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 私小説「仏閣巡りで人生の停滞を打開する」
 
      はしがき(私が神社仏閣巡りをするようになったきっかけ) 
 
 近代文学の巨匠と言われる志賀直哉は当時の小説家としては珍しく88歳の長寿を全うした作家であり、その生涯は順風満帆だったように見える。事実この動画でも紹介されている尾道の住まいも実父からの1000円(今の金で約300万)の援助資金があったからであり、資産家の御曹司として育った彼は何一つ金に不自由を感じなかったに違いない。
 
 在りし日の志賀直哉の素顔を動画でご覧頂きたい。「暗夜行路」という大作を成し遂げ、昭和24年に谷崎潤一郎とともに文化勲章を受章した志賀直哉の肉声が思いのほか甲高く響き渡る。しかし才能に恵まれた彼をしてもその作家人生においてペンを執ることのできなかった期間が三度ほどあったという。(阿川弘之「志賀直哉」より)
 
 このことは作家としての志賀の後輩であった芥川龍之介の登場する「沓掛にて」の一場面にも登場し、芥川が自己のスランプを脱却するのにどうすればいいのか志賀に質問していることからも伺える。彼の唯一の長編小説「暗夜行路」は実に完成まで27年の歳月を要し、その間の二十台後半に彼は停滞期を経験した。このころの彼は後年彼が言われた「小説の神様」にはほど遠く、文学青年の域を出ないものであったと言ってもいいだろう。
 
 そんな志賀にとって執筆活動停滞の壁を打ち破ったのが神社仏閣、古美術館巡り、骨董、義太夫への趣向であった。この場面は暗夜行路にも登場し、彼自身の精神的成長の糧となって、その後の彼の自我を形成していった。一昨年から志賀文学に傾注し影響を受けていた私は昨今彼の生前の趣向であったこれらのものがいつの間にか自分の趣向の中に入り込み、徐々に取り入れられていくことに気づいていた。
 
NHKTV「あの人に会いたい」志賀直哉1883~1971
才能を与えてくれるなら悪魔に身を売ってもいい

志賀直哉
         本編(元日の仏閣巡りが私にもたらしたもの) 
 
 昨日の年越しの夜半ころだろうか?寝ていた私の脳裏に突如としてこんな考えがひらめいた。元日の明日、無我の境地になるようなことをしたい。元日でなければできないことをしてみたい…。雪のない元日のきょう、私は昨夜の気まぐれなひらめきを果たすべく、かねてから気になっていた仙台市北山の輪王寺に足を運ぶことにした。
 
 輪王寺は北山五山の一つとして有名で伊達家にちなんだ墓があるなど格式も高く、なによりもその庭園が素晴らしいとの評判であった。元日でないとできないこと云々と言ったのは元日は初詣で神社は混むのだろうが仏閣はそうであるまいという読みがあったからである。またもし混まないのなら、この日本庭園の景色を一人占めできるかも知れないという期待も私の頭の中に浮かんでいた。
 
 私は雪のない肌寒い元日、心地の良い朝日を浴び、吐く息の白さを感じながら輪王寺に向った。この日の私のいでたちはコートは親父の形見のロングコート、マフラーは叔父の形見のラクダ色のウールで、昭和趣向でやや古さを感じさせるものであるが、これはもちろん往年の志賀直哉の冬場のスタイルを意識したのもである。

 境内から参道を振り返ってみた。参道は非常に長く放物線のような行程を成している。この長さがこの寺全体を荘厳で重みのあるものにしている。元日のせいだろうか?山門越しにのぞく仙台市街地は普段の喧騒はどこに行ったのか、まるで郊外のように静まり返っている。
 
 カァー、カァー、静かなだけにカラスの鳴き声が響き渡る。そしてJRの列車の音が乾いた空気の中にこだまする。

時刻は午前10時、水汲み場の流しに猫がうずくまって日向ぼっこをしていた。ユーモラスなシーンである。彼はここの水道が使用禁止ということを知っているかのように悠然としていた。

本堂はご覧の通り比較的新しく大きくて立派なものである。
また手入れも行きとどいていて背筋を正される思いがする。
本堂の入口には正月らしく門松が飾ってある。

私は寺の本堂と庫裏の間の通路を通って庭園に抜けた。

足元を見ると苔が霜柱で持ち上がっている。雪がないぶん地表が冷えているようだ。

 運よく陽が差してきた。庫裏を始めとした日本家屋、石灯籠、庭木、庭石、池、橋のバランスが素晴らしい。ここにいると全ての雑念から解放されるようだ。私は池の片隅の陶器でできたイスに腰を掛け、読みかけの小説を読むことにした。

 いつもなら耳を澄ますと市街地のほうから聞こえそうなゴーッという車の騒然とした音が聞こえない。これは不思議な感覚で元日ならではのものかも知れない。雪がなく風もほとんどないので陽が差すとほかほかする。私はしばしこの素晴らしい庭園を一人占めし、ゆっくりと過ぎゆく至福の時間を味わった。
 
 しばらくすると子供の騒ぐ声がする。間もなく幼い女の子を連れた若い親子連れが現れた。元朝詣りの帰りだろうか?まだ片言しか話せない女の子を若い夫婦があやしている。微笑ましい風情である。しばらくすると親子連れは池沿いの道に沿って歩き始め、私のほうに近寄ってきた。ベンチに腰かけていた私は「こんにちは」と声をかけた。すると私が口髭を生やしていて怖そうに見えたせいだろうか。その女の子はびっくりしたような表情をして「わぁー」といって泣き出してしまい、私は閉口し照れ隠しに苦笑いした。

 親子連れが帰ったあと、急に寒くなったこともあり庭園を後にすることにした。喧騒から解放された日本庭園と仏閣の余韻が心地よかった。私は帰りの参道を下りるとき改めてきょうが元日であることを改めて実感し、すがすがしい気持ちで帰路に着いた。

                              
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コメント

No title

志賀直哉の肉声を聴いたのも初めてで、動画を観たのも初めてです。
彼の作品は暗夜行路を含め、読んだことがありますが
とてもご本人が穏やかな印象で作品の中に見え隠れする何気ない会話のやりとりも、彼の生きた環境の中で生まれたのがうなずける感じが
しました。
元旦、とても清々しい美しい庭園に行かれたのですね('∀`)
以前にお父様の形見の品を大切にしている記事でも感じましたが
手入れが行き届いて思いの深さを感じます。

庭園での至福の時間、写真からも伝わりますね。

今年も宜しくお願い致します。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、動画に登場する頃の志賀直哉が作家として大成功を納めた頃で角も取れ、五女とのやりとりはとても微笑ましく人生の円熟を感じさせます。
彼はこの境地に達するまで京都や奈良、尾道の神社仏閣を訪ねますがその中で心の平穏を感じたことでしょうそして30台前半で父との和解を得ます。

彼を語るうえでもう一つ論じなければならないのは転居の多さで実に
生涯で20回も転居を重ねました。
尾道、京都、松江、奈良、赤木山、我孫子、熱海…そのほとんどが名所と言っていい風致に優れた場所でした。
妻の神経衰弱の後養生など、いろいろな事情はあったものの概ね彼の旺盛な執筆欲が常に新鮮な執筆環境を求めたと言っていいでしょう。
経済的に恵まれた彼は単なる道楽息子に留まらず、これらを創作の糧とし作家として成功しました。
いろいろな意味で豊かに人生を歩んだ人物が志賀直哉ではなかったのでしょうか?
このことは書庫の志賀直哉シリーズの中でも補足してゆきたいと思います。
PS:昨日は後半少し寒かったです;

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

志賀直哉の動画、驚きました。とても興味深く、今日も勉強になりました!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

風情のある場所ですね~^^
流し猫ちゃんも可愛いです。。
街の騒音も元旦はお休みですね^^

URL | 不来方 条 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、彼の動画を見て暗夜行路の生みの苦しみを感じます。
しかしその生みの苦しみを克服しての大作の完成を成し遂げた彼の教訓には重みを感じます。

その一方で3歳の五女に接する態度は大変微笑ましく感じます。
特に「小娘は非情な自信を持って一言の下に否定した」という部分は滑稽でもあり彼の父親としての優しさを感じました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不来方さん、昨日は騒音から解放され別世界のような一日でした。
こんな時に寺詣りしたかいがありました。
以前は興味のなかった神社仏閣巡りですが今後も続きそうですね。
無我の境地を求めるならお勧めです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんばんは。

どんな人でも神社、仏閣参りは心が和みますね。

生きているうちに神社、仏閣めぐりがしたいですが、大病をしたので
できなくなってしまいました。

ミックさん写真で楽しめました。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、あえて元日に仏閣参りをしました。
私はこの日神社に初詣に行っていませんので「大うつけ者」なのかも知れません。
しかしこれが私にとっての素顔であり自然の流れなのです。
こんな記事にナイスを頂き非常に恐縮しております。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
神社仏閣めぐりは 歴史ある建造物を見ることから始まり
いまや狛犬や金剛力士像 仏像 はては鬼瓦まで
興味が深まるばかりですが
元はバイクに乗っていく行き先探しから始まったものですが
今はどっぷり浸かってしまいました
今年も西国三十三箇所めぐりをメインにお届けしていきます

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あぶさん、私が神社仏閣巡りをするようになったきっかけは志賀直哉だけではありませんでした。
野宿ツーリングの大御所である加曾利隆の原付日本一周ツーリングが原点となります。
彼の言葉で忘れてならない言葉をここで改めて披露します。
それは「神社仏閣にお参りすることで邪心を追い払い事故防止に繋がる」という言葉です。
ライダーにとっては極めて奥の深い名言ではないでしょうか。
西国三十三箇所巡り是非成し遂げてください。
期待しております。

PS新年の挨拶は12月29日コメントの通り遠慮させて頂きます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様、明けましておめでとうございます。
ミック様は、お正月は心のリフレッシュを図っていらっしゃるのですね。
おっしゃる通り、神社、仏閣の荘厳な佇まいは、心を平静にしてくれますね。私も本日、いくつかのお寺を巡りましたが、混雑しているにもかかわらず、清々しい空気が流れている様に感じられました。
今年も宜しくお願い申し上げます。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、喧騒から逃れるのには郊外に行く必要がありますが元日だけは別でした。
閑散とした元日の日本庭園の一角にたたずむと改めて自分の存在の小ささを感じます。

これの日は在りし日の志賀直哉の仏閣巡りを思い起しながらの道中となりました。
暗夜行路の終盤に登場する大山の大自然に抱かれるような無我の境地が欲しかったのです。
神社仏閣もいいですが山もいいですね。

こちらこそ宜しくお願いします。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

明けましておめでとうございます。
私は、残念ながらまだ、初詣には行っていませんが、この
足では並ぶのは無理なので、今度の土日位に行こうと
思っています。
静かな神社・仏閣を回るのは、心が洗われるようで
私も好きです。

志賀直哉の「暗夜行路」は読んでいませんが、「城の崎にて」と、「小僧の神様」は読んだ記憶があります。

URL | yoko ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

yokoさん、最近ようやく神社仏閣を一人で廻ろうという気になってきました。
志賀直哉の小説は単品もいいですが、それ全体が彼の人生観の表れであり、シリーズという気がしています。
短編は非常に味があり、読めば読むほど内容が深くまた強い生命力があります。
また多くの評論家が彼の作品をあれこれと述べていますが、これは言うは優し、行うは難しの世界そのものであり、この動画にはその生みの苦しみと言える苦悩の片鱗が見られます。

住まいのほとんどは景勝地であり、生涯を通じて20回の転居には驚きますが、その転居の目的のほとんどは名作を生むための手段でした。
多くの人々に生きる感動と影響を与え、自らも心豊かに人生を生き抜いた人物、彼こそが志賀直哉です。

今年も宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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