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少年時代に熱中した冬の遊びとは
 鉄人28号や鉄腕アトムといったロボットが少年のヒーローだった時代、男の子の遊びと言えばかくれんぼ、鬼ごっこ、ケン玉、ビー玉、パッタ、ベーゴマ、プラモデルといったものが主流だった。私が石巻に居た小学校低学年時代仲よしだった遊び仲間は5人。
 
 私の他のメンバーはやんちゃで女子のスカートめくりばかりやっていた問題児の引田、大人しくて何をするにも目立たなくて人づき合いのいい東山、非常にすばしっこくて運動神経に長けた板橋、そしてインテリ風で小学生にしてはお大人びた口を利く南というメンバーであった。東山を除く4人は従来の遊びに飽き足らず、常に新しい刺激とスリルに飢えていた。
 
 引田や板橋とはよくジャングルジムで危険な鬼ごっこをして遊んだが、すばしっこい二人にはとても勝ち目がなかったので、彼らに一矢を報いるための遊びを私は必死に考えたものだった。その遊びの中には以前の自作小説「サンタルチアの鐘」で紹介した川に木っ端を浮かべて石を投げて自分の船を進める船競争もあり私にも十分勝機はあったのだが、残念ながらこの遊びは付近の住民の通報により禁止になってしまった。
 
※現在の住吉小学校(2012年春撮影)と私が鬼ごっこをしたジャングルジムと登って遊んだ雲梯


 この時我々仲間が好んだ遊びにはある法則があった。一つは遊びの決着として必ず勝ち負けを伴わなければならないということ、二つ目はアイテム(遊び道具)を伴ったものでならないこと、三つ目は多少危険であってもスリルがなければならないという点であった。
 
 我々がアイテムを使った遊びを好んだのは今になって思うとベーゴマやパッタなどのように自分の持っている物は他人の持っているものより優れているという形のある物へのこだわりがあったからだと思う。また鉄人28号や鉄腕アトムのように強くて速いものに憧れるという少年特有の心理が働いたのからなのかも知れない。
 
※航空写真で現在の石巻市立住吉小学校をご覧頂きたい。赤:志賀直哉生家、黄色:私が遊び仲間と雪玉遊びをした場所、船競争遊びをして石を投げて先生にしかられた北上川。


 
この年も冬が来た。私が通学していた住吉小学校も冬場となると他の小学生がよくするように雪合戦や雪だるま作りに興じたのであったが、我々仲間が熱中する遊びはそれだけでは物足りなくやはり変わっていた。その変わった遊びの名ははっきりとは覚えていないが概ね「雪玉遊び」といったたぐいのものだったと思う。
 
 遊びのルールは至って簡単、各自が雪を固めて硬い雪の玉を作り、お互いの雪玉をぶつけ合って壊れたほうが負けという単純なものだった。この場合地面に置いてぶつけられる側と上から落としてぶつける側に分かれるのだが、どちらを選ぶかに対しての関心はなく、興味の対象はもっぱらどちらが壊れるのかというところに集まっていた。
 
 三学期も半ばの2月に入ったある日のこと、石巻地方に20センチほどの雪が降った。そしてその後も寒い日がしばらく続き、私は遊び仲間の連中とこのマニアックな遊びに熱中していった。しかし所詮小学生が作る雪玉は知れたのもでいくら力を込めて雪を圧縮して固めて硬くしようとしても限度があり、ドングリのせい比べのようなもので勝敗は勝ったり負けたりといったところだった。
 
※雪玉遊びに興ずる五人組

 そんなある日の朝、私は登校途中で学校近くの路地裏の脇の植え込みの木の陰に直径25センチくらいのまん丸い雪玉が落ちているのを見つけた。近くの子供が遊んだ古い雪だるまの名残りの片割なのだろうか、持ち上げてみるとかなり重たく、いかにも固そうでまるで氷でも入っているような重さであった。
 
 「よし、これなら雪玉遊びに使えそうだぞ。」私は勇んでその雪玉を持って他の子供に見つからないように気を配りながら校門をくぐった。そしてその雪玉を校舎の裏の目立たない細い通路に隠してから教室に入った。
 
 私は興奮を押さえながら1時間目の授業が終わるのを待った。そしてついに連中とと雪玉で遊ぶ時がきた。その雪玉は他の仲間の雪玉も何度ぶつけようが、上からたたきつけるように強くぶつけようが、けして割れることがなかった。他の連中はその雪玉があまりにも硬いので不思議に思ったのだろう。そのうち引田が「おい、ミック、おいにその雪玉をたががせろ。」(俺にその雪玉を持たせてくれ)と言ってみんなの前で持ち上げてみた。
 
 引田は雪玉が重いというだけでなぜこの雪玉が硬いのかまではよくわからなかった。そして益々むきになった彼らはとっかえひっかえ私の雪玉に挑戦を挑んだが、結果はやはり同じで私の圧勝に終わった。彼らは地団駄を踏んで悔しがり、彼らの目標は仕舞いには私の雪玉を壊す一点に絞られていった。私はそんな彼らを横目に自分にせっかく授かった宝物を壊されまいと必死になった。
 
 この日の放課後、もし私が帰ってからこの雪玉を踏みつけられたり石にぶつけられて壊されたらという不安にかられ私は帰宅時に宿直室の縁の下にこの雪玉を隠すことにした。ここに隠せば奴らに見つかって壊されることはないだろう…。
 
 ※注釈:今でさえ学校の宿直制はなくなったが当時はどんな学校にも宿直室があって当直の先生が常時泊っていた。往時の住吉小学校の配置図と私が雪玉を隠した場所を下の絵でご覧頂きたい。



 あくる日、石巻には太平洋高気圧がもたらす暖気が入ったせいか、この時期としては朝の冷え込みがなく二月としてはやけに暖かかった。一時間目の授業が終わり、休み時間になっていつものように私は胸を踊らせながら前日隠した場所に雪玉を取りに行った。そして縁の下を覗いた瞬間私は絶句した!
 
 雪玉は寒波の緩みと宿直室の暖房ですっかり解け、5センチほどの小さな氷の小玉になっていた。せっかく誰にも負けない雪玉を見つけたのに…、私は深くため息をついた。そして落胆しながら連中にそのことを告げた。
 
 彼らは喜ぶと思いきや意外にもがっかりした様子であった。「やっぱりな、おいたち(俺たち)が壊さなくてもこうなると思ったよ。」南がなにか負け惜しみっぽく言った。当時の私には彼らの心理がよくわからなかったが、大人になってその意味がやっとわかった。やんちゃ盛りの少年たちの関心は私の雪玉の中に何が入っていたのかに向けられていたのである。
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コメント

No title

懐かしいですね('∀`)
今でこそ雪あそびは危険と言われたり、外で遊ぶ子供たちが少なく
なりましたが、外で仲間同士色々な方法を考えて遊ぶ事は
いつまでも思い出に残ると思います。
ミックさんの発見した壊れない雪玉の
見つけた時の高揚感は今になっても忘れられないものなのですね。

私はツララで剣遊びをした思い出を読んだ後に思い出しました。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、このころは目立つのが好きというわけではなかったのですが、なにか他の子供とは違ったことばっかりやっていましたね。(笑)
この硬い雪玉がどういういきさつで作られたのかは謎のままでした。
彼らにしてみれば壊して中を見てみたかったのでしょうね。
石巻のつららは剣になるほど大きくはならなかったですが、もしそうなったら遊んでたでしょうね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

雪玉遊び、はじめて知りました…。。。関西では、たくさん雪が積もることはなく、こういう遊びはなかったですね~。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、このころはいろいろな刺激を求めて遊びを考えていました。(笑)
でも不思議といじめはなかったですね。
寒さも忘れるほど熱中したのが雪玉遊びです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
子供の頃の楽しい思い出でですね。それにしても子供は、遊びを考えるのがうまいですね。雪玉遊びも雪国ならではの遊びですね。きっかけは、ちょっとしたふざけっこからかと思いますが、それに皆が熱中していったのでしょうか?
雪の季節になると、同級生だった方達もミック様の雪玉を思い出していることでしょう。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、この遊びは単純ですが意外と面白かったです。
人の雪玉が壊れるとすっきりするのです。
負けると今度こそは…となって、そのうち勝つまでやるとなります(笑)
この時の仲間は今頃どうしているでしょうね。
会いたいですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

楽しそうですね~!
私子供の頃ものすごいおてんばだったので、男子と一緒に缶けりしてました。(女子とだとものたりなかったんで笑)
東京だったので、こういう雪遊びとは無縁でしたが。。。
一緒にやりたかったです~~!

URL | プチポア ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

プチポアさん、私も凝り性ですが、彼らも同じでした。
だから余計に熱くなるのでしょうね。
寒さなんか関係ないって感じで遊んでました。
それでも風邪はひいてましたね(笑)
PS;このころは毎日志賀直哉の生家の前を通って通学してるとは夢にも思っていませんでした。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

何でしょう、私のところも温暖地域だったせいか、
雪が積もった日は皆、それは異常興奮して、
授業もそこそこに雪合戦をした記憶があります。

体育以外の授業が雪合戦になった・・・。
先生たちも童心に帰る以上の気持ちに
なったのでしょうね。

今では雪を触るのもはばかるほど寒がりなのに
当時は雪を触っては妙に高ぶっていた・・

懐かしくもあり、いろいろと想うところもあり・・
ですね。

URL | ぶらーべん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさま、はじめまして~!

初めてコメントさせて頂きます。
的を得ないコメントもあると思いますが、その点は笑って下さいね~!

昔の子供の頃の遊び、楽しそうですね~!
雪玉を壊す遊びがあったのですね。
私達の所は、雪を丸く小さく固めて、雪合戦です。
この固い雪の玉に当たろうものなら、凄く痛いですよ。
そして、道路に積もった雪を固めて、つるりんと滑る事が何よりも楽しみでしたよ^^
最近は殆ど積もらないので、つるりんは無しだと思います^^

この雪玉は。。。。。。。雪の固まりだったのですね~!^^
雪解け。。。。。面白い結果でしたね~(笑)
ナイスhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s317.gif">

URL | Rain ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
楽しいお話しを読ませて頂きました。
子供の頃は朝目覚めて、積もった雪を見ては、はしゃいでいたものました。
宝物の雪玉の結末にがっかりされたお気持ちと、遊びの面白さが伝わってきました。
ナイス!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。

小学校低学年の遊びと云えば、おなじような遊びでしたね、
私の生まれが、横浜で近くに小高い山が絶好に遊び場でしたね。

木に登ったり、「ターザンごっこ」したり、ガキ大将の様に母から言われた事がありました、雪は降りませんでしたので、もっぱら、
メンコ、ベイゴマ、などが主な遊びでしたね。

今は、懐かしい思い出です。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ぶらーべんさん、石巻も太平洋側でそんなに雪が多いというわけではないのですが、雪が降ると大喜びで仲間と騒いでましたね。
この遊びに熱中した理由は勝ち負けがはっきりしていることと硬くて強い雪玉への憧れ、所有感でした。
それだけに強い雪玉を持った時の満足感は非常に大きくどんなもんだという気になりました(笑)
今、思い起こすとあの時の熱中は懐かしくもあり滑稽でもあります。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Rainさん、初コメントを頂きありがとうございます。
この無敵の雪玉は本当に不思議でしたが、自分の物にした時の満足感は非常に大きくこの日の夜は嬉しくて眠れないほどでした。
それだけに解けた時の落胆も大きく今でもはっきりと覚えています。
雪合戦、雪だるまはもちろん私たちの仲間もやってました。
でも一番熱中したのはこの遊びです。(笑)
ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、先日志賀直哉の「自転車」を読み彼のやんちゃぶりに驚きましたが、それに感化されて本作を作りました。
このころはとにかく刺激が欲しかったのです。
雪合戦とは違った雪玉への所有感、雪だるま遊びとは全く異なる勝ち負けに対しての緊張感がこの遊びにはありました。
もし雪中同級会というものがあるなら今でもやってみたいですね。(笑)
ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、我々仲間が他に熱中したのはベーゴマでした。
鉄の硬く、重たく、冷たく、強い無機質な感触。
これが当時の少年のヒーローだった鉄人28号のイメージに結び付いたからなのかも知れません。
とにかく所有欲とスリルを満たすものが欲しかったのです。
冬場においてこの感覚に一番近かったのがこの雪玉遊びでした。
ナイスを頂きありがとうございます

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こちらもトラックバックありがとうございました。

さぞ授業が長く感じたことでしょうね^^

「たががせろ」秋田では「たながせろ」になるかな
懐かしい言葉でした。

大きな雪玉を見つからないように持ち込んだり隠したり
ワクワクして読みました。

いい時代でしたね・・・面白かったですね♪
手袋に紐がついてました(●^o^●)
ニコニコしながら読ませていただきました。
夢に出てきそうです。

URL | 和奴 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

和奴さん、好奇心旺盛な少年時代、この頃は雪が降るのが楽しみだった気が致します。
実はこの遊びは北陸在住のかたから「テツ」と言う名称であるとの情報を頂きました。
そして硬い雪だまの作り方まで指南頂きました。
少年のころオリジナルと思っていたこの遊びがそうでなく雪国ではポピュラーな遊びであったことに驚いております。
裏を返せば少年時代の視野の狭さなのかも知れません。
方言に関する考察並びに感想を頂きありがとうございます。
PS:お気づきと思いますがこの遊びのメンバーの中にも私の生涯での最初のライバル板橋が加わっておりました(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

住小の思い出ありがとうございました。

横町様。楽しく拝読いたしました。住吉小学校の配置図には感激しました。教室の雑巾掛け、亜炭のだるまストーブ、給食の脱脂粉乳の匂い、授業の合間のドッジボールなどなど打ち上げ花火のように思い出が飛び出してきます。感謝申し上げます。さて横町様のブログは数ヶ月前ダイアンビッシュのパイプオルガンを調べていた際見かけたのがきっかけです。私は何かが導いてくれたのかと驚きました。住まいは横町と久円寺通りそしてほぼ同学年ですね。ここは私信ではないのでこれ以上は書けないのが残念です。よくわかりませんが非公開コメントに出来ないようです。日本は寒波が来ているようですね。取材でお出かけの際にはご留意ください。

yunさん、ありがとうございます。

記事を熟読して頂き感謝申し上げます。yun様は近所にお住まいとのことで、恐らくどこかでお会いしているものと察しております。ダイアンビッシュのパイプオルガンがきっかけと聞きましたが、ひょっとしてhttps://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-2765.htmlでしょうか?

それにしても、不思議な出会いが取り持つ縁と受け止めております。ブログの性質上、非公開コメントに関しては敢えて可としていません。ゲストブックがあれば記事と関係のないことを書いても全く差支えないのですが、FC2ブログは敢えてそうしていないようです;

自分は石巻千石船の会に所属していますが、毎4月に門脇で総会が開かれます。(コロナの影響で今年と昨年は中止になりましたが)新会員も入られたようで、来年は是非出席したいと考えています。ご縁がありましたら、何かの機会にお会いしたいと考えております。

労いのお言葉痛み入ります。本日も有意義な話題を提起して頂きました。ありがとうございます。

横町様。いつもご丁寧な返信ありがとうございます。そうです。このダイアンビッシュの記事です。石巻高校時代のクラブ仲間のSNSでまきあーとテラスにパイプオルガンはあるか?から始まり、遊楽館(河南町?)にあるパイプオルガンの事などでここに至ったわけです。また石巻にパイプオルガンの製作所があるというのも興味深いですね。製作過程など見学したいです。
横町様のブログは範囲が広くどれも奥深いのでまだ拝読したのはわずかですがクラシック、ブリティッシュロックなど音楽の嗜好も近くて楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。

yunさん、ありがとうございます。

こちらこそ、ご拝読頂きありがとうございます。忘却する前に書きとどめておこうというのが十年前の趣旨でした。「こもれびの降る丘 遊楽館かなんホール」は北村(旧河南町)にあるのですね。数年前知人とともに烈士・伊東七十郎(伊達騒動で中心的役割を果たした人物の一人)の取材で北村を訪れた時はなかった気が致します。せっかくご教示頂いたからには是非訪問してみたいと考えております。

パイプオルガン(チャーチオルガン)のYOU TUBEリンクに関してはジョナサン・スコット演奏のスレッドが多いですが、ダイアン・ビッシュ演奏のものもたまにリンクしています。その記事がyun様のお目に留まったのは幸いでした。

お仕事で海外に滞在とのことですが、yun様からは郷里石巻に対する郷土愛がひしひしと伝わって参ります。自分としてはブロガー冥利に尽きるご感想の数々と受け止めております。改めまして、今後とも宜しくお願い申し上げます。

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