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 いぐねは偉大な先祖の叡智である
きょうは非常に蒸し暑い一日ではあった。とはあれ、梅雨の晴れ間の土曜日でもあり、久しぶりに郊外に出てみたくなり私は愛車とともに若林区の田園地帯を訪ねた。くもり空で時折日が差す程度だが湿度が半端でない。アングル的には海側から陸側を見ているのだが仙台平野の広大さを実感できるアングルである。

この辺りの記事をアップすると、よく読者の皆さんにここは津波に浸かったのか?と聞かれるのだがここは浸かっていない地域である。従ってこの作業はけして除塩ではない。あくまで造成工事である。

ここできょうの目的地を紹介する。若林区荒井の長喜城(ちょうきじょう)である。以下仙台市HPより抜粋しミックが編集
             
               ※長喜城 
 中世の豪族である沖野氏らがこの地に館を築き、“喜びに満ちた不朽の城であるように”との願いを込めて命名した屋敷名が、今日では地名として伝え残されているものと言われるが詳細は不明である。
 
 長喜城には、「いぐね」に囲まれた数軒の屋敷がまとまって点在している。いぐねとは、風雪から家屋敷を守るためや、食料や建材、燃料として利用するために敷地を取り囲むように植えられた屋敷林のことである。仙台を中心とした東北地方の太平洋側で広く使われている呼び名で、家を表す「い」と地境の「くね」から屋敷境を表したことが語源とされる。
 
 仙台平野の水田地帯に緑の浮島のように見える「いぐね」は、先祖代々から引き継がれた農村での暮らしの知恵であり、また、農村の風土を形づくる独特の風景である。
 
長喜城地区の位置を航空写真でご確認ください。赤□の部分が長喜城地区です。

目的地に着いた。この公園の名は長喜城公園、背景のこの林に注目して欲しい。一見なんの変哲もない林だが立派ないぐね(屋敷林)である。

この家は長喜城地区のメインと言ってもいい屋敷であり豪農と言っていいたたずまいを見せている。なによりもこのいぐねの規模がそれを如実に物語っている。ひと目見ただけで先祖代々受け継がれてきたという印象を受ける。

これは蔵だろうか?瓦屋根の軒の部分が波打っているようだが一昨年の地震の被害と思われる。それにしても立派ないぐねである。こうして見ると深い林のせいでとても住宅地に隣接した場所には思えない。

それではグーグルの3D立体鳥瞰写真でこのいぐねを確認して頂きたい。如何に林が深いものであるかおわかり頂けると思う。

続いて上記の写真と地図を見比べて頂きたい。中世にはここに沖野氏の城があったのだろうか?そして旧道との関わりは?…それを思うと非常にロマンを感じる。中在家や札屋敷といった地名の由来を考える時、この地域にはおそらく沖野氏の家臣も住んで居たのだろう。そこに奥深い歴史とロマンを感じる。

このいぐねをよく観察して頂きたい。冬場の北西からの季節風対策だろうか?外側は笹、内側は杉という非常に吟味された構造になっている。この二重構造のいぐねを見てその主旨を考察する時、先人の叡智と子孫への限りない愛情を感じる。

側道を通って北側に出てみた。S字状にうねった形状はこの道が旧道であることを物語っている。

この小さな石は一体なんなのか?私には墓としか見えなかった。この石が沖野氏の居城に関係するか否かは不明である。
ここは過去に訪れてブログに掲載したことがある神社である。おそらくこの地域の信仰に結び付いた山神様が祀られているのではないだろうか?

さて堅い話はここまでとし、本日の帰り際に寄った中華そば屋を紹介したい。若林区越路の「志のぶ支店」である。

グーグルの3D立体鳥瞰写真で「志のぶ支店」を確認して頂きたい。赤○で囲まれたところが中華そば「志のぶ支店」である。実は半世紀前に、私はこの食堂の近くの官舎に住んでいたことがあった。私の脳裏にひょっとしたらこの店は半世紀前に既に存在した店なのでは?という期待が湧いてきたのである。詳細は下のリンク先を参考にして頂きたい。
 
半世紀前の我が人生を辿る小旅へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31358113.html

駐車場スペースはご覧の通り3台、4輪車で来ても駐車場があるのは大きなアドバンテージである。

私が注文したのはラーメン(¥500)である。海苔が載っていないので東京風とは言えないものの澄んだスープが食欲そそる。

麺は外連味のないストレート、まさに直球勝負である。味もこの手の店にありがちな塩辛さはまったくなくこの店の実力を推し測るに十分なものであった。

店を出る時、出前から店主が戻って来られた。

ミック「このお店は創業何年になるのでしょうか?」

店主「私の父の代からなので60年になります。」

ミック「50ほど年前、実はすぐそばの官舎(長屋)に半年ほど住んでいたことがあったのです。当時は真澄幼稚園、向山小学校にも通っていました。」

店主「そう言えば昔官舎があったね。」
※※※
この話が聞けただけで満足であった。私は店主に再会を約束し感慨深くこの店を後にした。
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