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 郷土愛を持ち、着実に焦らず復興を成し遂げよう!
 今日で震災から2年が過ぎたが私は昨年の今日と同じようにあの日のことを思い起こす。当日の深夜にまで及んだ焦燥と恐怖に満ちた迷亭俳諧、今でもあの夜を思い出しただけで背筋が冷たくなるのを感じる。当時の仕事場だった福島原発からの帰路の時期とルートを一歩間違っていたら果たして…自分は運よく助かっただけではないのだろうか?
 
※2年前のきょう、夜通し走り続け夜中の午前1時15分にたどりついた宿、南相馬市金沢マルマンビレッジ、この日は停電していたがなんとか泊ることができた。ここにたどりつけたことが私の体力を温存する大きな要因になった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ※2年前のきょう、私の経験した苦闘「常磐からの帰還」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28293480.html
 
 後で判明したことだが、今回の震災で私の祖父方の石巻の親戚が18名亡くなった。現在仮設住宅に入っている親父の祖父方の従兄弟にも会いたいのだが、未だになかなか会えないでいる。そして陸前高田のバイク仲間の死、運命とは言え、これらを考えるとその生死を分けたのはあまりにも残酷な人の世の定めとしかいいようがない。
 
 被災地では復興が叫ばれて久しいが昨今の世論アンケートによると多くの人が復興は思ったより進んでないと答えている。仮設住宅の借用期限も迫っているし、福島の放射能汚染の問題も深刻である。このような状況で、住みなれた場所を離れた人も多く見られるものの、昨日のニュースを見て非常に心強く思ったことがある。それは一次1万人にまで人口が落ち込んだ南相馬市に再び人が戻ってきて5万人まで人口が回復したということである。
 
 この地区は原発の近くでもあり放射能汚染の懸念もさることながら、震災で仕事を失った人も多く、環境と雇用の二つの問題が住民の前に立ちはだかっている。これらの不安を抱えながらも行政と住民は一体となって地道な努力を重ね、着実に一歩一歩前に進むしかないのである。
 
 私は進まないと言われる東北の復興を更に進めるにあたって大きな郷土愛を心に誓い、次の言葉を心に深く刻みながら我が東北を見守っていくつもりである。「ローマは一日にしてならず。東北の復興を心から望むも短期にはならず。されど我は東北をけして捨てず」と。
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