fc2ブログ
私小説「ある年の暮、沖縄にて」
 ある年の瀬のことだった。仕事で行き詰った私は傷心を癒すために年も押し迫った12月27日、沖縄へと向った。私はここ一ヶ月の間、テンションが落ち込み気味で何もかも全てが嫌になった気がした。
 
 現実からの逃避したいということもあったが、沖縄を選んだのはこの寒い時期南国沖縄に行けば何か心の安らぎが得られるかも知れないし、冬でも気候温暖なこの地で痛み蝕まれた心の療養をしたいと思ったのである。
 
 私を乗せた飛行機は27日の午後の早い時間、那覇空港に着いた。薄曇りだったが気温はいかにも南国らしく18度はあった。ユイレールというモノレールに乗っておもろ町というところで降り、予約していたスーパーホテル那覇副都心にチュックインした。



 部屋に着いて私はしばらく何もする気になれなかったがこのままじっとして居てもしょうがないので付近を散歩することにした。ホテルを離れ、やや賑やかそうな感じのする西側のほうに向った。この日の沖縄の風は特有の湿り気をもった生温かさを運び、本土の冬とは全く異なった季節を感じた。また気のせいか生温かい風に乗り本土の郊外の春でよく遭遇するような若葉の匂いさえ感じた。



 この辺は那覇の副都心ということもありマンションビルや商店が多く賑わいを感じる。本土では全くといって見られない沖縄ナンバーの車が当たり前のように走っている。もちろんまったく雪の心配がないので車も人も春や秋のいでたちと変わらない。日によってはこの時期薄いジャンパーでも外出できる。沖縄の人から見ればごく当たり前のことなのだろうが私にはこれらがひどく新鮮に感じられ、落ち込んだ心を徐々に癒すものとなった。
 
 時刻はもう5時、そろそろ暗くなると思いきや日はなかなか暮れず6時過ぎまで明るい。これも驚きでもありなにか得したような気分さえ感じた。同じ日本でありながらこうも違うのか…、いや逆にそれだけ離れた遠い場所に来たのだろうと思いながら私は薄暮のなか帰路に着いた。
 
※赤○:沖縄滞在中に宿泊したスーパーホテル、黄色○:食事や買い物、レンタカーを借りたDFSギャラリア


 あくる日は好天に恵まれたが、いつものように早く目がさえ、明け方から頭の中のもやもやが取れず何かすっきりしない。私は朝食を済ませるとおもろまち駅のすぐそばのDFSギャラリアでマツダデミオのレンタカーを借り、前日に目星をつけていた北へルートをとった。
 
※那覇と名護の位置関係とこの日のルートを地図でご確認ください。


 ナビゲーションを見ながら見知らぬ町を走りだし、しばらくすると私は沖縄のきれいな海が見たくなり高速道路を通らずに一般道である国道58号線を通っていくことにした。国道は途中までは4車線道路が続くが年末ということもあり交通量は意外と多い。
 
 以前沖縄に社員旅行で来た時から既に二十年以上も経っていて当時の記憶はほどんど残っていないし、当時は観光バスに乗せられたままだったのでこの体験は初めてといってもいい。また以前仕事で奄美大島に行ったが、交通量も人口密度も少なく、まったく沖縄本島の比ではなかった。
 
 私は58号線から道一つ入ったところの食堂でゴーヤチャンプルを食べ少し早い昼食を済ませると沖縄中部西岸の名護市海岸を対岸に眺め得る海岸沿いの道路に車を止めた。南国の日差しのせいだろうか。空といい、海といい本土とは全く色が違う。まるで極彩色の絵のように濃い。



 岸に近い海の色はエメラルドグリーンで珊瑚礁が広がっており、傷んだ心を癒してくれた。こんなところでずっと養生すれば治るかも知れないが迫りくる現実がそれを許さなかった。



 帰りは来た時と同じ道を通らず高速道路を通った。途中のパーキングで車を止めて缶コーヒーを飲んだ。ふと植え込みに植えられた木に目を移すと見たこともない葉の大きさで熱帯植物のようなものが茂っていた。
 
※※※
 
 宿に戻った時は6時を過ぎていた。きょうは二日目なので酒を飲んで誰かと話したかった。ようやくうす暗くなってきた6時半前、私はホテルを出て周囲の飲食店を伺ってみた。ホテルの周囲はさすが副都心だけあって夜のネオンも結構賑やかである。観光客用のかしこまった店も性に合わないし、かといってぼったくられるのも嫌だったので庶民的で安い店を探してみることにした。
 
 その中で私の目を引いたのはショットバー風でもあり東南アジアの屋台の雰囲気が混じったちょっと変わった店だった。私は思い切ってその店に入ることにした。店主(マスター)は三十くらいの年恰好の若いやさ男で、いかにもウチナー人(沖縄人)らしく色が黒く、細身で精悍な顔立ちをしていた。客は忘年会のほうに取られたせいなのか私一人だけである。
 
 このころ出張の多かった私は見知らぬ土地で一人酒を飲みながら店の人や客と様々な身の上話やその地方の話を話すことをよくしていたので、この日もその延長のような感覚であった。そのうち沖縄の強い泡盛が酔いを誘い、彼と話し込んでいるうちに私の最近の境遇の話になった。
 
 彼は私にアドバイスをできるような相応の年恰好ではなかったが聞き上手であり、私は話しやすさを感じた。彼から客はウチナー人(沖縄人)だけでなく、本土の人が観光や出張で来て立ち寄ることや私と良く似た境遇の人がいることを聞いた。そういう話を聞くにつけ私は酔いも手伝い、幾分昼間より快活な気になり、少し重圧から解放されたような気がした。
 
※※※
 
 私はそれからすっかり彼のことが気に入り、毎夜この店に行くのが日課になった。数日が過ぎたある日、私が先日行ったDFSギャラリアのレストランの話を彼にしたところ、彼からこんなことを聞いた。「あそこの店は本土から来たチーフが店の切り盛りを任されているようですが、ウチナーの人は使いきれないと思いますよ。」
 
 彼はそれ以上のことは何も話さなかったが、この言葉は私には「沖縄人は外見はおおらかであっても気骨があり、沖縄人としての誇りを持っているのです。」というニュアンスに聞こえた。
 
 やがて新年を向え、沖縄には9日間ほど滞在して本土に戻った。長いようであっという間の9日間だった。あれから数年経ったが私は今でも今頃の時分になると温暖な沖縄の冬とともに彼のことを思い出す。
 
 そしてそのことは沖縄の人に対しての私の今の新たな見識となって心に残っている。もはや戦後60年数年経つが、沖縄の人は今でも本土の人に何か訴えたいものがあるのだろう。そのことは彼と様々な話を交わした中で最も印象に残った言葉であり、けして忘れていけない言葉である。
関連記事

コメント

No title

単車男さん、この時は病んだ心を癒したかったわけですが沖縄しか思いつきませんでした。
南国嗜好はその前の奄美出張で植えつけられたような気がしています。
那覇の雰囲気は東南アジアの都市とも雰囲気がにているのではないでしょうか?
私が往時入り浸ったその店は夏は露店でやっているような解放的な店でした。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、傷心した心に青い空と海は何よりの癒しとなったことを今でも覚えています。
心に傷を負っていた当時に行くのと今行くのではまた意味が違うと思いますが、数少ない当時の写真の引っ張り出してみました。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、沖縄を自転車で一周というのはすごいですね。
彼の言葉にこちらは意識していなくても、本土人と沖縄人が同席する時、確かに心情的にフィフティー々でない、敷居がある…という感情を抱きました。

沖縄のかたとはその心情を配慮して突き合わなければならないという考えを改めて感じます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不来方さん、沖縄の風土は好きですが、やはり戦争のこと、米軍基地のことが尾を引いているのですね。
これらの心情を配慮しておつき合いする必要性を感じたこの時の沖縄行きでした。
最も往時は自分の心境もありこういう客観的な考えができずに主観に走ってしまった記憶があります。
これは心の整理がつくようになってから感じた私の心境です。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミントさん、往時悩める私が心の光を求めて、すがるような思いで旅立ったのが南国沖縄でした。
怪我の後養生のため、城の崎温泉に行った志賀直哉のことを思い起こし、自叙伝として綴ってみました。
少しこの時の彼と心境が似ていたのかも知れません。

この時の沖縄行きは以前コメントした奄美や沖縄への南国嗜好への大きな動機となったものでもあります。
それでも心が病んでいたのでテンションが上がりませんでした。

心が落ち着いた今でも沖縄は憧れの地であり、たまに隔月誌「沖縄スタイル」に目を通しています。
ナイスを頂きありがとうございます。

PS:往時の行き詰ったいきさつについては書庫の自作小説「躁と鬱」にかなり詳しく記しております。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

れいんぼうさん、心の療養のため、祈るような気持ちで行った往時の沖縄ですが苦悩は簡単にぬぐい去れたわけではなく、その後2年半の期間を要しました。
今となっては客観的に見れることですが、当時の私は切羽詰まっていて視野も狭く、とてもこれを文字に著す気にはなれなかったのです。

つたない文を読んで頂き大変うれしく思います。
お気に登録ありがとうございます。
こちかこそ宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

私も十年以上前ですが沖縄に行きました。
同じ日本とは思えない景色や食習慣。
そして海外に行ったかのような開放的な気持ちと同時に
沖縄ゆえの色々な社会的な問題も目にしました。
現実から離れて心を癒すには全く環境や景色が違う場所で
旅に出るのも違う視点での自分を見れるのかも知れませんね。
良い方に出会えた時の言葉と言うのは何年たっても
残るものだと思います。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、彼の言葉は今でも思い出します。
私は本土と沖縄は繋がっていると思っていましたが、ウチナーのかたから見ると違うようなのです。
このことは戦争や米軍基地の問題の爪の深さを物語っているのではないでしょうか。
それでも隔月雑誌の沖縄スタイルは今でも好きな本です。
私は今でも心から沖縄を愛しています。
またこの感情はこれからもけして変わることはないでしょう。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
沖縄、行ったきっかけはどんな理由にせよ、思い出深い滞在だったと推察されます。いずれ私も書こうと思っていますが、衝動的に旅に出た経験があります。問題を根本的に解決するわけではありませんが、自分の心の在り方を見直すきっかけになったと思います。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あけましておめでとうございます♪
本年もよろしくお願いします。

沖縄には結婚前に嫁と旅行に行きました。台風の中を飛行機で通過したり、食事や海や気候。すべてが今でも忘れることの出来ない思い出です。

URL | mako ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、大変深い考察を頂きました。
この時はとにかく自分の中に潜むものを変えたい一心で沖縄に行きましたが根本的な解決には至らず、この後辛い現実に戻されたのです。

でも今こうして今でも記憶に残っているのは自分の中での財産といっていいと思います。
私はこの後「今は苦しくても、定年後に沖縄に行けば別世界があるのだぞ」と自分に言い聞かせ、やがて怒涛渦巻く現実社会に戻っていったのです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

makoさん、こちらこそ宜しくお願いします。
沖縄の風土は人に優しく包容力を感じます。
またウチナーのかたのおおらかな人柄も魅力の一つですね。

私も最近そんな愛すべき沖縄にまた行ってみたいと思っています。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あけましておめでとうございます。
新年のご挨拶が遅くなりました。
今日は久し振りにお邪魔して、「私小説集」を読ませていただいてます。
この時期の沖縄に数年前に出かけたことがあり、懐かしいです。
文中に沖縄の方の気質がにじみ出ているように思いました。
人を温かく迎え入れてくれる気候と人の姿、それでも甘えることことは出来ない厳しさを思い知ることもありました。
青い海とその蒼さを映したような琉球ガラスの美しさ、三線のゆっくりとした響きが心に残っています。
また行ってみたいところですね。MN

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、今年も宜しくお願いします。
新春に相応しいことをしたくなり往時を思い出しながら私小説を描きました。
同じ日本、そして素晴らしい景色と気候の沖縄ですが人々の心情はとても深く、理解しないといけないと思いました。
往時は何が何やらわからないまま戻りましたが今客観的に見てみると知れに気付きました。
この時の彼とはまた会って会話を交わしてみたいです。

MNを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、TBさせてもらいました。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、トラックバックありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。5年前の記事ですが、この海の青さは、とても覚えています!
冬でもやはり沖縄は暖かいのですね。
自然の大きさや美しさ、そして地元民の誇り
多くの魅力に溢れ、訪れた人を優しく包んでくれそうです。
旅行前に更に気分が高揚してきました。
トラックバックありがとうございます。https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s277.gif">

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> joeyrockさん
そう言って頂きありがとうございます。是非素敵な旅を楽しんできてください。もう一つアドバイスしたいのは、沖縄ではレンタカーが気楽で便利ということです。沖縄の空と海は蒼いですが、これは本土とは比較になりません。三日の滞在だと那覇~名護あたりの大きなショッピング施設などがお勧めです。

本日は相互トラックバックまで頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
実際に今回沖縄に行き、やはり癒されるような効果があるのは沖縄の人のおおらかさと気候、そして美しい海の眺めが日々の疲れを癒してくれると感じました。
今回の旅では私は乗り物酔いの恐怖心が克服されたのは、沖縄の景色が癒してくれたからだと思います。
また行きたくなる場所ですね。
トラックバックありがとうございました!

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> joeyrockさん
乗り物酔いの克服は良かったです。沖縄病(沖縄から帰ってきたくなる症状)という病気があるそうです。まさに今の自分がそうなのかも知れません(笑)
素晴らしいのは気候だけでなくウチナー(沖縄人)のかたは人柄もいい。こんなに居心地のいい場所はないような気が致します。

三度目のコメントと二度目のトラックバックを頂き感謝しております。本日も厚誼を頂戴しました。ありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)