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 港町の好日の日向に身を置く幸福を味わう
 四季の中では今頃の季節が一番好きだ。その理由は気候の良さもさることながら日増しに野山が色づき、そこに活力が見られるからだ。こんな春の好日には外に出て緑色の風を全身に浴びたい。昨日の朝は気温がやや低めではあったが日中は13度ほどまであがりテンションも上向きである。私は仙台駅からJR東北本線、9時42分発の小牛田行きに乗り込んだ。土曜日とあって室内はガラガラである。

直貼り画像(技術提供boubuさん)による鮮明なヤフー航空写真で仙台(赤□)と塩釜(黄色□)の位置関係と東北本線のルートをご覧頂こう。仙台からは25キロほど、方角は北東である。

 東仙台を過ぎて間もなく視界が開ける。3月末に鹿島台に行った時もこの風景を見ているが、今気がつくのは田の畔や民家を取り巻く屋敷林が一段と緑の占める割合が増えたことである。やはり二週間の違いは大きい。また田には農耕機械が多く入っており、列車の中からは時折農家のかたの姿も見える。
タイミングよく多賀城の旧道を捉えることが出来た。画面中央の少し上には桜も確認出来るが遠くからでも二分か三分の咲き加減であることがあかる。

目的地の塩竈に近付くとこの通り、塩竈の人工密度は仙台を上回るだけに住宅の密集度が凄い。遠くには高層マンションも見える。

 なんと16分で塩竈駅に着いてしまった。ここで知人と落ちあい、塩竈神社界隈を散策する予定である。付近は住宅地でそこそこ活気がある。またこの辺りはJR仙石線にも近接しており、非常に便利な地という感じがする。

地図でこの日の主なルートを地図でご覧頂きたい。右下の駅がJR東北本線塩竈駅、■:旧亀井邸、●:昼食をとった寿司処塩竈

この立体交差をくぐって広い道を行っても全く問題ないのだが、なぜか冒険がしたくなり歩道橋に見える橋に通じる階段を登ることにした。尚、目指す塩竈神社の方角は斜め右前方向である。

橋の上に上がって今来た方向を振り返ってみた。かなり遠くまで視界が効いて気持ちがよい。

古そうで細い住宅地のくねくねとした道を行くとこのような小高い丘に登るコンクリート階段を見つけた。

それでは直貼り航空写真で詳細ルートを見て頂こう。●:歩道橋、▲:現在地、■:塩竈市公民館本町分室、×:同館北側(何れも写真を撮影)

階段を駆け上がってみた。古木の合間に看板の入った白い建物が見えた。「男山」は酒の銘柄である。どうやら酒蔵のようだ。

なにやら感じのいい小径である。左側の壁はここから見ると大谷石の腰壁のようにも見えるが、建物の外壁である。中央の鉄扉が何のために使われのるかは謎だが非常に面白かった。

苔むした古い石垣、曲がりくねった小径と朽ちた建物の屋根が哀愁を漂わせる。栄華と衰退を繰り返すのは人の世の定めであるが、このような小径に立つと改めてその定めを実感するような気がする。

ここは航空写真の■部分である。この建物は塩竈市公民館本町分室であるがアーチ型の面白いデザインがひと目をひく。年代的に昭和の建物であろうことは一見してわかる。

如何にも人口密集地帯に建つ建物らしく複雑に入り組んでいる。外部から見ても非常に部屋の数が多いようで形的にはコの字の形をしている。

高台の狭小地に建つせいか中庭は非常に狭い。

これが同館の正面(東側)である。掲げられた看板を見ると現在は教育委員会として使われているようだ。

北側に回って見た。色といい、形といい昭和の頃の公民館にしては随分とモダンなデザインでないだろうか?

外部の建具をご覧頂きたい。上方の壁にはスチールサッシ、1階にアルミサッシと木製建具と新旧折衷しているが、昭和25年建築とのことである。

片隅に碑が立っていた。但しこれは塩竈市公民館本町分室についての説明でなく、隣の敷地に建つ塩竃第一小学校についての内容であることをお断りしておく。明治6年開校でそれまでの藩政時代は代官舎として使われていたようである。碑を立てたのは父母恩師会の歴代の役員有志とある。ちなみになぜこの碑が隣地である公民館の一画に存在するのか?その理由はわからなかった。

小高いところから北側の塩竈神社方面を望んでみた。人口密集地帯の塩竈はなかなか見どころがいっぱいありそうである。次回はこの丘の中腹にある大正ロマン「旧亀井邸」を紹介する。

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