fc2ブログ
  辛い人の世の定めを哲学的な視点で描く
 一週間以上前のことだが、私は市営図書館からある文豪の書いた小説の映画版DVDを借りた。文豪の名は徳田秋声。世に「事実は小説よりも奇なり」という言葉がある。しかし順風満帆で挫折を知らない作家の書いた小説の多くはインパクトがない。
 
 数ある芸術家の中で小説家ほど、その歩んできた人生遍歴を重視されるものはないだろう。71歳にしてこの作品を著した彼にはそんな大衆の欲求を十分に満たすものがあった。それは彼が男やもめになった55歳ころから始まった女性(書生、芸者)との交際である。
 
                徳田秋聲(1871~1943)

 金沢の三文豪のひとり、士族の家系に生まれるも不遇の半生を過ごす。尾崎紅葉の門下を経て、田山花袋、島崎藤村らとともに明治期の自然主義文学運動の中心的存在として活動し、明治・大正・昭和と三代にわたり常に文壇の第一線で活躍した。その作品は、川端康成をして「小説の名人」と言わしめた技巧の高さとともに庶民の生活に密着した作風を特徴とする。「新世帯(あらじょたい)」「黴(かび)」「爛(ただれ)」「あらくれ」「仮装人物」「縮図」など。私生活では多くの文壇人に愛され、映画やダンスを好んだ。

舞台は大正時代後半、しかしまだまだ人身売買という身売りが行われていた時代であった。

 1941年(昭和16年)発表「縮図」粗筋靴職人の家から芸者置き場に売られた銀子は牡丹という名で呼ばれ、人気芸者として名を売った。
 
※乙羽信子演ずる芸者銀子

やがて彼女が愛する医者の来栖に身請して貰おうとしたが願いはかなわなかった。彼女は脂ぎった主人の磯貝を嫌っていた。磯貝のものになりたくない銀子は自分の父に身を買い戻してもらうが、家のために再び寿々龍という名で宮城県の石巻(映画では越後高田)で芸者をすることになる。
 
※磯貝に言い寄られ芸者小屋を飛び出す銀子

 この小説に登場する銀子のモデルは徳田が60歳で知り合った27歳の女性(芸者小林政子)で、本作は秋声が知り合う前(銀子が17歳~20歳くらいのころ)をヒントにした作品とされる。

 
※銀子の父親役、下町の貧しい靴職人を演ずる宇野重吉(貧困にあえぎながらも娘の窮を知り、有り金をはたいてを銀子を連れ戻す。)

芸者置屋を仕切る女将役の山田五十鈴、昭和28年の作品ゆえに出演者のほとんんどは故人である。

 越後高田で銀子は地元の御曹司である倉持に見初められたが、その母親は息子と銀子の結婚を家名が穢れると嫌い、彼を或る富豪の令嬢と結婚させてしまう。時代は封建時代の因習がまだまだ濃く残っていたころ、身分の違いという厚い壁が銀子の前に立ちはだかったのだ。
 
※倉持の母から「門閥もんばつ:家の格式)の辛さで芸者を嫁に入れることはできない。」と告げられる銀子。

豪雪の越後高田の雪の中にひれ伏し号泣する銀子には思わず涙を誘われる。

そして東京にまた戻った銀子に不幸が降りかかる。自身が重症の肺炎になると同じくして病気で寝込んでいた妹が亡くなるのである。この時の彼女の言葉が印象的だ。「時子(妹の名)は芸者にならなくて良かった。」

そして失望した銀子はみたびこの道に戻ることになる。
※越後高田から帰り、再び東京の花町に戻る銀子

仮にこの小説の題名が「宿命」だったとしよう。そうしたらこの言葉から受ける語感は一人の女の救われない運命ということになろう。ところが秋声はこれを「縮図」にした。ここに彼の普遍的、哲学的なな視点を感じるのである。晩年を迎えた徳田秋声がその人生を締めくくるべく描いた捨て身の作品。 
 
映画監督、脚本:新藤兼人(昭和28年発表)
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)