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彼は写真家のみでなく芸術家でもあり、人の心を捉える名人でもあった
本間仕切美術館を出た私は酒田駅に立ち寄り、市内循環のるんるんバスに乗って最上川の川向うにある土門拳記念館へと向かった。
※JR酒田駅

るんるんバスの車内はご覧の通り、買い物などに主婦が使っているのだろう。観光客と見られる乗客はいなかった。

皆さんに写真館をご案内する前に私がこの日、土門拳記念館を訪れた理由をご説明したい。この肖像写真を見て頂きたい。私が心から尊敬し現在研究を進めている文豪志賀直哉である。

 風格と言い表情といい非常によく撮れており、表面のみならず内面までを良く表しているように見える。様々な彼の写真を見てこれだけ生きざまが現れている写真はない。それだけ彼の核心に迫っているのだ。写真に見入っているうちに一体誰が撮った写真なのだろう?という興味が湧き出てきた。
 
 そしてある日、土門拳のホームページを見ているうちに偶然にもこの写真を撮影したのが有名な写真家土門拳であることがわかったのである。こうして私は尊敬する文豪の写真だけに実物を見たいという欲望が湧いてきたのである。実はこのことが今回の酒田行きを決めた大きな理由である。
 
15分ほどでバスは土門拳記念館に到着した。この池と建物が醸し出すアートに着目して頂きたい。この種の建物は建物自体がアートであることが求められる。土門拳記念館も例外ではない。記念館には彼の作品を展示しても負けないくらいの付加価値が要求されるのだ。
 
※土門拳記念館全景

※中庭のビュー 

※土門拳記念館周辺航空写真(黄色が記念館)

 私は作品を見る前にこの記念館のアート性を見せつけられ、建物の中に入らずして彼のオーラを思い知らされることとなった。こうして私の気分は高揚し、半分浮ついたまま玄関をくぐることとなった。
 
 土曜日ではあったが館内はさほど混んでおらず彼の写真を鑑賞するにはほどよい人の入り具合である。玄関を出て中庭の見えるホールを通ると間もなく特別展の展示が表れた。この日の特別展は昭和二十年代後半に撮影したわんぱく小僧たちの特集である。

それにしてもどの子供の瞳も輝いている。

ベーゴマに興ずる子供たち

土門 拳(どもん けん、1909(明治42年)10月25日- 1990年(平成2年)9月15日)は、昭和時代に活躍した写真家。
リアリズムに立脚する報道写真、日本の著名人や庶民などのポートレートやスナップ写真、寺院、仏像などの伝統文化財を撮影し、第二次世界大戦後の日本を代表する写真家の一人とされる。また、日本の写真界で屈指の名文家としても知られた。
 
※強面の表情を漂わせる写真家、土門拳

子どもの中に溶け込むのには30分から一時間かかると語る土門

 少年たちがこのような生き生きとした表情になるのはここに書いてある通り、土門拳の尽力(雑談などによる子どもとのコミュニケーション)があってこその成せる業である。人が被写体の際はカメラを意識させないようにモデルの気をほぐす。これもプロ写真家の重要な資質のうちではないだろうか。
 
 一方で彼は仏像や仏教建築にも造詣が深かったようだ。隣のコーナーにはこのような写真が展示されていた。

 また古寺巡礼という写真集も出版している。

 最後にお目当ての志賀直哉の肖像写真が飾られている部屋に行った。ここに掲げる文豪や芸術家(以下まとめてアーチスト)の肖像写真をご覧頂きたい。どの顔も彼らが後世に遺した作品や思想、哲学を彷彿させるような表情をしており、大変興味深い。
 
勅使河原 蒼風(てしがはら そうふう、1900年12月17日 - 1979年9月5日)
華道草月流の創始者。1927年草月流を創流。勅使河原霞、勅使河原宏の父。華道において斬新な手法を多く提供し「花のピカソ」と呼ばれる。一部、評論家には華道家ではなく総合芸術家であるとする意見もある。

土井 晩翠(どい ばんすい、1871年12月5日(明治4年10月23日) - 1952年(昭和27年)10月19日)
 詩人、英文学者。男性的な漢詩調詩風であり、女性的な詩風の島崎藤村と並んで「藤晩時代」を築いた。また、滝廉太郎の作曲で知られる『荒城の月』の作詞者としても知られ、校歌・寮歌なども多く作詞した。

谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年(明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40年)7月30日)小説家。明治末期から第二次世界大戦後の昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。現在においても近代日本文学を代表する小説家の一人。代表作は『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』など。

志賀 直哉(しが なおや、1883年(明治16年)2月20日 - 1971年(昭和46年)10月21日)
小説家。白樺派を代表する小説家のひとり。代表作は『暗夜行路』、『和解』、『小僧の神様』、『城の崎にて』など。強靭な個性による簡素な文体は、散文表現における一到達点に達する。小説文体の理想のひとつと見なされ評価が高い。

阿部 次郎(あべ じろう、1883年(明治16年)8月27日 - 1959年(昭和34年)10月20日)
哲学者、美学者、作家。仙台市名誉市民。著書に『三太郎の日記』、『ニイチェのツアラツストラ解釈並びに批評』など。

 このような写真を撮るには彼らが土門拳を信じて心を開いたに他ならないのではないだろうか?土門拳にはきっとこれらのアーチストに共鳴を抱かせるような魅力が備わっていたのだろう。
 
※ロケ撮影において気難しい緊張した面持ちの表情を見せる土門拳

館内を見終わった後、北側にある池の周りを一周してみた。初夏の風が心地よかった。

菖蒲に寄り添う純白のシラサギが印象的だった。

私は職人肌でもあり行動派であったこの偉大な写真家から大きな感動を受けるとともに彼に敬意を表し写真館を後にした。
 
※「初夏の庄内酒田の旅シリーズ」次回は山居倉庫を紹介します。
 
本ブログ「庄内探検隊」シリーズ
本間美術館(国名勝、鶴舞園)へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31841549.html
SSライナー(仙台-酒田便)の魅力へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31833810.html
庄内の米蔵「山居倉庫」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31852507.html
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