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1600年近くを経て、いまだに極めて良好なコンディションを保つ古墳
 きょうは文句なしの五月晴れだった。こんな日はアウトドアに出るしかないだろう。どうせ出るならしばらく途絶えていた古墳探訪にでも行きたい。こんな考えを持つに至ったのは昨夜の天気予報を見てからである。今回もこの本がガイドを務めてくれた。「東北古墳探訪」である。
 
※読者諸兄の皆様、本ブログにおける古墳に関する記事は今回で七度目となります。過去に掲載した古墳についてお知りになりたいかたは書庫の●東北の名所索引のURLからアクセスしてください。

 私がこの日、愛車シェルパで向ったのは仙台市南部の地方、名取市、岩沼市である。ここは過去に本ブログで取材した名取市内の旧奥州街道である。正面に見える橋脚はJR仙台空港線である。

ここが仙台空港線の橋脚である。右に行けば間もなく仙台空港に至る。

きょうの走行ルートと主な立ち寄り箇所を地図で確認して頂きたい。
黄色●:現在地、ピンク●:昼食をとったカネチャンラーメン、赤●:亀塚古墳(きょうの目的地

奥州街道と別れを告げ、ここから県道126号線を通ることにした。
このような古くからの住宅地の貫く道がずっと続く。

 県道126号線を南に走ると間もなく私の前にこんなラーメン店が現れた。カネチャンラーメンである。私は旧道や史跡探索に於いて旧道筋にこんな店(昭和ロマン)を発見した場合は必ずと言っていいほど利用することにしているので、この店に入るのはまったく躊躇はしなかった。

ありがたいことに駐車場は3台分確保している。

私はもやしみそラーメンを注文した。ダシと具の質が素晴らしい。某チェーン店にまったく遜色ない味を提供するのはこの店の真の実力と言える。この実力が利用者のリピートに繋がると私は断言する。

カネチャンラーメンを出1キロほ行くと周囲には田園が開けてきた。五月の青空と薫風、そして抜群の郊外のロケーションが日常の雑念を一気に一掃してくれる。これがそろえば何も言うことがないというものである。

南西の方角に目をやれば蔵王連峰も見えてくる。
肉眼でも残雪が確認出来るがもうすぐ見納めとなることだろう。

更に500メートル南進すると仙台空港に着陸しようとする飛行機が私の視界に入った。

間近で見る旅客機は迫力があり、果てなき大空、延いては世界旅行への憧れをいざなうものである。

一度仙台バイパスに出た後、再び旧道へ。
ここには「かめ塚西古墳の立て札があるのみで古墳は崩され、まったく原形をとどめていない。

バイクのナビを見るといよいよ目的地に着いたようだ。間もなく亀塚古墳とご対面である。

シェルパで畦道を走れないことはないが、ここはジェントルマン
のマナーというものである。
私はシェルパを道端に於いて徒歩で古墳に向かった。

沼のような中に浮かび上がるのが亀塚古墳である。きれいな瓢箪型の全容はまるで井上ひさし原作の「ひょっこりひょうたん島」を彷彿させる。それにしても美しい形をしている。

空写真で亀塚古墳をご覧頂きたい。黄色□で囲んだ部分が亀塚古墳である。
かめ塚古墳にはこのような立て札が立っている。
形の整った前方後円墳で主軸長39.5メートル、後円径16.3m、前方軸幅10.3mの細長い柄鏡型であり、高さは後円部が2.45m、前方部が2.05mである。墳丘の表面はなだらかで?石は認められず、埴輪などの遺物も発見されていない。古墳時代中期(5世紀代)に築造されたものと推測される。

古墳全体を南側から見てみた。水田をバックに鮮やかに浮かび上がる瓢箪型の古墳。
古墳の多くは木々の繁茂や神社の造営を伴うのだがこの古墳はそれが見られず、すっきりしている。

瓢箪の片一方の山には山神が祀られていた。ここにどんな権力者が眠っているのかはわからないが、他の古墳の分布を考慮するにつけ、仙台平野の沖積層にはこの時代に多くの文明が根付き様々な権力者が君臨したように思われる。
果たして葬られた者は何者なのか?私はここに図り知れない歴史ロマンを感じた。

次回は国指定史跡飯野坂古墳群の一つである名取市の薬師堂古墳についてお伝えする。
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