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 在りし日の副会長の人柄を偲んで
 本日はKROGの仲間とともに去る5月27日に亡くなったKROG副会長のご自宅のある山形県新庄市を訪ねた。仙台から高速バスでさくらんぼ東根駅へ到着。そこで車で来たみのたんさんと会い、ご厚意により同乗させて頂いた。
新庄に着いたのは11時10分ころだった。新潟から来たスミチカさんは既に到着しており、副会長がオーナーとなっているPSKというスナックの前で落ち合った。

PSKのある場所は新庄駅のすぐそばである。この後、三人で副会長のご自宅へ向かった。
そして焼香を済ませた後、お母様とお話させて頂いた。彼は地元の青年会議所の理事長を務めたり、様々な団体に属しており青年実業家でもあった。告別式への参加者はなんと約350名、全員が会場に入りきれないため急遽、大ホールを借りて対応されたとのことだった。これだけでも生前の彼の人となりと幅広い交流ぶりが伺い知れるものである。

昼食を済ませた後、東京から来た弟さんと会い、ガレージに向かった。彼の複数のKRの所有は以前から聞いていたがそれにしても凄い台数である。これだけのKRを同時に見るのは2010年のいわきミーティング、同年の三京ミーティング以来である。

これは彼が愛車として乗っていたゴールドのKRである。キーレス、バッテリーレス化がされており様々なところに手が加えられている。まさにKR博士の集大成とも言えるマシンである。

JOE PERRY(ジョーペリー)はアメリカのロックバンドエアロスミスのメンバーであり、弟さんによると彼の理想とするミュージシャンであったとのことであった。それにしてもゴールドメタリックの塗装が眩しい。このマシンは告別式の時、会場に飾られたとのことであった。

矢印に注目、ガレージにはバイク雑誌とともにロックギターの本があった。ご兄弟は二人ともロックファンで、彼はエアロスミス、弟さんはローリングストーンズのファンということであった。

これは以前から聞いていたF3仕様(市販車を改造したレースのカテゴリー)のKRのようである。チャンバーはTSUKIGI(ツキギ)という希少なものが装着されていて、エアクリーナーレス、レーシングバックステップが装着されている。シートはオリジナル色にはないブルーで特注と思われる。或いはクロスミッションが組み込まれているのかも知れない。

これはかなり程度のいいS型で実動車のようにお見受けした。KROGのステッカー、ミスターバイクのステッカーが貼ってあった。私はだいぶ前に「KR専門店を開くつもりで…」と言ったミスターバイクにも載った彼の言葉を思い出した。これは彼の並々ならぬKRへの愛着が伺える言葉である。

なんと相模Kawasakiのステッカーの貼られたライムのマシンもあった。

お二人はKRの処遇については来週早々に来られるKROG会長、顧問にも相談し遺志に沿うように進めたいと語っておられた。最後に彼のブログバナー(ブログペンネーム:じょーぺりー)でもあり愛車でもあるBMWの前でスミチカさんにポーズをとって頂いた。彼の供養になってもらえば幸いである。

 この後みのたんさんに山寺駅まで送って頂いた。蔵王、いわき、会津若松での彼の笑顔が一瞬私の脳裏をよぎった。まだまだ一緒に走りたかった。まだまだKRについて熱く語り合いたかった。だがそんな彼はもうこの世には居ない…、現世がいくら非情なものとは言え、五十を前にした彼の死はあまりにも早くもあり、けして納得のいかないものであった。
 
 私はご自宅でお伺いしたお母様の話を思い出した。「息子は5月初め脳出血で倒れてずっと意識が戻らないまま逝きましたが、ある友人が訪ねて昔話をされた時に一度涙を流したような気がしたのです…」それまで気丈に話をされたお母様だが、この時だけは直視できなかった。またもらい泣きせずには入られないシーンであった。
 
 ホームで電車を待つ私の耳に油蝉の鳴き声に混ざってヒグラシの悲しげな鳴き声が聞こえた。私にはこのヒグラシの泣き声が彼の死を追悼する声のように聞こえてならなかった。間もなく上り列車が来た。私は在りし日の彼の美しい数々の思い出を胸に抱き、ヒグラシの泣く初夏の山寺に別れを告げた。
KROG副会長YAHOOブログへのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/joe_fxxkin_perry
KROG(ケロッグ)ホームページへのリンク http://u-go.to/krog/

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