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「内臓を春が通り抜け、日の光は背をあぶるように火照ってくる」白楽天「卯時の酒」

白楽天の詩に関しては後述したいが、その前にこのユーモラスなこけしのような人形をご覧頂きたい。民謡「会津磐梯山」の歌に登場する小原庄助である。



民謡会津磐梯山の歌詞に出てくる小原庄助とは一体何者なのか?インターネットを調べるとこれには数説あるようだが決定的なものはなかった。同姓同名も存在するようだが信憑性も低く実在さえ危ぶまれるのである。
 
ここで注目して頂きたいのはその歌詞で「小原庄助さん なんで身上つぶした 朝寝 朝酒 朝湯が大好きで それで身上つぶした ああもっともだ もっともだ…」と歌われているのである。ところでこの三つの中で一番インパクトが強いのは何と言っても「朝酒」ではないだろうか?朝酒は読んで字の如しで朝に飲む酒のことだが一般的には向い酒という印象がある。
 
実はそう言う私には朝酒を飲んだ経験がない。身上を潰すとまではいかないものの、儒教の教えの礼節に反する気もするし何か後ろめたいものを感じる。それと私の中で酒は昼や夜に飲むものであるという固定概念ができあがっているのだ。従って小原庄助さんのこの歌の影響も手伝い朝酒を飲むのは抵抗があった。
 
しかしながら、そんな私をしてつい最近朝酒もそう捨てたものではないと思わせることがあった。それはNHKの漢詩のDVD「酒を友に」の中の白楽天の詩の一節に登場する「卯時(ぼうじ:うどき)の酒」を観てからである。
 
     白楽天(本名:白居易)772~846

           
以下Wikipediaを基に横町が編集
中唐の詩人。字は楽天。号は酔吟先生・香山居士。鄭州新鄭県(現河南省新鄭市)に生まれる。子どもの頃から頭脳明晰と言われ、5~6歳で詩を作り、9歳で声律を覚えたとされる。 抜群の名家ではないものの、800年、29歳で科挙の進士科に合格する。35歳で盩厔県(ちゅうちつけん、陝西省)の尉になり、その後は翰林学士、左拾遺を歴任。このころ社会や政治批判を主題とする「新楽府」を多く制作する。
 
 815年、武元衡暗殺をめぐり江州(現江西省九江市)の司馬に左遷。その後、中央に呼び戻されるが、まもなく自ら地方の官を願い出て、杭州・蘇州の刺史となり業績をあげる。838年に刑部侍郎、836年に太子少傅となり、最後は842年に刑部尚書の官をもって71歳で致仕。74歳のとき自らの詩文集『白氏文集』75巻を完成させ、翌846年、75歳で生涯を閉じる。
 
白楽天は多作な詩人であり、現存する文集は71巻、詩と文の総数は約3800首と唐代の詩人の中で最多を誇り、詩の内容も多彩である。若い頃は「新楽府運動」を展開し、社会や政治の実相を批判する「諷喩詩(風諭詩)」を多作したが、江州司馬左遷後は、諷喩詩はほとんど作られなくなり、日常のささやかな喜びを主題とする「閑適詩」の制作に重点がうつるようになる。このほかに無二の親友とされる元稹や劉禹錫との応酬詩や「長恨歌」「琵琶行」の感傷詩も名高い。
      卯時(ぼうじ)の酒(口語訳)監修:石川忠久


仏教ではヨーグルトを至上の味とし、仙人は天から降る露を尊ぶ。だが明け方に飲む酒のたちまち効き目が現れるには及ばない。



一杯を手に持って三口飲んで腸に至れば内臓を春が通り抜けるように温まり、日の光が背をあぶるように火照ってくる。



五体が快く伸び伸びするばかりか心意気まで大きく広がる。即座に世俗のことは忘れて終日宮仕えのうさも心から消えてゆく。
                 
                               横町解説
解説の石川忠久氏(中国文学者)によるとこの詩は白楽天が55歳の時に詠んだ詩とされる。中国の詩人で酒好きなのは陶淵明、李白、杜甫などであるが白楽天もそれに負けずに酒好きだったようだ。陶淵明や李白はその持前のプライドによって宮仕えがどうしても性に合わなく、宮廷を抜け、或いは追われ自由詩人として生きたのだがこの白楽天の場合はまったく異なった。彼は酒で憂さを晴らしながらも70歳過ぎまで宮仕えを続け、最後は大臣クラスにまで出世したのである。
 
卯時とは午前5時~7時ころまであの時間である。リラックスしきったこの犬のまったりした表情を見て頂きたい。(笑)この詩には朝酒を飲んで気持ち良くなった時のことが極めて印象的な比喩で綴られている。『内臓を春が通り抜けるように温まり、日の光が背をあぶるようにほてってくる云々』の表現がとりわけ素晴らしく、解説の石川氏にあってはご自身も酒を嗜むらしく、この言い回しを満面の笑顔で賛美している。



私はこの詩と出会ってから不思議なもので朝酒もまんざら捨てがたいもののようにさえ思えてきた。彼が朝酒を飲んだのは休みの時だったのだろうか?少なくとも朝酒を飲むような生活をしていると堕落に至るという私の固定概念は彼には当てはまらない。
 
白楽天はその名の通り楽天家であったということだが、彼には天才詩人にありがちな出奔がなく宮仕えを続けながら酒を嗜なんだようである。この辺りに彼の現代でも通じる優れたバランス感覚と世渡りの上手さを感じる。今とはまったく時代も違うが、これは私にとってある意味で常識を打ち破るものではないだろうか。古今を問わず酒に溺れて人生を見失った者が多い中で、彼はこれを嗜みの範囲に押さえており、煩悩に屈してない。ここが白楽天のすごいところである。
 
石川氏によると白楽天は60歳を過ぎてから飲み友達もでき、二人で詩を作り合うなどして酒を楽しんだとされる。また彼は当時としては異例の75歳という長寿を全うしている。けして酒に飲まれず、健康も害さずにこれと上手くつき合い人生の友とする。この白楽天の酒の飲み方には学ぶことが多いような気がする。
 
今週もようやく半ばを過ぎた。今宵は酒でも飲みながら彼に思いを馳せ、週の折り返しであるハーフタイムの安堵を感じたかった。私はまだ現役のため、白楽天のように朝酒とはいかないが定年を迎えたら冬の雪の湯治場でも訪ね、いつか彼のように卯時の酒を飲んでみたいと思った。私はいつものように日本盛りの冷を猪口に注いだ。



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