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 古美術を愛し、犬によって癒された志賀直哉
 志賀直哉の末弟子の阿川弘之に言わせると直哉にはその生涯で三度の執筆停滞期があったとされる。一度目は松江、京都、我孫子時代の大正3年~大正6年、二度目は奈良(上高畑)時代の昭和4年~昭和9年、三度目は東京世田谷時代の昭和17年~昭和20年(戦時中)である。三番目の戦時中の停滞は明らかに軍国主義から受ける圧力が大きな原因であり、戦争が終わってからはもう一度筆を執り直したわけであるが、二回目までの停滞期に、それを打開するものとしては何があったのか?
 
 それは私のブログの今年の元日投稿の「人生の停滞期を打開するには?」の記事の中で既に述べた。暗夜行路を始めとした志賀直哉の作品に見られる通り、彼の趣向が寺社仏閣巡り、古美術に及んでいたのは周知の事実であるが、彼の趣向を語る上でもう一つ避けて通れないものがある。それは彼が動物(犬)を愛玩したことである。
 
 犬をいつ頃から飼ったのかははっきりしないが、おそらく独身時代の尾道、松江の放浪ぶりから判断し、結婚(大正3年)してからではないだろうか?この「万歴赤絵」は名前だけを見ると古美術への傾倒を彷彿させるものであるが、読み進めて行くうちに直哉の無類の犬好きが浮き彫りになってくる。

彼はプライベートや仕事の折に名品「万歴赤絵」を求めようとするのだが、肝心の品は手に入らず、なんといつの間にか犬に化けてしまうことになる。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 作品中に登場する彼の逸話は二つ、最初の話は大阪淡路町の美術倶楽部で万歴赤絵を見た帰りに三越デパートに立ち寄った時のことを描いたものである。直哉は動物売り場のコーナーで座敷犬の値段を店員に聞いた弾みでマルティス・テリヤを衝動買いしてしまう。これは娘たちがかねてから座敷犬が欲しいという要望に応えてのものであったが、すぐに飽きて嫌気がさしてしまい、仕舞には首輪と鑑札を外し故意に放し飼いにして行方不明にしてしまう。そしてこのやりかたを娘たちから非難されることになる。
 
※三越から買ってきたばかりのマルティス・テリヤを妻や娘に見せる志賀直哉(石井鶴三作)

 二つ目は昭和4年、直哉46歳の時、南満州鉄道(南満鉄)が招待した冬の満州旅行に関係することである。旅を企画した南満鉄とすれば招待した見返りとして直哉に紀行文でも書いて欲しかったのだが、結局のところ同行した里見が詳しい旅行記を書いてしまい直哉は何もしないで終わる。でもこの話はこれだけでは終わらない。この旅行で探した万歴赤絵が見つからず、その後同社の鉄道部長から新たな犬(蒙古犬)をもらい受けることになる。

 作品の最後に康子夫人から寄せられる言葉が直哉の犬好きを如実に物語っている。万歴もいい加減にしていただかないと、これじゃあ犬ばかり増えてたまらないわ…亭主関白だった彼もこの妻のぼやきには黙って耳を傾けるしかなかったことだろう。実は彼がこの時鉄道部長からもらい受けた蒙古犬の他に既に三匹の犬を飼っていたのであった。この蒙古犬の運命がどうなるのか?は読者諸兄がこの作品を読んでのお楽しみである。
※万歴赤絵:昭和8年(直哉50歳)発表
KR500レプリカの部屋の志賀直哉シリーズ
※志賀直哉生前インタビューhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31385305.html
※志賀直哉生誕130周年を偲ぶ旅http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31505557.html
※志賀直哉生涯23回の引越しの謎http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31434256.html
※志賀直哉東京麻布邸へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31458035.html
※志賀直哉「早春の旅」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31540382.html
※志賀直哉「自転車」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html 
※志賀直哉「城の崎にて」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
※志賀直哉「和解」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29210086.html
※志賀直哉「暗夜行路」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30025253.html
※志賀直哉「小僧の神様」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30176213.html
※志賀直哉「清兵衛と瓢箪」へリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30989155.html
※志賀直哉「山形」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31212264.html
※志賀直哉「大津順吉」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31299760.html
※志賀直哉「雪の日」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html
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コメント

No title

こんばんは。
万暦赤絵は、梅原龍三郎の所蔵品が有名ですが、志賀直哉と交流があったので、何らかの影響があったのでしょうか?志賀直哉の収集した骨董は、どちらかといえば、すっきりした淡白な物が多いので、濃厚な感触のある万暦赤絵に執着していたのは意外に思います。
なぜか犬https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_d100.gif">を飼うことになってしまうのは、ちょっと面白い、微笑ましいエピソードですね。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、白樺派とは親交の深かった梅原龍三郎ですが、直哉の性格からして他人がいくらいいと言っても本人が認めなければいいとならなかった(阿川弘之「志賀直哉」より)のでそれは考えにくいと思います。
おそらく彼の感性がこの赤絵に共鳴したものと思います。
犬好きだった直哉ですが麻雀も好きで、同著によると妻も含めて徹夜で友人、知人と麻雀に興じたようです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

志賀直哉が犬好きだと言うお話は何だか微笑ましいですね。
万歴赤絵を求めていた、と言うのはわかるような気がしますが
いつの間にか犬に化けていた話も面白いです。
何匹も飼われ、話しかけるような姿も目に浮かびますhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s82.gif">
別の一面を見た気がしました。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、志賀直哉はこの作品でこの座敷犬が横柄な態度で外で飼っていた先輩格の愛犬に吠えたてるのを見て後ろからコツンとしたらしいです(笑)
そう言えば彼の生前ビデオで文化勲章を受章した時のインタビューは犬を撫でながらしてました。
彼は執筆に疲れた時には愛犬から癒しをもらっていたのでしょう。
でもこれだけ犬が増えれば寛容な奥さんでさえも愛想を尽かしたことでしょうね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
『万暦赤絵』は奈良・高畑の家と大阪の堺筋近辺の景色がおぼろげながら脳裏に浮かび、楽しく読んだ作品でした。
古美術と犬がこんな形で結びつき、ひとつの作品になったところが面白いですね。
ナイス!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、直哉は奈良時代に多くの芸術家と知り合い、古美術への傾倒を更に深めていったのですね。
この作品は直哉壮年の執筆ですが「早春の旅」と同じように人間としての円熟を感じます。
家族との触れ合いが微笑ましくもあり、彼の人間性を物語っているような気がします。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

記憶が正しければ。。確か。。昔は赤の色を出すのにかなりの苦労をしたようです。ですので、赤のうわぐすりを使った器は、昔かなり貴重なものだったと思います。
私的な考えですが、それが志賀直哉の時代でも未だ高価なもので。。でも志賀直哉が実際に見てみると、高価な値段の価値がいったいあるのか?彼には全くしっくりこないと思ってしまったのかも?しれません。それなら家族が喜ぶ犬の方が良い?と思ったのでしょうか?
2度目は、よほど縁がなかったのか?犬の方に縁があったのか?って思います。笑

URL | プチポア ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

プチポアさん、万歴赤絵に対しての専門的な考察を頂きありがとうございます。
確かに直哉は自分が納得しないものには首を縦に振らなかったようですね。
彼は頭の中には骨董と犬と家族の反応が葛藤していたのかも知れません。(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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