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     戦国における伊達と相馬の関係
 去る2月15日の晩のことだった。帰宅時に三日月に近い上弦の月が出ていた。この月はご存知の通り、伊達政宗の鎧兜に用いられたデザインであり、古来から魔除けの意味のあるものであると言われている。折しも翌日16日は伊達家に関する仙台市史セミナー「戦国時代後期の伊達と相馬の相克―」のある日であった。
 
 奥州統一の後はその隻眼を天下へ、三日月に宿る不思議な魔力…、稀代の風雲児であった伊達政宗も、こんな月夜の晩にはこの三日月に何らかの不思議な力が宿り、己の運命に何らかの影響をもたらすのを既に察していたのかも知れない。

セミナーのある2月16日はご覧の通り雪の日だった。私は定刻30分前の12時半には会場となった仙台市博物館を訪れた。

この日のセミナーは二つ行われるが最初のセミナーが「伊達と相馬の相克」であった。

講師は東北福祉大学の岡田清一教授である。伊達と相馬は戦国時代に何度も小競り合い(相克)を繰り返したと言われるが、このセミナーはその大きな真相解明に大きく迫るものである。尚、岡田教授は相馬史の研究を長年に渡たり携わってきているが、この日のセミナーでは主に伊達側から見た相馬について述べるとのことであった。

なんとこのセミナーにはホールの収容人員200名を大幅に上回る400名が押しかけ会場に入り切れない人は別室でモニター画面を通しての受講となった。
※異例の大盛況となりごった返す仙台市博物館

では伊達と相馬が激突した場所を地図でご覧頂きたい(地図はブログ仲間のビアナカさんのブログより拝借)この伊具郡と宇田郡がこの場所である。
実は数え歳15歳であった伊達政宗の初陣もこの地の相馬氏との戦いであった。
尚、伊具に関しては現在は宮城県、宇多に関しては現在は福島県のものとなっている。

セミナーでは岡田教授から伊達氏と相馬氏の血縁関係に関しての説明があった。戦国時代の多くの例に漏れず伊達と相馬もこのように意図的な血縁が結ばれていたのとのことであった。
またご覧の通りこの縁組には福島の三春を本拠地とした田村氏も大きく関与している。

 伊達氏、相馬氏、蘆名氏、岩城氏、大崎氏…奥州大名の非常に複雑な縁組の関係をご覧頂きたい。このような縁組を重ねることによって奥州の大名は血の繋がりを築き上げ、お互いの無用な争いを未然に防いでいたのである。
 
 「奥州の作法」とは共存共栄の精神を基にした考えで、争いごとが勃発しそうになった時は双方の間に中人(ちゅうにん)が入って仲裁を勧めるならわしであった。この中人には必然的に双方に大きな影響を及ぼす人物があてられた。

 天正12年(1584年)5月、田村清顕らの中人の介入で一時は和睦した伊達と相馬だが、それもたった五年の間のことであった。1589年には伊達が再び宇多を攻略し、その後も小競り合いを繰り返した。それは一体なぜなのか?岡田教授によると宇多の海岸では良質な砂鉄が得られたとのことであった。戦国時代、鉄資源は刀や鉄砲の原料になることから双方にとってこの地が大きな拠点になっていたのである。
 
 想像に漏れず伊達と相馬の繋がりと敵対は双方の利害関係が大きく関与していた。こういうケースは他にも多くの例があるのではないだろうか?但し伊達氏の力量は奥州では突出していたのでこの「奥州の作法」は通用しなかったとも解釈できる。岡田教授によると蘆名氏や二階堂氏などの大名が滅ぼされるのは政宗の時代に見られることで、こういったことは奥州では過去にも未来にも滅多になかったとのことであった。
 
「奥州の作法」とは力の拮抗した大名同士に通用した暗黙の共存同盟的なものであったようだ。
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コメント

No title

こんばんは。

ミックさんの歴史好きというか興味は尽きないですね~

私はつくづく、この時代に生まれず良かったと思いました。戦国の駆け引きの時代に生きていくのは大変だったでしょうからね。どんなに中人がいても戦いは起こったでしょうから。
そして三春の奥地から嫁入りした愛姫は正宗の正室で幸せだったのかしら…

数日前の三日月は本当に神秘的でした。
暫く車内から眺めていました。

ミックさん、馴染みのお店で一杯は… 美味しかったでしょ…

ナイス

URL | ミント ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

この辺りの歴史的背景は、私にはさっぱりなのですが、仙台近辺の方々にとっては、大きな関心ごとなのですね~。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさんの記事はいつも眼福にあずかります。
南部藩も調べてみたくなりましたね。
奥州の作法、奥州藤原の平泉で止まってたりしてhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s97.gif">
ルーツ、歴史、武将、興味はあれども、知識は無し。
あー、渡辺謙の独眼竜伊達政宗が見たくなってきた。

URL | 不来方 条 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、戦国時代のみちのくにはこんな作法があったようですが、セミナーの冒頭では豊臣秀吉は斎藤道三は例外中の例外との説明もありみちのく以外の地域でもこのような共存共栄的な考えは多くみられたのではないでしょうか?
でもこの和睦も双方の力関係があってのことなのでしょうね。
その均衡が崩れるといくさになります。

この奥州大名の系図はほんとうに複雑で難解です。
伊達と相馬の確執の背景には双方の鉄資源へのこだわりがあったようですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、伊達政宗の初陣が相馬との戦いというところにひかれました。
和睦と小競り合いを繰り返した伊達と相馬の背景には一体何があったのか?
これを知ることによってやがて人の世の縮図も見えて参ります。
そう言う意味で非常に意義の深いセミナーでした。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、政宗は生涯に出した手紙の数が飛び抜けており、知将という感じがしております。
確かに運もあったのでしょうが背景の優秀な家臣団の存在が大きかったと思います。
その家臣の心を寄せたのも彼の手紙でした。

この日に行われたセミナー第2弾では強硬派と見られる一因の弟殺傷事件への新考察が見られました。
このセンセーショナルな話題は後ほどお伝えしたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

この日の三日月は私もまじまじと見上げてしまうほど
大きくて綺麗でした。
ただ あっと言う間に沈んでしまったのでビックリしました。
伊達政宗は戦国武将の中でも人気度の高い人ですから
関心を集めるのも当然ですね。
戦国の世の縁組はとても複雑だし、戦略的な意味合が
大きいので 意に沿わない結婚も多々あったみたいですね。
もし、この時代に生まれるなら男子として生まれたいです。
第二弾楽しみにしてます。

URL | まゆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

戦国武将の伊達正宗公は良くテレビドラマに出てきますが、やはり、
歴史考証に基ずく設定なんでしょうね。

織田信長も縁組での勢力拡大を狙い、戦国時代の戦略の意味合いが
あったのでしょう。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

プチポアさん、世界和平、近隣づきあい、建設業?…この奥州の作法と似たものは世のいろいろなところにもありそうですね。(笑)
共存共栄というところに奥州らしい奥ゆかしさを感じます。
ただし世の常で力の均衡が崩れるとこの限りでなくなる…これも人間心理の縮図なのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミントさん、力、権力が支配した時代の結婚。
今の世の中では全く考えられないことですが古くから政略結婚は数えきれないほど行われてきたのでしょうね。
こういう歴史セミナーで感じるのは昔のことに目を向けることで、現在にも起こり得る「人の世の縮図」が徐々に見えてくるということですね。
そういう意味で「奥州の作法」に於ける「共存共栄の思想」は現代社会の多くのことに共通点を見い出すことができます。
この場合、「中人の力量」がその案件をまとめ得るか否かに大きく左右するのでしょうね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、単に仙台藩と相馬藩の歴史にスポットを当てているようでありながら実は現代社会の縮図を見るような面白さを感じて参りました。
これが歴史探訪の醍醐味なのかも知れません。歴史と哲学はセットですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不来方さん、南部氏は今回のセミナーでは触れていませんが、やはり他藩との政略結婚があったようです。
お互いの共存を図るには血の繋がりを用いるのが手っとり早く理屈抜きのものを感じます。
ちょっとだけ昔の建設業の云々と競争入札のあり方についても考えてしまいました。(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

まゆさん、伊達政宗の生き方は型にはまってないところが魅力ですね。
それだけに近隣諸侯からの風当たりも強かったのですが、反面彼は人の心を掴まえる術を心得ていました。
それが生涯4000通と言われる手紙です。
この手紙は直筆も多く、宛先は家臣のみでなく敵対する武将や彼が従臣した秀吉、家康にも多く出されました。
そのコミニケーションと情報収集力が彼の実力であり、また大きな魅力であったと言っていいでしょう。
第二弾は今までの強硬路線の政宗像を覆すようなかなり衝撃的な内容となります。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、縁組を使った和睦作戦は相当昔、おおよそ権力と言われるものが世に誕生したころからあったのでしょうね。
そしてそれが共存共栄の精神と結びついてしまったのが「奥州の作法」ですね。
これには世の中の縮図がかなり濃縮されているような感じを受けました。
ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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奥州筆頭 伊達政宗!!!
戦国ブームで1,2を争う人気の武将ですよね。
伊達政宗と呼び捨てにすると宮城県民から「公」を付けなさいと怒られるってテレビで言ってました。
そのセミナーは僕も参加してみたいですよ。

URL | 雷電 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
ミックさんが出席なさったセミナーで得られた歴史の知識をそのままお裾分け頂いて、大変勉強になりました。
「奥州の作法」、現代にもそのまま通じる興味深さを感じました。
有意義なお話しを有り難うございます。MN!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行きたかったのに残念・・・と思っていたらレポートをアップして頂き、ありがとうございましたhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a459.gif">
出席していたらミックさんにも会えたのか?と思うと悔やまれますが・・・
稙宗の政策に対する晴宗との確執だと思っていましたが、砂鉄も絡んでいたとは・・・対中国と変わりませんね!!

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

雷電さん、私も彼を尊敬しているので公をつけたくなるその気持ちはよくわかります。
地元びいきを差し置いたとしても政宗の人気の秘密がよくわかります。
手紙に垣間見る彼の人柄はやはり知とバランス感覚に優れた武将という感じがします。
今年は慶長使節団400周年にもあたりますので使節団に関するイベントが目白押しになると思います。
イベントやセミナーから目の離せない一年になりそうですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、まさに温故知新で歴史から学ぶことはいっぱいありますね。
特に「奥州の作法」に見る共存共栄の思想は世界和平実現には欠かせないものですね。
この共存共栄の考えをもう一度考え直してみたいものです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、歴史はいろいろな角度から検証しなければならないと言われますが、この伊達と相馬の関係は伊達氏を知る意味では大きな意味があると思います。
この時代砂鉄は非常に貴重なものでこの辺りで採れた砂鉄を丸森の山奥に運んで精錬していたとのことです。
稙宗と晴宗の関係もスポットを当ててみたいポイントですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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