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   知ってても知らないふりをすることも時には大切

 この写真を見て頂きたい。この笑顔の人物は仙台地方の多くの商売を営むところで縁起物として多く掲げられている「仙台四郎」である。

 彼は以前から実在の人物では?言われたが推測の域を出ず、謎に包まれた部分が多いとされてきた。ところが最近になって彼は実在の人物とされ研究によって多くのことが判明し、本や劇の題材にされるにまで至った。現在彼にちなんだ本が多く出ているようだが、依然として全容がはっきりとしない中、これらの文献から得られる事柄と私の若干の空想を織り交ぜ、「生きた福の神」と言われた彼の生きざまに迫り、オリジナルのエッセイに綴ってみた。
 
             エッセイ「仙台四郎に学ぶ美徳」
 
 時代は江戸時代後期、天明、天保と飢饉が相次ぎ仙台藩もその例に漏れず、往時経済は疲弊し人身売買も横行していた。彼の生家があったのは火の見櫓の近くで芭蕉の辻からは北北西に1キロという街中であった。彼は芳賀という鉄砲職人(仙台藩お抱えの鉄砲職人で後に芳賀銃砲店となる)の4番目の子供として1855年(安政2年)仙台に生まれた。大変奇遇なことだが彼は石巻の私の曾祖母Mと同年代ということになる。
                      
 幼少のころの彼は聡明で思慮深い少年であったが、7歳のとき、広瀬川に落ちて流されて一週間ほど生死の間をさまよってからは今でいうところの知的障害となった。彼にとってこの事故が人生の大きな転機となったのは事実だったが、彼はその後において幸いにも、幼少の日に培った純朴さをけして失っていなかった。

彼の生家は北一番町の櫓の近くであった。彼の脳裏には、いつも少年のころ友達や兄弟と暗くなるまで遊び回った辻の面影、せせらぎの絶えることのない広瀬川の河原、町中に点在する雑木林、田畑、宮城野の原っぱに人一倍の愛着があった。
 
 信じられないことだが、この事故の後、彼には不思議な能力が備わっていた。それはずるい人や意地の悪い人を本能的に見抜くという眼力である。彼はこれから繁盛しようという店を事前に予測できたとされる。またいつも笑顔を絶やさなかったので多くの人から好感を持たれ、特に客商売に携わる人には厚い人望があった。

遊廓、料亭、芸技屋、酒屋、魚屋、八百屋、雑貨屋…彼自身が気に入った店を訪れると誰から頼まれるともなく箒をもって店の前を清めたり、水桶をもって水撒きをするなど自主的に行動した。往時の遊郭は旅籠町であったが、売れっ子の遊女からも弟のように可愛がられ、小遣いをもらうこともしばしばであった。
 
 そして彼の力添えを受けた店は例外なく繁盛した。口を動かす前に体を動かすのは今昔を問わず大切なことだが、彼は誰にも教わらず己の中にそのような悟りを既に開いていたのだ。ここで彼の風采について触れておきたい。丸顔の輪郭と人懐っこい表情とでっぷりとした体形、そして衣装はどてらにしまの半纏、とぼけたような印象を与えるがここが大きなポイントで、全身から人々に安心感を与え得るようなオーラを発していた。その風采、動作は後の世で著名となった版画家の山下清のような雰囲気さえあった。
 
 彼には放浪癖もあり、人気が故にただで鉄道に乗れた。そして気が向けば宮城県内の白石や、福島県の福島、白河、さらには山形県の山形まで足を伸ばしたこともあった。列車の中でも彼は人気があり彼の姿を一目見てご利益に授かりたいという客が周囲を取り巻き、その様相たるやまるで芝居小屋のような趣さえ与えるものであった。
 
 一方で彼はその風貌と愚鈍な動作から、周囲からは偏見と好奇の目で見られていたのも事実である。しかしこれは商売人の目から見ると別な捉え方にもなり得る。「口は災いのもと」という言葉もある通り、彼はいつも笑顔を絶やさず簡単な会話しか話せなかったが、それが却って幸いしたのだろう。彼が訪れた店は商売繁盛となることから、彼はあちこちの店で歓迎を受け、食べ物を施されたりして「お客さん」として扱われることになる。
 
 そんなときにあっても彼は自らは笑顔を振りまき、物や金に左右されず、相手を人物本位で見分ける人間としての徳を持っていたのだ。世の道徳では「人はしゃべりすぎないほうがよく、聞き手に回り相手の話をよく聞くことが大切」とされているが、彼は誰にも諭されることなく生まれながらの資質としてそんなものを身につけていたのである。
 
 相手の話をよく聞きそれに同調することは相手から好感をもたれることに繋がり、敵対の意思がないことを相手に示し、安心感を与える。これは人間にとって立派な徳と言えることなのでないだろうか。特に人に物を売ろうとする人間が一方的にしゃべりすぎるのは禁物であり、時として反感を買うことさえある。私には四郎バカと陰口を叩かれた彼は実は表面でバカという役者を演じながらも、人間にとっての真の徳、商売とは何かを教えてくれる存在であったように思えてならない。
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