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 五十の嗜みで覚えた酒で今宵のひと時を楽しむ
 今年の冬、電車通勤をした際、週末の帰宅途中で一杯飲み屋に寄る癖がついた。イスは高くて背もたれもない。コートを脱ぎ、狭いカウンター席に座ると、間もなく辛口の熱燗が運ばれてくる。二合ほどの熱燗を飲むと一気に冷え込んだ体が血の気を帯びて暖かくなる。脳の中の毛細血管の先端まで血液が行き渡り膨張するような気さえする。ほろ酔い加減になってから徐々に私の思考が現実を離れトリップし始める。この上もなくいい気分である。そしてこの時にエッセイや詩などの創作を考えるのが好きになった。
 
 自宅で晩酌するときは日本盛の超辛口を冷で飲みながら様々な創作ものを考えたりしている。しらふとは何かが違うのだ。それまで張っていたバリアが段々取れていき、頭の中が幾分柔軟になったような錯覚にさえ陥るのだ。そんな昨今、私は大いに心を惹かれた一人の詩人がいた。それは中国の詩人、李白である。
 
                李白(701~ 762)


 中国盛唐の詩人。5歳頃から20年ほどの青少年期、蜀の青蓮郷を中心に活動した。伝記や自身が書いた文章などによると、この間、読書に励むとともに、剣術を好み、任侠の徒と交際したとある。この頃の逸話として、益州長史の蘇?にその文才を認められたこと、東巖子という隠者と一緒に岷山に隠棲し、蜀の鳥を飼育し共に過ごしながら道士の修行をし、峨眉山など蜀の名勝を渡り歩き仙人のような生活をする。
 
 742年、41歳になった李白は宮廷の翰林供奉(天子側近の顧問役)として玄宗に仕えることになる。以後の3年間、朝廷で詩歌を作り、詔勅の起草にもあたり宮廷文人として活躍する。抜群の才能を発揮する一方、礼法を無視した放埒な言動をつづけたことから、宮廷人との摩擦を引き起こす。そして744年、宦官高力士らの讒言を受けて長安を離れる。唐代のみならず中国詩歌史上において、同時代の杜甫とともに最高の存在とされる。奔放で変幻自在な詩風から、後世「詩仙」と称される。
 
 彼は酒をこよなく愛し、世俗を嫌い、自由奔放な発想で現世からのトリップを楽しんだことだろう。むろん、私には李白のような才能はない。だが宮づかいが苦手で自由奔放な生活を好んだところになにか似たものを感じ、妙に気になってきたのだ。そこで昨日の日曜日仙台メディアテークから借りて来たのがこの漢詩のDVD(NHK)である。



このDVDの中には杜甫の作った詩「飲中八仙歌」(往時の中国の酒豪八人をユーモアたっぷりに歌った詩)がある。
              杜甫(712~770)


 中国盛唐の詩人。社会の現状を直視したリアリズム的な視点により仕官して理想の政治を行いたいという願望から、社会や政治の矛盾を積極的に詩歌の題材として取り上げ、同時代の親友である李白の詩とは対照的な詩風を生み出す。
 
 彼は晩年になると社会の動乱や病によって生じる自らの憂愁それ自体も、人間が生きている証であり、その生命力は詩を通して時代を超えて持続すると見なす境地に達した。詩にうたわれる悲哀も、それまでの自己の不遇あるいは国家や社会の矛盾から発せられた調子とは異なりある種の荘厳な趣を持つように至る。律詩の表現を大成させ中国文学史上最高の詩人として、李白の「詩仙」に対して、「詩聖」と呼ばれている。
 
 「飲中八仙歌」の中で杜甫は李白以外の七人についてはほんの二、三行の言葉で著しているが、李白だけは別格で四行の詩で歌っている
 
※飲中八仙歌のさわりの部分


※杜甫が親友の李白を評した言葉

「李白一斗 詩百篇、長安市上 酒家に眠る。天子呼び来たれども 船に上らず、自ら臣は是れ 酒中の仙」
 
 訳:李白は一斗の酒を飲むと百篇の詩ができる。都の酒場で眠りこけ帝のお呼びにも応えず「私は酒の中の仙人でございます」と嘘ぶく。


 
杜甫は李白と一時放浪をともにし、酒を酌み交わした親友でもあり先輩詩人として尊敬し慕っていたのだ。



 私が晩酌の楽しみを覚えたのは五十を過ぎて人生の厄難を乗り越えてからである。若い時分は酒を飲むこと自体より、仕事を離れ人と触れ合うことを目的とした一種のコミュニケーションをとるために酒を用いたような気がする。一般的に先天性の酒飲みになるのかどうかは持って生まれたアルコールの分解酵素の要因が多いとされるが、私の家系の男性親族を見渡す限り、酒飲みと言われた人物は総勢の半々といった感じがする。
 
 ただしこれは二親等、三親等に限っての話である。私の父母に関してはほとんと酒を飲めない。二親等、三親等の中で晩酌を毎日嗜んでいたのは両祖父、母方の伯父、父方の叔父といったところである。特にこの父方の祖父は自作エッセイ「三つ子の魂百までも」に綴っているように毎晩遅くまで晩酌しており、酒飲み道楽という印象が強い。ただしこの祖父で感心するのは至って酒癖がよく誰にも迷惑をかけなかったことだ。
 
 私が最近酒飲みになったのは両祖父からその遺伝子を四分の一ずつ受け継いでいるからなのかも知れない。だがこれとて数十年かかって若い時体質的に飲めなかった酒が後天的に徐々に飲めるようになってきただけの話である。そんな私も近年酒飲みだった父方の祖父の気持ちがようやくわかってきた気がする。
 
 私の祖父ならずとも、現世では例え世俗に染まるのが嫌いでも、その本意に抗い自己を抑えなければならない。よって浮世のうさを酒で晴らす。多くの酒飲みにはこんな共通した心理が働いているのではないだろうか?
 
 五十を過ぎて心底好きになった酒だがけして毎日は飲んでない。これは健康を気遣ってのことともう一つは年中飲んでいると感動がなくなるからだ。従って飲酒は主に週初め、週の半ば、週末(週末と週初めは連続にならないように配慮している)といった感じで週に4日くらいのペースである。『酒に飲まれず、されど飲んだ時は日頃世俗にまみれた垢を振り払い、別世界へとトリップし創作に興ずる。』そんな酒飲み道楽が今の私の理想である。
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