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          若き日のとまどいと父との対立
 本ブログでは志賀直哉の作品として①短編「城の崎にて」、②中編「和解」、③長編「暗夜行路」④短編「小僧の神様、⑤短編「清兵衛と瓢箪」、⑥短編「山形」と六作取り上げてきた。
私はこれらをあえて分類するならば①と②と③と⑥が私小説、④と⑤が比喩を用いた自己表現と捉えたい。
 
 今回紹介するのは明治45年執筆、大正2年読売新聞発表の「大津順吉」、本作品は彼の私小説を語るうえで避けて通れない、女中との結婚問題を綴った作品である。大津順吉こそは若き日の志賀直哉の生きざまを赤裸々に映したこの小説の主人公である。
 
※本ブログ「城の崎にて」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
※本ブログ「和解」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29210086.html
※本ブログ「暗夜行路」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30025253.html
※本ブログ「小僧の神様」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30176213.html
※本ブログ「清兵衛と瓢箪」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30989155.html
※本ブログ「山形」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31212264.html

            志賀直哉「大津順吉」粗筋  
                  <第一部>
 実業家の父の跡取り息子である大津順吉は17歳でキリスト教徒になり、20歳を過ぎたころから女に対する欲求が段々強くなっていった。しかし姦淫を罪とするキリスト教のこともありダンスに誘われても、踊りの相手になることを全て拒否するなど、欲求と行動のギャップが徐々に広がり偏屈なものとなっていき彼自信を苦しめていた。 
 
      ※誘われてもダンスを拒否する順吉(志賀直哉文学全集挿絵より引用)

                    <第二部>
 そんな折に順吉は女中の千代(17、8)を見染めてしまい、ある晩関係を持ってしまう。順吉は熟慮の末、千代に許婚がいるのか確認したうえで結婚を申し込み、このことを祖母に告げた。古い人間で身分を第一に考える祖母は家柄の違いを理由にこの結婚に反対し、順吉と烈しく衝突した。
 
  ※作品中の大津順吉に一番イメージが近いと思われる志賀直哉の若かりしころの写真

 この後祖母は父にもこのことを話し、父をして「痴情に狂った猪武者」と罵られ、「貴様がそれを通すなら、たとえ廃嫡(勘当)しても許さぬ。」と言い渡される。しかしながら順吉にはそれに開き直ってでも千代との結婚を押し通す熱情が湧かず、やがてこの話は消滅する。
 
                 <読後感想byミック>
 
 志賀直哉は元来私小説家であるが、今回の作品の性格から言ってこの作品のみを論ずるのでなく、彼の境遇を綴った一連の小説「暗夜行路」、「和解」、「山形」の3作の内容を踏まえた上での考察を述べる。
 
 19歳~31歳にかけて彼が父と不仲であったのは有名だがその大きな原因は二つあるとされる。一つは父の経営する足尾銅山鉱毒事件への視察の是非を巡ってのことであり、もう一つが女中との結婚問題である。前者については社会へのはばかりもあって志賀は作品にごく表面しか明かしていないが、後者の女中との結婚話はこの作品に集約されている。
 
 相馬藩主家老の血を継ぎ、資産家の跡継ぎ息子であった彼は父親の莫大な資産を背景にニートをし、放蕩していた。このころの彼は洗礼は受けながらもキリスト教の姦淫を禁ずることを守る自信もなく、さりとてダンスなどで積極的に女性に近づくのに妙な嫌悪を感じ、偏屈な態度を演じていた。周囲からいろいろな誘いの声はかかるものの、彼の頑なな表情が女性を拒んでいたのだ。
 
 この辺の心情を察するに彼の家系に浸透した武士道の考えがあったのかも知れない。また遺伝で受け継いだ彼の変な気位がこれをじゃましたのかも知れない。しかしこの考えとは裏腹にやがて彼は自分の身の周りの世話をしてくれる女中と関係してしまう。
 
 彼は作家になってやっていく自信はあっても実績も社会的地位もなかった。あったのは金と暇である。この点については多くの作家がハングリーな生活を送る中、全く違った部分である。この小説に垣間見える志賀直哉像はわがままでプライドの高い、いわゆる生意気な若僧である。一部でこれに嫌悪してこの小説を酷評する向きもあるようだが、私はあえて大作家として志賀直哉が文壇に羽ばたく前の成長過程で一種の「はしか」のようなものと受け取りたい。
 
 彼は女中との結婚を本気で考えるようになる。今では全く考えられないことだが当時の結婚はお互いの家柄が大きなウエイトを占めていた。実業家でもあり封建的で保守的な父親の大反対はやがて父子への対立、別居へと発展していくことになる。
 
 そういう意味で本作は彼の赤裸々な痴情を暴露した自己告白とも受け取れる。硬派にもなり切れず、かといって一人の愛した女を幸せにできなかったことに対しての中途半端な気持ちへの後悔が彼にこの作品を描かせたのではないだろうか。
 
 また作品中には志賀の先輩でもあり友人だった武者小路実篤が重見という名で登場し彼にアドバイスを送るシーンが出てくる。ストーリーに大きな影響は出ないが、同じ白樺派と呼ばれた二人だけにその関係は見逃せないところである。
 
※「大津順吉」執筆一年前の志賀直哉:オレンジ□、友人の武者小路実篤:黄色□

 最後に本作の結びの文を紹介する。「もう書けない」明治40年8月30日午前3時半これは大津順吉と志賀直哉の年が一致すれば24歳の時のことになる。午前3時半、当時恋煩いだった志賀もさすがにこの日は血迷い、徹夜をしたのだろうか?

 彼は大津順吉を通して未熟でふがいない自分の青春時代の一こまを告白的に描きたかったのではないだろうか。
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コメント

No title

ミックさんのお陰で、志賀直哉について知ることが出来ました。
小生も未熟な青春時代のことを小説に書いた事がありますが、告白することは良いことだと、今になって思いますねぇ!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

この作品は初めて知りました。
志賀直哉の作品を拝読して彼が常に父親と確執しあっているような
姿を思い浮かべてしまう場面がいくつもありますが
裕福な家庭に生まれたゆえの自尊心の高さやプライド、
常に問いかけているようなイメージも湧きます。
関係を結んでしまった上での結婚への繋がりもキリスト教徒である
彼には当然の考え方だったのでしょうね。

文学の才があり、家庭環境にも経済的には恵まれた彼の
女中への恋心は自分を理解してくれる相手が欲しかった寂しさの
表れにも感じました。

当時の想いを考えながら出来上がった作品なのですね。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
初めてこのような作品がある事を知りました。専門家の評価が分かれているのも納得です。
志賀の苦しみは、多くの若者が必ず経験する苦しみと思います。自分も、かつて、同じような経験がありました。文学としてよりも、志賀の素直な感情がストレートに表現された作品ではないかと推察いたしました。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

志賀直哉と父親の対立は、そのまま私と重なる部分が多いです。
まあ結婚相手については、あまり文句を言われませんでしたが。

なんというか、他人って気がしないんですよね。この人。
作品を読んでいると「私もあったあった(苦笑)」と思う事ばかりで、どうも大上段から評論する事ができません。
例えるなら、親戚のおじさん程度に近いんです。

このあらすじを読んでも、「あー、自分もこういう時代があったよ」と苦笑してしまいました。
勘当するじゃないけど、一族から追い出すみたいな事は良く言われたなあ(笑)

この辺の感想の持ち方は、育った環境?その違いかな。
もし現代の人々が、志賀直哉を「不幸な息子」って目で見ていたら嫌だなあ(笑)そのまま私に跳ね返って来ちゃう。

URL | みきてぃ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、作家の多くは私小説の中に自らの赤裸々の体験を告白していますがこれによって同じような体験をした多くの読者に勇気を与え救っているのではと思います。

志賀直哉はそんな作品が多く、自分との距離が近いと感じられる分、親しみがわきます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、強い倫理感を感ずるものが多い彼の作品ですが、一連の私小説にはに自己告白したものが多く見られます。
一部フィクションもありますが多くは彼の実体験と思われます。
その辺が彼の作品に引き込まれる大きな理由だと思います。

「城の崎にて」を読むと文中に「できれば温泉療養を三~五週間したいものだ云々」という一節があり、読んだ当時(私が中学生の時)は気楽でいい身分だくらいに思いましたが、当時の彼の境遇を把握した今思うとこれは金と暇があった彼だけに赦されたことだったのでしょう。

一方でブルジョアとも言える彼を批判する向きもあるようですが、その余裕が骨董趣味や旅行をもたらし、彼の心を豊かにしていき、味のある作品を多く描かせたと私は見ています。

今後は武者小路実篤と里美、内村鑑三との関わりについても調べてみたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、彼の作品によく出てくる古都巡りと骨董ですが、その裏付けとしては資産家の父の存在が大きかったと踏んでいます。
もっともこれは彼が作家として成功する前の話です。
これを思うと彼はニート時代を無駄に過ごしていなかったとも受け取れます。
もし彼が本当の放蕩息子ならただの身上つぶしに終わったことでしょう。
遊びを芸の肥やしにする辺りは彼の非凡さを示すものとして受け取りたいと思います。

おっしゃる通り、この作品を文学以外の「告白文的なもの」として読まれるのも一考と思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ライトさん、志賀は小説の神様と評されますが、多くの短編の中に筋の通ったものを感じます。
その中にはきれいごとだけでなく人生のドロドロしたものも感じられます。
でもその中でも彼のベクトルは常に前を向いている。
これが大きな特徴だと思います。
彼のような大作家を前に恐れ多いことですが私の多くの感性は彼に近いものと言えます。
否彼から影響を受けたということになります。

特に影響を受けたのは暗夜行路でした。
この作品の最後に鳥取県大山のふもとで彼の心境(芥子粒のような自分が大自然に溶け込んでゆく心境)が語られますが、これは例えれば仏教思想の涅槃とも似ています。
若いころの屈折はあったものの五十代半ばでこの心境に達した彼に敬意を持ちました。
私の人生観を変え得る作品を残した志賀直哉の作品は今後も読み続けたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

私はあまり、本を読む時間がなく今回の志賀直哉の作品の一部を
読ませて頂きました、人の本能が良く出た作品ですね。

大変勉強になりました、ありがとうございます。

ナイスです。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、彼の作品を読むと人生を堂々と生きていくヒントがみなぎっているような気がします。
人生はいつもきれいごとでないにしても彼のように常に前を向いていきたいものです。
こちらこそナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
この作品は知りませんでした。
過去をそのまま内面に埋もれさせたままにせず、書くことにより新たな出発点につくことが出来るのでしょうね。
彼の誠実さが伺えます。
作品そのものの好き嫌いは別として、彼の姿勢に改めて惹かれました。
ナイス!です。

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、志賀直哉の真っすぐな生き方に好感を持ちます。
自我が非常に強かったと言われる彼ですが、これは志賀家から潜在的に受け継いだ武士道が彼の人格形成に関わったものと考えます。

彼の人生を振り返ると父と確執を起こし和解に至ったという大きな出来事がありましたが、ここに彼の「家」に対する本心が伺えます。
また4つ違いの叔父の存在も「和解」に到る際には大きかったようで、本作も含め一連の私小説に登場しています。

私は彼の私小説を読んで、単品としての作品だけでなく、彼の全体像、人生観に迫ろうと考えています。
そういう意味で本作のように自分の恥とも言える赤裸々な告白記を綴った作品には非常に興味をひかれました。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

文学的な才能も学もない私にとって、とても勉強になりました。。。
NHKの歴史番組を見ているかのように・・・https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s14.gif">
私も若い頃は、生ぬるい基督教徒でした。。。https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a351.gif">

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、考察を頂き恐縮しております。
最初に志賀直哉の小説「城の崎にて」を読んでから四十余年を経ましたが、最近になって私は彼の作品に大きく傾注しています。
その大きな理由は彼の私小説がまるで線のごとく繋がっている点です。
彼の生い立ちを知るうえで、これらの一連の作品はシリーズと言ってもいいのかも知れません。
特に私は暗夜行路に感銘を受けました。
趣味というほどではありませんが、私の最近の神社仏閣巡りも暗夜行路の影響です。
志賀直哉が無神論者であったことは少し意外な感じがします。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

自分の身に起こっている出来事を
小説にすることは、自分と言う存在を
客観視することが出来る様に思います。
私たちは、それを読むことによって、
その作家の内面に触れることが出来、
読み物として読むことも、その作家の
人として歩んだ過程を追体験することも
出来、とても興味深いですね。

同じ書物を時間を空けて読むと、
その時その時で、自分自身のその書物に
対する感じ方が違って、何度も色々な角度から
楽しむことが出来る気がします。

この小説も、「志賀直哉が若い頃の人間的が部分が
読み手に迫って来る」そんな作品ですね。

ナイス!☆

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、私小説は自己の客観視から始まりますね。
多くの実体験をもとに肉付けしていくわけですが、やはり志賀直哉の作品はノンフィクションに近いからこそ読者に感銘を与えるのだと思います。
本作「大津順吉」はそういう意味で迫力のある作品ですね。

私にとって最初は点でしかなかった彼の作品が最近になってようやく線となって繋がってきました。
今、彼の作品に接する時は単に一つの作品として読むのでなく書かれた時代背景や彼の立場の変化にも目を向け、広い角度から彼の心境を考察しようと思って読んでいます。
歴史探訪もそうですが、こうなると放物線を描くように益々興味を増していきます。

「再読」による新鮮な発見は私も自覚しています。
「城の崎にて」も昔と今では捉えるものが違います。
また何よりも私の人生観を変えるに至った「暗夜行路」には神社仏閣や歌舞伎、芝居見物、骨董なども登場し是非再読してみたい作品です。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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