではないだろうか?口髭を生やしてそろそろ二年半になる。しかしこの髭はけして思いつきのものではなく、流行やファッションといった軽いもとは違う。実は私はずっと以前から人生設計の中で五十台半ばを過ぎたら口髭を生やすことを決めていたのだ。
 
 私はあえて六十歳を過ぎてからでなく現役の時にあえて髭を生やすことに拘っている。自営業やリタイヤ後はともかく、サラリーマンは多くの場合現役時代に髭を生やすのは勇気のいることである。でも勇気のいることをあえてやろうというのだ。
 
 これはボクシングで言えばファイターである。ファイターはアウトボクシング(フットワークを使って自分のパンチを当てて敵のパンチをかわすボクシングスタイル)はしない。ファイターはブロッキング(上体を腕で堅め相手のパンチから自分を守る行為)ダッギング(上体を前に屈めるよう にして相手のパンチをかわす行為)やウィービング(状態を激しく横に揺さぶって相手のパンチをかわす行為)をしてもけして後ろに下がってはいけないのだ。
 
 ファイターはひるんで一瞬でも後ろに下がればすかさず相手のストレートやフックを浴びることだろう。だからファイターはけして後ろには下がれないし、一瞬たりとも敵から目を離すことはできない。またファイターは相打ちを恐れてはいけない。相手に打たれたらひるまずに打ち返さなければいけない。だから相手を上回る強打を身につけなければならない。ここでいう強打とはむろん思想哲学に支えられたゆるがぬ信念のことである。一方でこれらを医学的な見地で捉えれば躁うつ病特有の成りきりがもたらした副産物であり、寛解後の新たな性格形成の一環という見方もできよう。
 
※輪島功一と死闘を演ずる典型的なファイター、オスカー・ショットガン・アルバラード(左:メキシコ系アメリカ人)、彼も口髭を生やしているが私の最も尊敬する選手である。


 正直言ってこのファイタースタイルが周囲の風当たりやわだかまりをもたらすこともあり得る。それでも私はその問題から逃げずに受けて立つのだ。これは周囲や前例などは一切関係なく正直な自分を貫きたいという決意の表れでもある。
 
 これはあくまでも私の価値観かも知れないが髭を生やすには自分のしたことに最後まで責任を持たなければならないし、常に自分が背水の陣に置かれているということを自覚して初めて成り立つものであると考えている。これは周囲から剃れと言われて、はいわかりましたと剃るような髭とはまったく無縁なものである。
 
 私は四十台半ばのころにはこのような信条を五十台半ばまでに構築しようという人生の構図があったのだ。髭を生やせば当然周囲からの風当たりが強くなる。風当たりを受けてもぐらつかないためには自分なりの思想、哲学を身に着けなければならない。私は主にこの思想を新渡戸稲造の武士道やニーチェの哲学、志賀直哉の人生に於ける信条などから吸収してきた。これらの思想は普遍的なものであり、死ぬまでけして変わらない。
 
 また私にとっての口髭は尊厳の象徴でもある。しかしながらこの尊厳は威張り散らす尊厳とは違う。命をかけて家族を守り抜く決意の証を表す尊厳である。従って私自身の口髭の尊厳を守り抜くのは家族を守り抜くことに繋がるのである。
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