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  外海である太平洋の荒波が岩を削り、石を転がす 
 
  そそりたつ岩に挟まれた海岸に 波音は唸りのように反響し
 
  引き波とともにさらわれる玉石がぶつかりあい
 
  地中に吸い込まれていく泡が音をたてる
 
  目を閉じれば地球というコンサートホールに拍手の嵐が渦を巻く
 
   以上、山川さら著、㈱星雲社「ムンユスイ」より引用
 
 私にはどんな宝物よりも大切にしている一個の石がある。それはちょうど十年前に奄美大島のホノホシ海岸というところで拾った丸い石である。今まで様々な海岸や各地の河原を見るにつけてもこれほど見事な丸い石は見当たらない。

 この石がなぜ丸いのかは詳しくはわからないが、おそらく川底にできる壺状の穴に出来る丸い石と同じ理屈なのではないのだろうか。石のことに詳しくない私でさえも、この石は非常に長い間、まるで機械のベアリングのように休むことなく一箇所に留まりながらも、波にもまれて回転し続け、角が取れて摩耗し、徐々にこのような形状になったのではというくらいの察しは着くのである。
 
 これから書くことは私が十年前、仕事で奄美大島を訪れたときのことである。尚、この時の詳細については書庫の「南国の楽園奄美大島」に詳しく綴っているので興味のあるかたは参照して頂きたい。
 
  自作小説「ネリヤカナヤからの授かりもの」
 
 あれは忘れもしない。2003年の年明け間もない時分だった。会社の上司から「ミック君、突然だが今月15日から奄美大島に仕事で行ってくれないか?」と告げられた。私はこの時、非常に驚くとともに内心、精神の高揚を自覚したが、一方で浮かれたところを外部に悟られまいと考え気を引き締めたのである。
 
 奄美大島は名前には聞いていたが私には遠い南の島であるくらいの認識しかなかった。会社の人たちには申し訳ないが寒い東北から南国に脱出できるという期待もあった。仕事でありながらも未知で、謎の多い南の島の風土や気候は一体どんなものなのか、出張を言い渡された後もしばらくは期待と興奮で胸が高鳴ったのを今でもはっきりと覚えている。
 
 インターネットで調べると奄美大島は冬の厳寒期でも最高気温は15度近くもあり冬支度は不要であったが、担当の社員からは行き帰りの空港への往復の際に一着のジャンパーくらいは用意したほうがいいと言われた。私は3週間の出張に最低限度の荷物をそろえつつ、未知の島に行くことと冬から春にワープする期待で心の高揚を感じながら首を長くしてその日が来るのを待ちわびた。
 
 仙台から奄美大島直行便の飛行機は出ていない。一度大阪の伊丹空港での乗り継ぎを経てのフライトになる。私は航空機の前売り券を三日前に最寄りの旅行代理店で買い求めた。結果的に遠くにある沖縄に行くよりも高い金額となるが乗り継ぎを考えるとやむを得ないものとなるのだろう。
 
 仙台~伊丹間は飛行機からは雪で覆われた山々が目につくくらいでさして印象はなかったが、伊丹~奄美大島間の眺めは今でも脳裏に焼き付いている。複雑に入り組んだ瀬戸内の各港、白い波を立てて行き交う船、やや白っぽく見える街並みは目新しく非常に愉快に私の瞼に映った。
 
 下関辺りからはまるで日本地図を見ているようだった。まるで一角獣の角のような国東半島の突き出し、なだらかな宮崎の日南海岸、そして鹿児島の大隅と薩摩の二つの半島が中学の時、地理で習った通りだったこと実感した。屋久島と種子島を通過するときは二つの島の標高の差を感じた。九州最高峰の宮の浦岳を有する屋久島はまるで綿帽子でも被ったように冠雪していたのだ。
 
 二つの大きな島を過ぎると下方に見えるのは海ばかりと思っていたが所々にトカラ列島の小島が見える。これらの配置を観察するとかつて日本列島と中国大陸が陸続きであったことがわかる。百聞は一見に過ぎずという言葉があるが、この空からの眺める日本列島の位置関係を自分の目で初めて確認した時、学生時代退屈でしょうがなかった地理の時間での日本列島の生い立ちの学説がけして出鱈目でなかったことを初めて認識した。
 
 奄美に着いた私を驚かせたのは島を取り囲んだ美しい珊瑚礁だけではなかった。島全体が濃密な森に覆われているようで山が多く思った以上に多く、地形は起伏に富んでおり、トンネルや断崖が多い。植生は蘇鉄やアダン、カジュマル、デイゴ、シダなどの見慣れない熱帯植物が生い茂り車で通過しても思わず目を奪われてしまう。また名瀬市(現奄美市)の郊外の沿道には真冬だというのにブーゲンビリアが咲き誇り、カラフルな色どりを添えている。

 
                             ※※※
 
 この日の宿は大和村の民宿中村荘、本州ではこういった宿にはまずお目にかかれないだろう。庭木には見たこともない木が無造作に植えられ、外壁は板貼りで簡素な造りの宿でお世辞にもよそ行きの装いとは言えない。しかし東北育ちの私から見れば如何にも未知なる南の島の素朴な宿という感じがして非常に物珍しくもあり、一種のわびさびを含んだ辺境の地の宿という情緒さえ感じた。
 
 ※民宿中村荘が面する大和村恩勝湾、画面の右端の辺りが中村荘の場所である。

               ※私が2003年1月15日に泊った民宿中村荘

 正確に言えば簡素な装いをさしおいて物珍しさ、好奇心が上回ってしまったのだ。私には奄美の人々の顔つき、話しかた、方言、風習、食べ物…見るもの、聞くもの全てが驚きであり、印象的であった。
 
 この宿は海から100メートルほどしかなく、常に潮騒の中にあった。ひと風呂浴びた後、全然寒くないので私は砂浜が続く海岸に出てみた。闇の向こうにかすかに見える東シナ海の水平線の先には中国大陸が横たわってるのだが、天空を覆った星がまたたくだけで実感は湧かなかった。
 
 ニシと言われるこの時期特有の風はあるものの東北から来た私には生温かく感じられた。また東北の海、特に日本海側はこの時期荒れるものだがこの奄美の海は波も比較的穏やかでまったく厳しさ、烈しさを感じなかった。夜は顔合わせを兼ねた宴会が行われ、地場の黒糖焼酎で酒盛りが行われた。
 
 私以外のメンバーは九州男児である。九州男児は西郷隆盛のイメージの通り豪快という印象を受けるが、みんな解放的で底抜けに明るかった。九州の人にとってもここ奄美はまったくの別格という感じである。部屋に戻ってからも潮騒は鳴りやまなかった。これが高ぶった私の神経に拍車をかけた。興奮のため今夜はなかなか寝付けそうにない。遠く離れた未踏の地奄美大島は初日から私を魅了してやまなかった。
 
※赤○:私が宿泊した大和村、黄色○:ホノホシ海岸

                        ※※※
 
 二日が経過して1月18日、きょうは土曜日で仕事が休みだったのでマングローブのある住用村経由で、島の南東側(太平洋側)にある瀬戸内町というところに行ってみた。瀬戸内町は白を基調としたコンクリートの建物が多く、人口密度も高かった。
 
 町のたたずまいはまるで写真で見たところの地中海沿いにあるイタリアの美しい町を連想させた。その瀬戸内町の帰りに寄ったのが冒頭でお話したホノホシ海岸である。ここは観光地なのだろうが本土でいうところの、否沖縄本島も含めて他の観光地とは全く違っていた。信じられないがこの浜に向かう途中、カメラを持った人一人にすれ違った以外は1時間ほど誰にも会わなかった。
 
 この日の奄美の最高気温はなんと22.4度、前日にも増して温かい日で薄いジャンバーでも汗ばむほどであった。この海岸の特徴は直径5cm~10cmほどの丸い石だけという極めて珍しい海岸である。これは太平洋からの荒波の成せる業なのだろうか?時間はゆっくりと過ぎる。
 
             ※太平洋の荒波押し寄せる奄美大島ホノホシ海岸

 信じられないがここでいうところの一時間は内地でいう三時間くらい、この丸い石はヒュヒュヒュヒュヒュ…ヒューンというような音を立て、私にはまるで大きなベアリングを転がすような音に聞こえた。北緯28度のもたらす強い日差し、澄んだ海の成せる技なのだろうか空と海の蒼さは本土とは全く違う。
 
 童心に帰った私がここで拾いあてたのがこの不思議な丸い石である。島にはこの後二週間余り滞在したが私がこの島から受けた影響はとても大きかった。奄美の人々の性格はおおらかでありせかせかしていない。本土人のように時間にせわしく追われる生活はしていない。
 
 これは後で聞いた話だが、山の多い奄美大島ではその昔道路が発達するまでは一部の村は孤立しており、他の地域とは船で行き来していたというのだ。従って奄美大島の一部の部落には独自の風習、文化をもっている部落が多いという。これはまさに日本の秘境という観念に等しいのかも知れない。
 
 そんな奄美の言葉で印象に残った言葉が二つある。一つはムンユスイ(伝承する)という言葉である。ある集落や奄美に伝わる伝統や文化を後世に伝承しようというものである。東洋のガラパゴスと言われるほど固有生物の多い奄美だが、伝統や文化にしても独自のものを持つ奄美にとって相応しい言葉ではないだろうか。
 
 もう一つの印象に残った言葉がネリヤカナヤという言葉である。これは穀物の豊穣をもたらす稲魂様を始めとした『奄美の神々が住まわれる国』のことである。奄美では死者の魂は一度ネリヤカナヤに行き、その後再びこの世に戻ってくると信じられている。奄美の人の信心深かさはこのネリヤカナヤとともにあると言ってよく、奄美を象徴する言葉である。
 
 奄美出張を終えて仙台に戻ったのは立春近い2月2日、あっという間に過ぎた三週間だったが、あの時ほど冬が短いと感じたことはいまだかつてなかった。また私にとっては生涯で最も多くの余韻を残した極めて印象深い出張でもあった。
 
                         ※※※
 
 あれからきょうでちょうど十年になるが、毎年今ころになると決まったように1600キロも離れたあの楽園の海岸のことが脳裏をよぎる。特に寒波や大雪に見舞われた時は、私はこの石を見て、日差しの強かったあの日の海岸を思いだすことにしている。
 
 例え日本列島が寒波に見舞われようが大雪が降ろうがあの海岸にさえ行けば別世界があり、丸い石の奏でるあの魅惑のコンサートが聴けるのだ。その思い出は十年を経た今でも、後ろ髪を引かれるような南の島へのせつない思いとともに鮮やかに蘇る。昨今、私にはこの石がネリヤカナヤからの尊い授かりものであるように思えてならない。
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コメント

No title

こんばんは。
奄美大島の出張がミック様の心に、大きな変化をもたらしたのですね。寒い東北から南国への旅は、さぞかしエキサイティングであろうと思います。私も同じ立場であれば、きっとミック様と同じように高揚した気分になったろうと思います。
奄美大島の集落ごとの伝承の存在は興味深いですね。独自の世界観を持っているように感じました。沖縄や九州ともまた違う文化と言えるでしょうか? まだ訪れたことは有りませんが、是非とも行ってみたくなりました。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

奄美大島のホノホシ海岸はとても神秘な気持ちになるような
美しさを文面からも感じました。
自分が住んでいる環境と異なる地へ滞在する高揚感は
とても新鮮で貴重な体験だったと思います。
その地に住まれている方達の文化や歴史と言うものは
違いがあれども守られていって欲しいものです。
石も丸くなるまでに色々な時の流れを見てきたのでしょうね。
石を眺めながら思いだされるお話にロマンを感じました。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

奄美大島には行ったことがありませんが、ミックさんに連れて行ってもらえて喜んでいます。必ず一度行ってきます。
寒さ厳しいので、今年は来月、石垣島に行く予定です。

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

真ん丸の石、珍しいですね、長年、波にもまれていたのでしょうね。
気の遠くなりそうな時間ですね。

話は違いますが、石と云えば新潟では糸魚川のヒスイが有名です。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、お気づきと思いますが昨夜の投稿時は文章表現がイマイチだったので今朝、若干手を加えました。

3週間の大島滞在で最も印象に残ったのがこの世にも不思議な海岸でした。
蒼い空と海をバックに聴いた石のシンフォニー、これらは私の五感全部にうったえただけ非常に印象が強かったです。魂に響くとはこのことを言うのではないでしょうか。
現世が幻想という仏教思想があるなら、この時の光景は幻想の中で見た幻想と言えるのかも知れません。

ここは確かに沖縄でもなく九州でもない奄美独自の文化、風習を感じました。
ここは本当の意味での日本の秘境なのかも知れません。
この島の存在そのものが感動でもあり興奮に値するのです。
そういう意味で奄美行きは是非お勧めです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、この島は沖縄本島とさほど面積が変わらないにも関わらず、人口は20分の1ほどの7万2千人です。
この人口密度の少なさは多くの固有種生物をはぐくみ、まるで秘境のような生態系を演出しています。

でも私が受けた感動は環境や生物だけに留まりませんでした。
奄美の人々の素朴な人情、人生観、この島に居ると時間がゆっくりと過ぎるように感じるのはこういう人的なことも大いに関与していると思うのです。

この海岸で聴いた音は立派な音楽と言えるものでした。
この石の奏でるファンタジーによる感動はなんと私の心の奥底に潜む魂と共鳴したのです
定年後機会があったらもう一度訪れたい…、そしてこのコンサートをもう一度聴きたい。
そういった考えを起こすに十分な魅力を持った島が奄美大島です。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、石垣島に行かれるのですね。
この島は沖縄でも南なので来月なら間違うなく春を感じることできますね。
ちなみに奄美大島にもゴルフ場はあるようです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、確かに天然の石でこういう形になるのは珍しいことですね。
私もこの角の取れた丸い石を見習えればと思います;
糸魚川のヒスイは是非見てみたいですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

奄美大島、沖縄本島と同じくらいの大きさなのですか~。。。もっと小さいかと思っていました…。。。こりゃ、ぜひとも自転車で回ってみたいですね~。。。実は7年前の2月に、まだ自転車に乗り始めて1年ほどなのに、若気の至りで沖縄本島を4泊5日で回りましたよ…。。。大変しんどかったですが、今となっては、いい思い出ですわ…。。。こじつけですが、南国の島の思い出ということでトラックバックさせて下さい…。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんばんは

奄美大島で拾った石は自然でできたとは思えないくらい綺麗な形をしていますね。
ミックさんの小説を読ませていただいて、内地とは全く違う奄美大島での生活を私も体験してみたくなりました。

ブログリンクさせていただきました。
今後もよろしくお願いします♪

URL | CROWN ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、奄美大島は面積において沖縄本島よりは若干狭いものの広さを感じます。
それは人口密度の低さから来ますが、とにかく森が深いのです。
沖縄のように都市化されていないのが大きな魅力と言えそうです。
それだけに自転車だと走りごたえがあると思います。
自転車を持ち込むなら鹿児島からフェリーを使う手もあります。

この島は私も再訪を真剣に考えています。
トラックバックありがとうございます。
のちほどこちらからもトラックバック(相互TB)させて頂きます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

CROWNさん、奄美大島の風土、島民の素朴な人間性に心を打たれた十年前の出張でした。
同じ南国でも沖縄本当とはまったく違いますね。
しいて言えば石垣島と西表島を足して2で割ったような感じになると思います。
ここで聴いた丸石の奏でるファンタジーはけして忘れません。

ブログリンクを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

冬場に行く南方の島は魅力的ですね。
帰られたときの寒さは凄かったでしょうけど
沖縄を含め南の島の人達は大らかで信心深くて
のんびりしてて癒されます。
時間が止まるってこういうこと?って実感出来ますね。
ただ都会の人間には止った時間を上手く使いこなせない
人が多いみたいで、常に腕時計をみながら、ただうろうろ
するばかりです。 勿体無いですねえ。
私も南の離島へ行きたくなりました。 ^^

URL | まゆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

まゆさん、仕事とはいえこのときほど後ろ髪をひかれた時はありませんでした。
南の島のいいところは島のかたの人情を感じるところですね。
島時間という言葉がありますが、確かにこれになじむには時間がかかりそうです。
なにも考えずにホノホシ海岸でもう一度たたずんでみたいですね。
これは秘境そのものなのかも知れません。
沖縄の離島に近い感覚だと思います。
奄美大島に行くなら、まゆさんのところからだと九州新幹線経由で鹿児島からのフェリーという手もありそうですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様へ
これほどまで見事な丸い石はなかなか無いのでは。丸いというか球体を作るのって結構難しいのです。物の形は突き詰めると球体になる。それは我々が住んでいる地球も球体であり。それらは完成された形であるのでは。私は彫刻で四角くて丸い形を彫りたいと願っていました。これは丸いとその場所に定まらない。四角いとその場所に定まるが角があり。きつくなる。四角くて丸い形は人が見て癒される究極の形ではと考えたのですが。どうやってもその形が出来ない。これが出来たら彫刻家として十分食べていけると思います(笑)。話が大分それました。ミック様のその優しい気遣いや話し方はおそらくこの石から来ているのでは。まん丸として丸い。しかしその心は落ち着き地に足が着いている。だからいつも冷静に人の話を聞く事が出来る。もしかしたらミック様の原点のひとつはこの石かも知れませんね。そしてもうひとつの原点が故郷にある。ナイスです。有難うございます。

URL | 不あがり ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不あがりさん、厳密に言うとこの石は陸上競技で使う円盤投げのような形状をしております。
この石の形はUFOに近い形状なのかも知れません。私はけして丸い人間でありませんが丸くなることを目指しています。
それには時間が必要ですがこれも人生修行と捉えたいと思います。
苦労は買ってでも負え、これは私の好きな言葉でもあります。
奄美大島は私の人生観を変えた島でした。作品からそれを察して頂ければこの上もない幸いに存じます。
コメント&ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

読ませていただきました♪

以前から南の島の作品があると気が付いていましたが。
出張で行かれたのですね。
瀬戸内海上空や九州上空は 私も帰省のとき
眺めるのですが ミックさんの描写の通りです。
そして 石ですが 私の育った海岸も 比較的そのような角の無いスベスベの石が多かったことを思い出します。
今日は ミックさんの素敵な石に 想像を掻き立てられました。ローリングストーン♪

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

つや姫さん、旧記事への拝読を賜り大変感謝しております。
さて、ここで石に纏わる新たなお話をお伝えしましょう。
なにを隠そう、それがしは以前四角い石(二十代半ばで経験した仙台市内の工事現場から出土した奇跡のスクエア型の石)を所有していたのですがいつのまにか紛失したのです。これは非常に落胆に値することでした。(このような形状の石は滅多にお目にかかれないという観点からの考察)
しかしこの四角い石に変わって奄美大島でこのような丸い石にお目にかかりました。
これには人生の因果(人間は歳と共に角が取れて丸くならなければならない節理がある)を感じました。
奄美がそれがしの永遠の憧れならばローリングストーンズ(勝手に「ズ」をつけたことをお詫び申し上げます)は反骨精神を象徴するものであります。
それがしは生ある限りこれらのこだわりへの心を持って生き続けてゆくことでありましょう。
コメント&ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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