fc2ブログ
 平凡こそはこの上もない幸せである
 一口にバイク趣味と言ってもいろいろな分野がある。この日に行った分野をあえて言葉にするのなら「田舎道探索趣向」という分野にでもなろうか…、若い時はあまり興味がなかった田園、野山、川べり、屋敷林…片田舎の景観に感動し、爽やかな風を全身に浴びながら走る。こういう走りが喜びに感じられてきたのは五十を過ぎてからのことである。
 
 若い時分は走りそのものが楽しみで、こういった景色を楽しむことはなかったし余裕もなかった気がする。これを登山でいえば頂上以外の五合目や七合目で出会う景色の素晴らしさに感動する気持ちと似ているのかもしれない。
 
 写真の道路標識を見て頂きたい。亘理町から峠というよりはごく低い阿武隈の丘を越えて角田市に抜けた私は予定通り、ここから左折して県道28号線にルートをとった。

 ご覧のように角田は盆地ではあるがかなり広く、遠くには雪を抱いた蔵王連峰が見える。しばらくは蔵王を右手に見ながら走ることになる。田起こしは始まったばかり。風もごく弱く、彼岸前にしては上々の天気である。

改めて航空写真でルートを紹介する。今の記事で回紹介するセクションは北から南へ向う往路(黄色い線)で、赤で囲んだ小斉(こさい)という丸森町の集落を少し過ぎて国道113号線に出た辺りまでである。オレンジで囲んだのが最終目的地の筆甫(ひっぽ)である。

 数百メートル行くとこのような小高い丘に神社が祀られていた。田舎道を行く時、よくこういった神社を目にするが、共通として感じるのは古来から住民の信仰を受けながら、人間の苦悩の根源である煩悩を和らげつつ、人々を庇護してきた一種の重みを有する点である。
 
 これらを考えつつこういった地方の小さな神社に接するとただ前を通り過ぎるのはあまりにももったいないというような気がする。

田園の中をしばらく走るとこのような景色に出くわした。なんと屋敷の中の木が塀を両方に裂いてそびえ立っている。門構えからも旧家であることは一目瞭然であった。樹齢からいってもおそらくこの木はこの家の先祖代々から大切にされてきたのだろう。よく見るとなにか神木のような雰囲気さえ感じられた。

この家の隣には納屋らしき土壁の建物があった。かなり古そうだが或いは大正以前に遡る建物かも知れない。周囲を覆う屋敷林もまた趣のあるもので素晴らしい。

ここにも小高い丘に建つ小さな神社があった。境内には山神が祀ってある。古くから阿武隈山地の麓に抱かれた一族を見護ってきたのだろうか。さっきの土壁の家が左側である。

古民家を見た後に一通りの少ない脇道に入る。またしても広大な田園地帯をひたすら走る。
右手には蔵王、左手には変化に富んだ阿武隈の丘陵地帯が広がり退屈することはけしてない。私はこの壮大なパノラマが自分の煩悩を少しずつ和らげてくれるような気がしてきた。

今度は別な小集落に差しかかった。

ずっと走りっぱなしだったのでコーヒー&バナナタイム、コーヒーを飲みながら田舎特有のゆったりと過ぎゆく時間を味わう。

 田圃の中を走っているとこんな古い橋に出くわした。コンクリート製で左官仕上げ(モルタル塗り)である。だいぶ年数が経っているようだが、これを仕上げた左官は未だに現役なのだろうか?私はその橋を仕上げた左官の確かな腕に感心するとともに、仕事に於いて他人を感動させることが如何に素晴らしいことか、また物造りに携わる者の誇りとは一体何なのかを改めて認識する思いがした。

今度はかなり拓けた集落に入った。道がクランク状になっているのは城下町に見られるパターンであるがこの場所はそうは見えなかった。敵から攻められにくくする手法には感じられたが詳細は不明である。この集落の中でひと際趣のある大正ロマン風の建物が私の目に止まった。庭には池があり縁側からの眺めも良さそうである。

大正ロマン風の建物のある集落の商店で見かけた「塩小売所」の看板。店はやや新しいが門には老舗の趣があった。

集落を出てからまた脇道へ。今度は屋敷林見物である。屋敷林も立派な財産である。何気ない屋敷林だが子孫を思う先祖の御心が感じられる。

そして小斉の部落に到着、すると田舎特有のややマイナーっぽい食堂が目に入った。その名は蔵っこ、腹もへってきたしここで食事をとることにする。残念ながら隣の蔵の市はこの日は開いてなかった。

ご覧の通り、メニューはいたってシンプル。ここで隣の山元町から震災後に移り住んだ知人を探しに来ていた男性二人が客として居あわせたので少し雑談をした。

私は田舎料理を食べたかったので珍しく麺類を頼まず定食をオ―ダ―した。
ごく普通の食事だったが真心を感じ、大変美味しく頂いた。

蔵っこでお土産に「かきもち」を買った。「かきもち」とは「おかき」のかきをもじったというが甘口の砂糖菓子なので子供のおやつには最適である。

昼食をとってから国道113号線に出た。

伊達政宗初陣の地、ご覧のような看板が私の目に入った。この辺は戦国の世、伊達と相馬が争った場所でもある。

次回(宮城県最南端の冒険その3)は伊達藩に絡んだ史跡をお伝えしたい。
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)