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Queen Too Much Love Will Kill You

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          私小説「人生の分水嶺と或る上司の死」
 雲の中にに一滴の水があったとしよう。そしてその水が雨となって地上に落ち、ちょうど分水嶺(分水界に当たる山脈、水の流れる境目)のところに落ちたとしよう。当然ながらその一滴にとってこれから流れる水系は選択肢に於いて二という数字はなく、一しかない。言うまでもなく必ずどちらかを取らなければならないのだ。否、落ちた場所において自ずと運命が決まってしまう。これと似たようなことは人生にもある。これからお話しすることは数年前の今頃の時分、私が人生の分水嶺とも言えるある境目に差し掛かったころの話である。
 
 2年間に渡る精神的不調に悩まされ、まるで出口が見えない長いトンネルのような自分の人生にかすかな光が見えたのは今から数年前のことだった。ここで私はあるきっかけを境に無意識のうちにこれまのでの負の世界とは180度異なった未知なる正の世界へと足を踏み入れることになる。人生の分水嶺に瀕したころの奇妙とも言えるこの体験はこのQueenの名曲を聴くたびに今でも鮮やかに蘇る。またその一方で当時大変世話になった一人の上司のことも併せて思い浮かぶのである。



 転機のきっかけとなったのはゴルフだった。それまではまったく興味のなかったのだが、ある人の勧めもあり仙台転勤をきっかけにあまり気の進まぬままにうちに付き合い半分の気持ちで始めることにしたのだ。それまではこの趣味を勧められた時はなにか趣味を押し付けられたようで拒否反応を示していたのだが、この時は精神的に追い込まれていただけにやらないと会社には居られないような気になった。
 
 「横町君、ゴルフをやるなら基本が大切だ。今度教えてやるから一緒に練習場に行こう。」その年の秋の初め、初めてのラウンドを前にして、ゴルフセットを買ったばかりの休日、市内のあるゴルフ練習場で会社の上司だったSさんから基本的なゴルフの手ほどきを受けた。
 
 Sさんは普段はどちらかと言えば寡黙であり、特に目立った上司ではなかったが剣道で言えば中段の構え、けして大上段に構えて人を威圧するタイプではなく中庸を己の本分とし、人との協調、調和を大切にするバランス感覚にすぐれた人であった。またその一面、人にけして弱みを見せない精神的な強さを持ち合わせた人でもあった。尊敬するSさんからお誘いを私はこの時、ことのほか喜んだ。
 
 クラブの握り方、構え、アドレスの仕方…私は基本的な説明をSさんから受けた後、ボールを打ってみることにした。最初の一球は無心だった。いや無心と言うより考える余裕さえなかったという表現が正しいのかも知れない。7番アイアンで打ったボールは距離こそ飛ばないもののほぼ練習場の真ん中に丸い弾道を描いてポトリと落ちた。
 
 人づきあいが上手く人望があるSさんは人を褒めるのもまた上手だった。「最初から曲がらないなんて横町君はなかなか筋がいいね。」私はそう言われて有頂天になった。ようし今度はもっと飛ばしてやる。そう思って二球目を打ったとたんボールは大きく右に曲がった。何球打っても二度と真っ直ぐに飛ぶことはなかった。また空振りした時、私は周囲の目を意識して年がいもなく赤面してしまった。
 
 「早く上手くなってSさんのような力強い球を打ちたい…」その日から私は毎日、ゴルフ練習場へ通った。プロレッスンも受けた。そして距離を出すために腹筋や背筋も鍛え肉体改造にも励んだ。また下半身を安定させるため、早朝のジョギング(最初はウォーキング)も同時に始めた。五十を過ぎて始めたゴルフに熱中し、一年以内のスコア100切りを宣言し張りきる私を横目に、ゴルフ歴数十年のSさんはきっと笑うしかなかったのだろう。
 
 こんなことを繰り返す日々が続いたある日、私の心の中の分水嶺が突如逆方向に切り替わった。今思い起こせば、この変化は無意識のことであり、私が主観的に気づくよりも周囲が気づくほうが早かったのではないかと思う。多くの人に心配をかけたと思ったのはこの病状が落ち着いて寛解(医学用語で躁鬱病の症状が落ち着くこと)に至ってからのことであった。Sさんはそんな不安定な精神だった私をよく理解してくれ、温かく長い目で見守ってくれた。
 
 もしSさんが居なかったら今の私はなかっただろう。Sさんとは生涯で3回だけラウンドさせて頂いた。そしてこれからもゴルフを通じて人生への教訓をもっともっと教わりたいと思っていた矢先、サラリーマン人生のゴールも間近い定年退職のわずか半年前にしてガンに侵され、9カ月後に帰らぬ人になってしまった。闘病のため長期に渡って休職する際、あの時のSさんからの電話は今でもけして忘れはしない。
 
 動揺し、かける言葉を失い「大丈夫ですか?」と聞くのがやっとだった私に対してSさんはやがて来るであろう死を覚悟しながらも気丈にもこう答えた。「なるようになるさ。」…私はその力強い言葉に武士のような不動の心と自分へのメッセージを感じた。『強く生きるんだ横町君』私にはそんなSさんの声が微かに聞こえたような感じがした。2011年春にSさんが亡くなってから、毎年春になるとこの曲を聞く。そして歌詞のクライマックスである「最後に最後に…」というところを聞く度に在りし日のSさんのこの言葉を思い出し、私は泣けてくるのである。
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コメント

No title

ゴルフによって変わっていくミックさん、それを見守るQさん。
二人の様子が目に浮かんで、少し物悲しい音楽に感化されてか、ほろりとした気分になりました。
いまさらですが、Qさんのご冥福を祈らせてください。

素敵な小説でした。ナイス、押していきます。

URL | みきてぃ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

人生の転機には、必ず「人」が絡んでいるように思います。ミックさんと似たような経験、ありますよ!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
三回読ませていただきました。QUEENの曲も聴いてみました。哀愁を帯びたメロディーでしたが、最後には自分の位置を確認して、強く歩いて行こうという決意が感じられる曲に思われました。
人生は偶然の積み重ねに思われますが、結果を見ると必然にも感じられます。
Qさん、残念な最期でしたが、ミック様をはじめ、多くの人に影響を与えたのですから、素晴らしい人生だったと思います。人の生き方を変えるのは、意図しても出来ることではありません。人生を振り返った時、あの人との出会いが人生を変えた、と思われるような人になりたいものです。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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こんばんは。

ミックさん、大きな分岐点を通過されてきたのですね。
精神には心と身体のバランスがとても大切です。何でも崩れるのは僅かな時間でそうなってしまいますが、元に戻るまでは、とても時間が必要です。出会いや出来事が進む道を明るくしてくれることもあります。ゴルフを躊躇わずに体験されて良かったですね。
Qさんの存在が今のミックさんに反映していると思えば、やはりQさんとの出会いは必然であり、荘子の「無用の用」のようにも思えます。自分には必要のない事と思われていても実は大切な事だったりします。Qさんに感謝ですね。 長々と…失礼しました。ナイス
ミックさん、頑張って下さい♪

URL | ミント ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

人生の中で出会えて良かった、と思えた方に出会えた事も運命のように感じます。
職場で尊敬する上司にオフでもゴルフを通して色々な事も
感じ、学ぶ事が多かったでしょうね。
ミックさんの人生の転機とも思える時期に出会えた上司のとも
信頼関係が成り立っていたとも感じます。
何か、自分の想いを感じるときに通じる曲って
人生の中であると思います。
Qさんが亡くなってしまった事は残念ですが
これからもミックさんに強く進んで欲しいというような思いを
感じます。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんにちは。
ゴルフは競技をしながら、自分と向き合い、競技をする相手と語り合えるところがいいですね。
上司のQさんのお人柄の素晴らしさが伺えます。
しみじみとしたいいお話を伺わせて頂きました。
Qさんからのお力を得て、強く進まれるミックさんの人生にMN!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

私も少し、ゴルフをしましたが、やはり同じ様な経験をしてますね。
仕事の付き合いで始めましたが、自己流でしたので、上手くいかず、
苦労しました、やはり、基本が大切ですね。その点上司の教えをお受けになり、上達したのではないでしょうか。

上司の思い出も尽きないですね。

写真も同じ事が云えますね。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

QUEEN。。。懐かしいです。
真っ暗なトンネルの中から誘い出してくださった
その上司の方との出会い。素敵な出会いでしたね。
人生にはこんな貴重な人との出会いがあるんですよね。
だから人との出会いを大切にしたいです。
一人で生きていく人生は味気ないもの。
たとえ傷ついても、そこから這い出した時人は成長し
更に素敵な人生が待ってると信じてます。
ゴルフ。。。私も昔はまりました。
プロのレッスンも受けました。なんとか飛ばしたいと。。。
同じことしてるって少し笑ったけど、すみません

URL | まゆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ライトさん、ゴルフを始めたことがこういうことになるとは夢にも思っていませんでした。
頑固な性格の私ですが物事の善し悪しはやってみないとわからない。自分の見聞を広げるためには食わず嫌いはいけないと思ったのはこの時でした。
体を積極的に動かすには強い目的意識が必要だと思います。
そのきっかけを作ってくれたゴルフ、そして上司の恩、これからもこの気持ちをけして忘れないようにしていきたいと思います。
ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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行雲流水さん、私の人生のターニングポイントに大きく影響したのがこの上司の存在でした。
今思うとごく普通のかたでしたが私の過去の懺悔を聞く耳を持った非常に心の広いかたでした。
改めて人脈は大きな財産であることを再認識しこれからの人生に臨みたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、自分には不要と思っていたゴルフが実は必要だった。…なんと因果なことでしょう。
それが人生に於ける死角であり盲点なのかも知れません。
Queenの中では異色とも言える悲哀に満ちたメロディー、上司から受けた温情、ゴルフとの出会い、そして人生における新たな水系との出会い…
私は今の季節になるとこれらが連鎖してフラッシュバックするのです。そして今年もその季節になりました。
今宵は改めてこの上司に、そしてサポートしてくれた人々に深く感謝したいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミントさん、「無用の用」とはまさに的を得たお言葉であり人生を普遍的に見据えた言葉だと思います。
自分で言うのもおかしなことですが、一人の人間とはこうも180度変わるものなのでしょうか?
この奇妙な経験は自分の胸のうちにしまっておこうとしましたが気が変わりました。
カミングアウトというのでしょうか?
私は同じ病で苦しむかたのために全てを公にしたのです。
少しでもこの経験が人様のお役に立てればこのうえもなく幸いです。
寛解に至って鬱の時に受けとめられなかった「頑張れ」ということばがしっかりと心に受け止められるようになりました。
ナイスとエールを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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joeyrockさん、天国の上司もきっとそう思っていることでしょうね。
不調の時のアドバイスとして、聞くほうの立場の意見を申し上げますと抽象論でなく具体論が欲しいということです。
事務的でろくに話もせず薬しか出さない医者よりも具体論を述べる一般のかたの助言が私にはありがたかったのです。
具体論とは体を動かすこと、自然に親しむことです。
これらは明らかにプラス方向に作用します。
今思えばこれをあるかたから聞いて行動を起こしたことがいい結果にに繋がったような気がします。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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はぐれ雲さん、相性の問題もありますがラウンドパートナーとの楽しい語らいもゴルフのもたらすメリットですね。
上司と回った時は強くこのことを感じました。
ゴルフをすることで全てが前向きに、また自己を客観的に感じられるようになっていきました。
私もこれから更に私小説に取り組むためには自分をよりさらけ出すように心がけて参りたいと思います。
MNを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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好日写真さん、この上司には助けられました。
この上司と接し中庸と中段の構えの大切さを改めて感じました。
ゴルフは自然に親しめるし、人と会話ができると言う点で素晴らしいスポーツですね。
ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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まゆさん、この不思議な体験を文章に表す。
果たしてどう書いたら理解して頂けるのかいろいろと迷いました。
別れ道、白と黒、明と暗…いろいろと比喩を考えましたがこの分水嶺が一番ピンと来たのです。
もっともこれは私の感性なので皆さんがどう思われるのかはわかりません。
上司には武士のような非常に強い面がありました。
私もそれにあやかりたいと思います。
まゆさんもゴルフをされるのですね。
ゴルフは本当に心身によいスポーツですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

人生の分水嶺ですか…。。。もし、この上司との出会いがなかったら…、いや、その前に仙台への転勤がなかったら…。。。 と、人生には、さまざまなifが存在しますが、私はこうも思うのですよ…。。。

確かに、あるきっかけがその人の人生を変えたということはあると思いますが、その人の中に内在していた無意識の意志とか、性格がそういうきっかけを呼び寄せることがあるのではないでしょうか…。。。

例えば、ミックさんは、Qさんと出会うことはなかったとしても、別の誰かと出会って、きっと立ち直られたのではないかとも思うのですよ…。。。

この曲もいいですね~。。。私は洋楽に弱いので、初めて聞く曲でしたが、心に染みました…。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、私もそう思います。天命ということばがありますが、自分で運命を切り開くのも天命のうちだと思います。
この時はとにかく無我夢中で、やはり一度窪んで落ち込んだものをもう一度上げるということは並大抵ではないと思いました。

当時、私は鬱回復を願い様々な医学書や指南書をあさりましたが、ここにその中で最も印象に残ったあるかたの実体験にもとづいた言葉を紹介させて頂きます。
(鬱が治ると)郊外の緑が美しく見える。
往時、理解できなかったこの言葉の持つ深い意味が今はっきりと理解できます。
私はこの試練で人生において三つの異なる気質を有することを経験したのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

読ませていただきました。

人は ほんとうに色々な体験をするものなのですね。
心の広い上司に出合われたこと。。。
本当に良かったと思います。
どなたかも書いておられますが ミックさんなればこそ
その運命をよい方に よい方に回していけたものと
感じます。
そして 昨日の 薄暮の天満宮参りに繋がるわけですね。

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

つや姫さん、今でも春先になるとこのQueenのToo Much Love Will Kill Youを聞きます。とても悲しげなメロディーにでありますが、その中に潜む格調高い精神が往時の上司の心境を偲ばせるのです。

本題に入りましょう。利休で言えば本覚坊、孔子で言えば篶薑…、優れた人物には必ずと言っていいほど死後喪に服す弟子が着きます。
上司を今でも慕う気持ち、何を隠そうそれがしもまったくこれらの人と同じ心境であります。
それがしはこれからもこの上司に恥ずかしくない生き方を貫きたいと心得ます。
本日はいろいろと貴重なご意見を賜り感謝しております。ありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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