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自分には雪だとじっとしていられない妙な癖があった

                    志賀直哉1883~1971

 志賀直哉は雪の日の情緒を好んだ作家でもあった。この作品は志賀が千葉の我孫子の手賀沼に移り住んでから4年を経た37歳の時(大正9年2月8日)の日誌を基にして作られた小説である。
※千葉県我孫子市の位置を地図で確認して頂きたい。

以下白樺文学館HPより転載 写真は「二階家」と呼ばれた書斎(資料提供 津田氏)である。

 志賀は土地と茅葺の建物を購入し、三部屋(なんと志賀はここに「机と椅子の書斎」「二階家書斎」「茶室風書斎」)の書斎を6年越しで作った。「縁から一段おりた椅子の部屋が応接間」「応接間の隣室には机と椅子の書斎」と瀧井孝作が述べており、洋間だったことがうかがえる。
 
 大正7(1918)年に書院造風の「二階家書斎」が母屋裏の崖上に、大正10(1921)年頃に「茶室風書斎」が志賀のデザイン指示のもと宮大工佐藤鷹蔵の手により建築された。尚、書斎の建設費(二度の増築を重ねた)については和解が成立した後の父直温の資金援助があったと言われている。
 
※現我孫子市における航空写真。志賀直哉の住まいあった場所は×印のところである。

 前置きが長くなったが、そろそろ小説「雪の日」の本題に入ろう。この作品は内容的にはあくまで日記の様相を呈しており木で言えば幹に相当するストーリー性はないものの、我孫子の雪景色についての志賀らしい感性をぶつけた細かい情景描写が各所に現れており、作品の大きな見どころとなっている。

             
    <志賀直哉大正9年読売新聞発表「雪の日」 書き出しと見どころ>
 
 二月八日 昼ごろからサラサラと粉雪が降ってきた。前から我孫子の雪が見たいと言っていたK君が泊りに来ている時でちょうどよかった。自分には雪だと妙に家にじっとしていられない癖があった。
…中略…
 
 わざと廻り道をして鉄道線路のほうに出た。乾いたところに降り出したので雪は片っ端から積もる。屋根も、道も、木も、藪も、畑も、鉄道線路も、枕木の柵も、見る見る白くなっていった。自分たちの胸にはなんとなく快活な気分が往来している。
…中略…
 
 雪には情緒がある。その普段忘れられている情緒が湧いてくる。これが自分を楽しませる。
…中略…
 
 雪は降って降っている。書斎から細井急な坂をおりて、田圃道に出る。沼のほう(注釈:沼とは手賀沼と思われる)は一帯に薄墨ではいたようになって、何時も見えている対岸が全く見えない。沼べりの枯葦(かれよし)が穂に雪を頂いて、その薄墨の背景からクッキリ浮き出している。
 
 その葦の間に、雪の降った細長い沼船が乗り捨ててある。本当に絵のようだ。東洋の勝れた墨絵が実にこの印象を確かに掴み、それをつよう効果で現している事を今更に感嘆した。いわゆる印象だけでなく、それから起ってくる我々の精神の勇躍をまで掴んでいる点に驚く。そして自分は目前のこの景色に対し、彼等の表現外に出て見る事はどうしても出来ない気がした。
………
                      <読後感想>
 志賀直哉は骨董や水墨画に対しての造詣が深く、長編「暗夜行路」にはその片鱗が多く登場する。そういう意味でこの日彼は我孫子の雪景色への感動を趣味に掛け合わせて感じたのだろう。彼はまた文章による情景描写力に長けており、これには夏目漱石と芥川龍之介のやり取りに有名な逸話が残されている。
 
 芥川「志賀さんの文章みたいなのは書きたくても書けない。どうしたらああいう文章を書けるんでしょうね?」。
 夏目「文章を書こうと思わずに、思うままに書くからああいうふうに書けるんだろう。俺もああいうのは書けない。」
…二人の文豪をしても志賀直哉の情景描写は飛び抜けたものがあったようだ。
 
 彼のすぐれたリアリズム的な描写力は我孫子の雪の日の情緒を伝えたこの小説の中に遺憾なく発揮されているといっていいだろう。ただし志賀の文章はリアリズムに走る半面、注釈や説明を嫌い、自分だけ分かればよいという極めて我儘な書き方(阿川弘之評)との評もある。
 
 これはあくまで私の想像だが、彼の好んだ雪の情緒とはあまり深くない雪のことではないだろうか?おそらく日本海側に降るようなドカ雪はこのような風流さには繋がらないのではないだろうか?作品の最後のほうには志賀が物差しで雪の深さを測る場面が登場する。ちなみにこの日の我孫子での積雪は七尺五分(約23センチ)であった。
       
         <本日の「雪の日」の散策byミック>
 さてきょうの仙台は昨夜降った雪が3センチほど積もって朝から雪景色を呈していた。私はこの小説の我孫子の雪模様を楽しむ志賀直哉の心境に感化され、時折小雪の舞う午前中、近場の雪景色を見る散策を行った。
 
 まず私が訪れたのは散歩でよく行く旧道である。ここからは向いの高台を望むことができる。
私が歩みを進めると時折驚いた小鳥が藪から飛び立ち雪の粉が舞い落ちてくる。ご覧のように雪を被った林の木々はアクセントがあり立体感が普段と全く違う。志賀直哉の言った「普段忘れられている情緒」の意味がわかるような気がする。

 屋敷林で囲われた日本家屋の蔵である。志賀も散歩の途中でこんな情景を楽しんだのかも知れない。

様々な樹種を有する屋敷林の中でも竹やぶの屋敷林は普段でも凛としたたたずまいを見せるものである。この日は雪のせいで一層そう感じた。

散歩の仕上げはおなじみの公園である。足跡はついているものの雪のせいで人影はなかった。
モノトーンの単調な色彩は雪特有の寂寥感を感じさせる。

雪の日を苦にするどころか逆にその情緒を楽しむ。
如何にも好奇心あふれる「原始人」志賀直哉らしい考えではないか。
きょうは彼があの日に感じたであろう「雪の趣」を十分実感できた散策であった。
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コメント

No title

今回の小説の抜粋と共に感じましたが
私は以前、仕事で千葉に住んでいましたが、我孫子市はすぐ近くでした。
2年程、住んでいましたが積もるような大雪はなく、写真で拝見するようなサラッとした小雪が美しかったのを思い出します('∀`)

雪に対しての描写も日本の冬の美しさを感じさせるような表現ですね。撮影された写真を見ると現代では失われかけているような
残して欲しい冬の日本の情緒を感じます。

これから、ミックさんの住んでいる土地は大雪になる事も
あるかと思いますが、また違った雪の趣も感じられそうですね。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
<雪だとじっとしていられない癖>・・・私にもあり、よく解ります。
日頃見慣れたものが違って見える楽しさでしょうか。
志賀直哉に改めて親しみを感じました。
さらさらと雪の降るモノトーンの世界も、冬晴れの空に映える積もった雪の眩しさもいいですね。
お写真の雪景色、MN

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
こちらは一日好い天気でしたが、仙台はうっすら雪景色だったのですね。
いつもの景色も、雪によって違った景色に感じられますね。
志賀直哉の所蔵した、有名な李朝の壺が有りますが、なんとも言えない、それこそ淡雪のような色合いです。彼は白さ、雪景色といったモノトーンへのこだわりがあったのでしょうか?

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

木々に少し降り積もった雪がすごくいいですね。
私も東北育ちなので、小さい頃は今よりも雪が多く、
雪は遊ぶものでした。
今は、横浜で年に2~3度降る夜の雪が、幻想的で
すごく好きです。

志賀直哉、私も好きな作家です。
「雪の日」読んで見ようと思います。

URL | yoko ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

小生は寒いのが苦手、夏は好きだけど冬は嫌い、昔のことですが金沢に居たとき、あの雪には降参でした。
雪は別にして、描写力に長けた文章、感じたままに書けば良いとは聞いていますが、それが出来れば苦労しません。感じたことを伝える、思ったことを文章にして分かってもらう、こんな難しいことはないのですよね!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、志賀直哉は生涯で何度も住まいを替え、主に太平洋側(瀬戸内の尾道もあり)を歩いた(一度だけ松江もあり)わけですが、松江を除いては豪雪地帯に住んでなかったことになります。
今と比べて積雪の多かった当時を差し置いても、この日の我孫子の23センチの積雪はかなり多かったのでは?と思われます。
作品の冒頭に「我孫子の雪を見たかったK君」が登場しますが、何よりも志賀直哉自身が雪を好み子供のような気持ちではしゃいだのではないでしょうか。

このあたりに彼の旺盛な好奇心と無邪気さが感じられます。
彼は父との和解を経てこの地で書斎を三つも作って執筆に励んだことでしょう。

PS:太平洋側の仙台では大雪はほとんど降りません。30センチも降れば大雪ですが最近は滅多に降らないですね。関東と大差はないと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、志賀直哉は雪景色と墨絵を重ね、文章に表しましたがその情景描写はさすがですね。

『沼のほうは一帯に薄墨ではいたようになって、何時も見えている対岸が全く見えない。沼べりの枯葦(かれよし)が穂に雪を頂いて、その薄墨の背景からクッキリ浮き出している。
その葦の間に、雪の降った細長い沼船が乗り捨ててある。本当に絵のようだ。…』
この部分の描写は本当に味があり自分も行ってみたくなるような衝動にかられますね。
彼はこの日の我孫子の雪景色のモノトーンの世界に風流の極みを見たのかも知れません。

雪でもじっとしていられない彼に旺盛な好奇心と活動力を感じます。
彼はそれを自分の作品にぶつけたようですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、作家のみならず、骨董収集家としても有名な彼ですが、嗜好はわびさびを含んだ風流なものを好んだのでしょうね。
暗夜行路を中心に彼の作品中には多くの展覧会に足を運んだことが見て取れます。

骨董や神社仏閣巡り、芝居鑑賞に親しむ気持ちは彼の心を豊かにして、やがて作品の中に開花したと思います。
そのわびさびへの嗜好は「城の崎にて」や「暗夜行路」に見られるような無常への思い、生命のはかなさの表現にも繋がっているのではないでしょうか。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

yokoさん、一般的に大人の目で見る雪と子供の目から見る雪は違いますが、志賀直哉は大人になってもそういった遊び心を失わなかったのではないでしょうか。

その旺盛な好奇心が作品中ににじみ出ているような気がします。
確かに彼の文章を読むと難解な部分が出てきますが、却って読者の想像を掻き立てるところに面白さを感じます。
おそらく彼は読者にいろいろと考えさせることを創作の旨としたのでしょうね。

横浜の雪の趣、私も味わってみたいですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、志賀直哉は思ったままに書くがために読者には分かりづらい表現が多く出てきます。
この辺は好みが分かれるところなのかも知れません。

このあたりは読者の想像を膨らませる意図もあったのでしょうが、阿川弘之氏の言う通り、彼の我儘な性格もあったのでしょうね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

前に書きましたが、若いころに本を読む時間がなく、文人の方の名は
少し判りますが、内容までは判りませんので、コメントをどのように
書けばよいか何時も悩んでいます。

的はずれの、コメントになるかも知れませんがお許し下さい。

志賀直哉氏は雪を好んでいたとは。知りませんでした。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あたりを一瞬でモノトーンにしてしまう雪には
アートを感じて嶋します

童謡 雪やコンコンのせいでしょうか??
確かに雪を見ると表ではしゃぎたくなりますね
雪国の方にはこの気持ちは理解できないでしょうけど
バイク乗りにはありがたくないですね

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、志賀直哉は風流を尊ぶ作家でした。
また神社仏閣や骨董にも趣向を持っていました。
しかし若い時は道路で自転車で競争してあるくなどやんちゃな面も持ち合わせていました。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あぶさん、雪の日はこういう楽しみ方があってもいいのではと思ってこんな探索をしてみました。
志賀直哉はあぶさんの近くだと兵庫県の「城の崎温泉」にも訪れましたね。
バイクは当分お預けになるかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん
お久しぶりです。
久々に訪問したら、志賀直哉でした~!
私ミックさんの冬の景色と文学のお話が好きです!
これからまさにうってつけの季節です~!

URL | プチポア ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
今年の冬は一際寒く感じます。ここ数年買わなかった灯油を先日はじめて買いました。
ところで子供のころは「雪」というとなぜかテンションが上がり、楽しかったのですが、いつの間にかそんな感覚はなくなって行き、今は雪=交通渋滞=仕事の障害と、ネガティブなイメージしか湧きません。雪景色を楽しめるような余裕を持つためには頭のリカバリが必要かも?(笑)
大人の余裕か。

URL | gt_yosshy ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

プチポアさん、ブログ復帰おめでとうございます。
最近は志賀直哉の記事が多くなりました。(笑)
彼の作品には非常に波長の合うものを感じています。
今読んでいるのは69歳の時に書いた「自転車」です。
一見、昔気質で固そうな感じもする志賀直哉ですが、この作品を読むと自転車で競争したり悪さをしたりと若い時はかなりやんちゃだったようです。
でもその負けん気と無類な好奇心をして彼にこのような味のある作品を書かせるのではと思います。
今後も志賀直哉シリーズは継続して参りますので宜しくお願いします。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

gt_yosshyさん、何にでも好奇心を絶やさないことはテンションを保つ意味で大切なことですね。
私はこの小説を読んでそう感じました。
確かにわずらわしい雪ですが見方を変えればその中に趣を見出すことができる。
人生余裕を持って生きたいものですね。

PS:志賀直哉は若い時に自転車で「戦車レース的競争」をするなどかなりやんちゃだったようです(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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