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鬱蒼とした林の中に存在する藩政時代の古い坂
 藩政時代、仙台城の諸氏登城口として使われた扇坂、この坂について本ブログは、先日東北大学百年記念館脇の「三太郎の小径」を紹介した際、坂の上から撮影した写真を掲載した。
私はこの坂をもっと詳しく調べたいと思い、後日改めて足を運んでみた。
 
※扇坂の上からのビューを見たいかたはこちらをクリックしてください。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31265516.html
 
 扇坂の位置はこのバス停(貿易センター前)の仙台市バス停留所(旧スポーツセンター向え)が目印である。坂はご覧のような鬱蒼とした雑木林に覆われており道路からは確認できない。

航空写真で扇坂の位置を確認して頂きたい。○で囲んだ部分が扇坂である。

地図の向きが90度違うが現代の施設と往時の建物を比較して頂きたい。
青:現代の施設、赤:藩政時代の建物
扇坂の位置は右下のオレンジ色の現在地と書かれているところである。

東側の大手門方向を望んでみた。
この写真では確認できないが道路の右側には第一層目の城壁がそびえる。

反対側の西側に目を移そう。地図によるとバス停のすぐ先に堀があり筋違橋なる橋が架かっていたようだが今では全くその面影を伺い知ることができない。
 
江戸時代に実存した水路の多くは道路の整備とともに地下を通すよう変更された。
これは最近歴史探索をしてよく気付くことである。

1645年(正保2年)に作られた地図をご覧頂きたい。
ご存知の通り伊達藩は外様大名である。
今ではすっかり埋め立てられ往時の様子を偲ぶべくもないが、なんと当時は城を防衛するための堀があちこちに張り巡らされていた。

航空拡大写真で確認して頂きたい。○:扇坂
写真では水路を確認出来ないが、おそらく地下を通したからだろう。

ここが扇坂があったとされるところである。形はその名の通り扇の形をしている。
ここは今でも往時の面影を彷彿させるに十分なものがあり、その気になれば登ることもできる。
想像していたよりは坂の角度は急であった。
 
諸氏ということは仙台城に用のあった身分の高くない者(商人や職人)もここを通って登城したはずである。もちろん馬を引いても登ったであろう。
この角度であればおそらく彼らは息を切らしてこの坂を登ったのではないだろうか?

この斜面と角度を見て頂きたい。きっとこれは往時の面影を残すものであろう。

藩政時代の仙台城と城下の町の繁栄を思わせるこの日の探索であった。
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コメント

No title

こんばんは。
時代は流れても、江戸の伊達政宗から続く、城の縄張りの痕跡は残っているものですね。明治時代になり、多くの城は壊されましたが、街割りや水路や堀は残されていたのでしょうね。
今回も興味深く拝読させていただきました。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

藩政時代の城の姿を見てみたいなと思います。この昔の地図をみていますと、図書館にはあるのかな、などと思ってしまいます。
何年か前に、山本周五郎の小説に出てくる人物やお寺について、和歌山に行って図書館で調べてみますと、藩政時代の資料が沢山あり、実在していた事がわかりました。周五郎も図書館で調べたのでしょうね。

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。

若いころに仙台に良く行ったのですが、もう少し歴史に興味があれば
尋ねたと思いますが、今となってはです。

それにしても、ミックさんは良く調べて投稿していますね、
本当に尊敬します。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、城を見る場合天守閣に目を奪われがちですが、この日はその城を統治した大名の規模や立場をさぐる意味でこういった門を見るのも興味深いものだなと改めて実感しました。
私はこの坂が扇状になっていることに着目しました。
これはこの城に出入りする人間の多さからいって必然的に求められる坂の形状だったのではと考えました。

武器、食糧、衣料、馬、家具…往時の仙台城はおそらくいろんな物資が流通したことでしょう。
その品を納める百姓頭、職人、商人、の様子がかすかに浮かび上がってくるようなロマンさえ感じた今回の探索でした。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、多くの作家が歴史小説を書くにあたって、下調べは相当入念にしているようですね。
山本周五郎は伊達騒動の「樅の木は残った」を執筆するにあたって蔵王山麓青根温泉の「不忘閣」に泊りこみましたが、作家の創作力を高めるには文献による知識吸収と現場視察が不可欠であることを実感します。
はなはだ恐縮ですが、私も機会があれば偉大な先人の爪の垢を煎じて飲みたいものだと感じております。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、ご考察を頂き恐縮しております。
ここはこの立て札がないと通り過ぎてしまうような処で観光客も滅多に来ないところですが、この坂の形状や大きさが仙台城の規模を如実に物語っているような気がします。
ちなみにここは諸氏の登城口(会社で言えば社員通用口)であり藩主や偉人は大手門から入城したということです。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

当時、人が通って登城した痕跡が想像されると、伊達氏の居城だった様子も浮かんでくるようですね。
急な坂道を登りながら色々な想いでこの道を通り過ぎて行かれた事が
今でも残されていることにはロマンを感じます('∀`)
こうやって自分で調べていった歴史を、自分の目や足で実際に
記事にされる事は、見ている側にも新たな発見があり
とても興味深いものですね。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、今回は旅行ガイドブックにはあってもけして観光スポットでない仙台城の一部を紹介しました。
多くの観光客は天守閣に足を運び扇坂には来ないはずです。
そんなスポットにこそ隠れた魅力があるのかも知れません。

もちろん門番は居たはずですが、立て札に書いてあった一般諸氏とは身分を問わない人々を言うのでだと思います。
歴史はやはり自分の足を使って目で見るのが一番ですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こういう、現在地に過去の地形を探るの調査は、私も大好きですよ~。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、ありがとうございます。
宜しければブログに紹介してください。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

昔の地形図と現在地形を比較する記事は、いくつかアップしていますが、それを引っ張り出してくるのは、なかなか…。。。調べて、またゲスブにでも連絡させていただきます。。。でも、大したことおまへんで…。笑…。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

boubouさん、了解しました。
楽しみにしています。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

まだまだ私の知らない所が仙台には沢山あることを
ミックさんの記事を読ませて頂いて、いつも感じます。
今日の記事のお写真の場所もたまに通る所ですが、
扇坂の存在を全く知りませんでした・・・

ここを藩政時代に沢山の人が通ったと思うと、
ワクワクしますねぇ!!
それと同時に、何だか不思議な感じがします。
ロマンを感じますねぇ!!

ナイス!☆

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、この坂を知るきっかけになったのがこの上にある哲学者阿部次郎を記念した散歩道「三太郎の小径」でした。
藩政時代の一般諸氏が通ったということはここに検断屋敷(今で言えば守衛詰め所)があったはずです。
この辺は今後、調べたいと思っています。

仙台城をいろんな角度から見ていくたび、少しずつでありますが、情報としての点や平面が立体的パノラマとなっていく感じがします。
この辺は歴史散策の醍醐味であり、おっしゃる通りロマンなのかも知れません。
またこうして先人歩んだ道を多く知ることは自己を客観的に見ることにも繋がって行くことでしょう。

往時のこの坂への考察とナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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