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 知の回廊『志賀直哉 対立から調和への道程』 
※動画の最初(1分23秒まで)には製作者である中央大学のコマーシャルが入ります。
知の回廊 第60回『志賀直哉 対立から調和への道程』
「瀬戸内の未だ名も知らぬ大小の島々、そういう広い景色が、彼には如何にも物珍しく愉快だった」
         (志賀直哉、「暗夜行路」前編より抜粋)
 
 小説の神様と言われる作家志賀直哉は生前に23回の引っ越しをしたと言われる。宮城県石巻市~東京都麻布~広島県尾道市~島根県松江市~京都府~栃木県赤城山~千葉県我孫子市~奈良県奈良市~東京~静岡県熱海市~東京都渋谷区…
 
 この地名を聞いてお気づきのかたは多いと思うが彼は景勝地と言われるところをまるで選んだかのように引っ越しを繰り返している。彼が20回以上も引っ越しをした理由は一体何なのだろう?この答えは本ブログが先般掲載したNHKアーカイブス「あの人に会いたい」の志賀直哉編の動画(大正11年の彼の決意表明)の中に表わされている。それは『自分の生活を完全な創作本位のものに煮詰める』という言葉である。
 
 果たしてここで彼が述べる「創作本位」とはどういうことだろうか?私小説家であった彼は志賀家のことや、友人、知人、果ては身の回りの出来事の多くを小説のネタとしており、おそらく「自分のプライベートの多くは創作活動のためにあるものでなければならない。」と考えたのではないだろうか?また小説を書くためには日本の名勝地と言われる場所に実際に住んでみて、その風景描写や自己の心情を小説に託そうという明確な目的を持っていたのではないだろうか?
 
 この中央大学で製作したビデオは作家志賀直哉のダイジェスト版といってもよく、彼の文学魅力を知るにはうってつけのビデオである。この動画の冒頭に出てくる広島の尾道の眺めは志賀直哉の末弟子でもある作家、阿川弘之氏が石巻の日和山から見下ろした風景と似ていると指摘している。
 
 読者の皆さんも尾道と石巻の景観がでれだけ似ているかご覧頂きたい。(以下石巻の写真以外はインターネットより引用)
 
※当時の広島県尾道市の彼の貸し屋(千光寺の上)から見下ろした港の風景(その素晴らしさは「暗夜行路」の一節に詳しく表現されている。)

※出身地宮城県石巻市日和山から見下ろした港の風景に対し、阿川氏は景観のみでなく石切場や造船場の存在も含めてそっくりであると言っている。

 私は最近彼の私小説を読んであることに気がついた。それはゆるぎのない彼の自我とともに、非常に強い生命力がその作品の中に潜んでいるということである。彼の作品は生き物をテーマにしたものも多い。「城の崎にて」、「濠端の住まい」、「馬と木賊」…動画の解説にもあるが彼は年を追うごとに自然に親しみ、生を肯定し、周囲との調和を重視する人間に変貌していった。
 
 もしあなたが人生に行き詰ったと感じたならば、もう一度これらの作品に触れてみたら如何だろうか?その中には「行き詰った人生を打開し、心豊かに生きるためのヒント」が含まれているような気がする。実は私もその恩恵に授かった人間である。
 
 ※動画にも出てくる赤城山と赤城大沼も港町、尾道とはまったく趣が異なるがまるで絵に描いたような山と湖の風情が抜群に素晴らしい。赤城山周辺を描いた作品には「焚き火」、「馬と木賊」がある。「焚火」の中でも、特にこの湖での夜の舟遊びは大きな見どころである。

 
※赤城大沼で湖水浴に興じる志賀直哉

        ※島根県松江で執筆された「濠端の住まい」が描かれた住まいの近辺

         ※「雪の日」、「池の縁」などの作品の舞台となった千葉県我孫子での住まい

 彼は30台半ばで父と和解に至り、作家として成功を納めた。しかしながら、その後もそれに甘んじることなく自己の感性を更に磨くために引っ越しを何度も繰り返した。
 
 彼の周囲には多くの文人もあった。白樺派の、里美、武者小路実篤、木下利玄を始め、後輩だった芥川龍之介、そして谷崎潤一郎らとの交友、そしてもちろん家族や多くの引っ越し先で知り合った知人、友人にも恵まれた。
 
 自らも人生を心豊かに生き、また生涯を創作活動に打ち込み、読者に感動を与えた続けた作家こそが志賀直哉であり、小説の神様と言われる所以ではないだろうか?
 
                    ※京都での住まい

 
                           ※奈良での住まい

以下はKR500レプリカの部屋の過去の「志賀直哉シリーズ」のご案内です。
※本ブログ「自転車」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html 
※本ブログ「城の崎にて」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
※本ブログ「和解」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29210086.html
※本ブログ「暗夜行路」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30025253.html
※本ブログ「小僧の神様」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30176213.html
※本ブログ「清兵衛と瓢箪」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30989155.html
※本ブログ「山形」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31212264.html
※本ブログ「大津順吉」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31299760.html
※本ブログ「雪の日」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html
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コメント

No title

尾道と石巻って本当によく似ていますね。昨年、尾道に行きましたが、山と海が素晴らしいところ、定年後に暮らすには良いところかなと思いました。食べ物も美味しいですよ!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

いゃ~、本当に日和山からの石巻の風景と千光寺から見下ろした尾道市の風景は、そっくりですね~。。。志賀直哉が自分の創作活動のために日本の風光明美なところを点々としたというのは初めて知りましたよ…。。。ミックさん、考察が深いです~。。。ナイス!!

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
尾道は大好きな街ですので、何回も行っています。確かに瀬戸内の島々の一日の変化や四季の季節の移ろいを眺めて、創作意欲をかきかてていたのでしょうね。
赤城山に住んでいたこともあったのですね。知りませんでした。人生は旅、を志賀直哉は実践していたようにも見えますね。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

美しい自然の中で色々な景色を眺めながら多くの作品を残して
いったのですね。
生涯の中でこれだけの引っ越しをされながら感性を磨かれた事が
流石、名作のなかにも力まずに自然体に表現されているような気がします。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
尾道は旅したことがありますが、志賀直哉の住まいには気付きませんでした。
いい眺めの場所に建つ素敵な佇まいですね。
対立から調和へと心の葛藤を抱えてとはいえ、こんなに風光明媚な地を転々と出来たらいいですね。
奈良の住まいは中まで入りましたが、直哉がもっとも穏やかな時期を過ごしたところでしょうか。
とても瀟洒な家の印象が残っています。
意義深い動画を見せて頂き、有り難うございました。MN!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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「赤城の山も今宵限りか」
の赤城山でしょうか?
こうゆうところを旅してみたい気分になりますね~^^

URL | 不来方 条 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

尾道は、まだ一度も行った事がありませんが、一度は
訪れてみたい場所です。
大林宣彦監督の映画によく出てくる風景。
若い頃から憧れていました。

京都・奈良あちこちに移り住み、執筆活動を続けて
いたんですね。

URL | yoko ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

景勝地を選んでいたというのは、風景、人、自然、そういう物が好きだったんでしょうか。
私は尾道側とは逆、愛媛県松山側から瀬戸内を眺めて育ちましたが、遠浅の海が延々と続き、点々と島があり、振り向くと四国山地があり……。
虫も、鳥も、とりどりに訪れて、本当に穏やかな土地であったと思います。

今の松山は、当時の尾道に雰囲気が似ているかも知れません。
眺めは、ちょっと違うと思いますけど。

URL | みきてぃ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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旅行に行きたい場所の一つですが、まだ行った事がありません。

何時もながら、ミックさんのブログをのぞかせて頂き、何処かへ
旅行に行った気分になります。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、石巻は私の実家であり北上川の河口のこの景色は見慣れていただけに尾道の景色は本当に似ていて驚きました。
或いは阿川さんの指摘するようにこれは偶然でないのかも知れません。
私も未踏の地であるだけにこの言葉「瀬戸内の名も知らぬ大小の島々云々」の意味はよくわかります。
この地にゆかりのある文人は他に林芙美子もそうでしたね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、創作のために自分の生活があった彼こそプロフェショナル中のプロフェショナルという感じがします。
また小原庄助でなくても世の常を見るにつけこう言った道楽息子的パターンは身上を潰した人物が非常に多いはずです。

その中にあって親から受け継いだ財産、環境をつぶすことなく、逆に運用し飛躍の手段に用いた彼の非凡さは特筆すべきだと思います。
逆に言えば彼の場合は普通の人が宿命上、体験できないことをその持って生まれた強運と努力によって成し得たということです。
ここに私は彼の稀有なる特異性を見る思いがするのです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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ひがにゃんさん、彼にとっての人生はきっと旅そのものだったのでしょうね。
尾道の港を見渡せるこの小高い丘で彼は千光寺の鐘の音をどんな気持ちで聞いたのでしょう?
おそらく創作に行き詰った彼にとってこの光景は大きな心境変化をもたらしたのではないでしょうか。

32歳の彼にとって赤城山は半年ほどの滞在でしたが、ここでも充実した生活を送り、「焚火」、「馬と木賊」という作品を残しました。
ここに滞在したのは妻の神経衰弱の療養が目的でしたが湖水浴をしたり夜の湖に舟遊びに出るなど充実した日々を送りました。
「焚火」も感動に値する作品です。これは彼の生に対する前向きな考えがひしと伝わる名作だと思います。

いずれ、本ブログの志賀直哉シリーズで紹介したいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、彼が自然体になるまでにはお察しの通り数度に渡る曲折がありました。
若かりしころの彼はあまりにも角ばっていたのです。

そんな彼は何度も引っ越しをするかたわら、神社仏閣巡り、古美術館廻り、義太夫見物などを行い少しずつ視野を広げて行きました。
そして心が豊かになっていきます。
その集大成と言える作品が長編大作「暗夜行路」だったのではないでしょうか。
ストーリー、情景描写の心地良さ、はぐくまれた倫理観、飽くなき生への意欲…、いろいろな作家の書いた小説を見るにつけ、彼の作品ほど安心感を感じるものはありません。
私はこれからも生涯、彼の作品を愛し、理想の人物としてずっと尊敬し続けることでしょう。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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はぐれ雲さん、彼がこうした名勝地各地を行脚ができたのはいうまでもなく親から受け継いだ莫大な資産があったからです。
彼はそのために若年からいろいろな道楽を経験しました。
或る人に言わせるとその若年で得た貴重な経験が彼の文学に生きているというのです。
でもこれは万人にできる業ではないと思います。
私はその稀なる特異性を大いに評価する必要があると思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不来方さん、そうですね。赤城の山です。
かれはここでも名作(「焚火」、「馬と木賊」)を残しました。
どちらも素朴ながら、極めて強い生命力を感じます。
いずれ本ブログでも紹介したいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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yokoさん彼はよく景勝地ばかりを視野に入れ、引っ越ししたものだと思います。
これも強い執筆意欲が講じたことなのでしょうね。
京都奈良では神社仏閣巡りも多く経験したようです。
これが彼の停滞期を打開する大きなきっかけになったようです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ライトさん、彼の心境は若い時の対立から後年の調和に変化して行ったわけですが、その過程においてまったく別人ともいうべき人間として生まれ変わったような印象を受けます。
人間的に丸くなった大きな原因、これは「城の崎」にてにおいて描かれた例の山手線にはねられた事故が大きな契機となったのはないでしょうか?

瀬戸内からの眺めは尾道側も松山側も経験ありませんが、この尾道側を見る限り私の故郷石巻に似ている感じは受けました。
それだけに「瀬戸内の未だ名も知らぬ大小の島々、そういう広い景色が、彼には如何にも物珍しく愉快だった」の語感は私の魂に響くものでした。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、旅は心を豊かにしてくれますね。
志賀直哉はそれを地で行った人物でした。
それが素晴らしい作品に結び付く…これはまさに正の連鎖と言えると思います。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

志賀直哉は20回以上ですか。。私は今のところ9回です。
(まだまだですね。大御所にはかなわない。。)
同じ東京でも場所がちょっと違うだけ、受ける刺激や心の持ちようも変わりますよね。でも、ひとつの所にいられない私は根なしなのかもしれませんね。

URL | プチポア ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

プチポアさん、9回とは結構多いですね。
引っ越しをするとなにか見聞が広まったような気になるものですね。
普通なら仕事や家庭の事情に迫られて引っ越しをするのですが、志賀直哉の場合は逆でした。
ほとんどが仕事をするために引っ越したと言ってもいいと思います。
ちなみに私もプチポアさんと同じ9回です。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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