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 小規模古墳と神社の密接な関係
 仙台市南部に多く点在する小規模古墳を巡る旅は今回で3回目を迎えるが、今回紹介する古墳は今までのものと違い周囲は住宅地となっている。古墳の名は城丸古墳、小規模古墳の例に漏れず、「東北古墳探訪」による情報は残念ながら少ない。

今回の小規模古墳のまとめの意味で、三つの古墳の位置を航空写真で紹介する。
△:下飯田薬師堂古墳、□:大塚古墳、○城丸古墳、赤い線:大塚古墳から城丸古墳への移動ルート
 
 下飯田薬師堂古墳の東側(海側)の三本塚という部落にもかつて小規模古墳があったとされることも視野に入れ、私は古代におけるこの近辺の背景をいろいろと推理してみた。
 
 大昔、治水のない時代、川は大雨のごとに洪水に見舞われ、浸食、堆積を繰り返し平野を暴れていた。縄文の昔、そんな自然災害とは裏腹に一方で川は下流域に谷地を発生させ、貝や魚や鳥、小動物など人々の食糧となる野性動物を多くはぐくんだ。
 
 そして弥生時代に入ると上流からの養分を運んだ川は下流地帯を肥沃な稲作地帯にし、より安定した暮らしを人々に与えた。弥生時代の農耕社会はやがて種族的な意味合いの強い部落というものを形成していった。当然のことながら、部落が形成されれば首長の存在は不可欠である。
 
 長い歴史の中には流れ者による侵略と土着の者との闘争もあったことだろう。このような背景で英雄が生まれても一向に不思議ではない。これらの古墳にはおそらくそのような小集団のリーダーや英雄が葬られているのではないだろうか…。

一昔前までは低層の長屋や一戸建てが立ち並ぶ四郎丸地区だったが現在の城丸古墳の近くはこの通り、中高層のアパートが多く立ち並んでおり、町のイメージが大幅に変わってしまった。
 
この古墳は前回の大塚古墳以上に場所がわかりづらく、通りに店を構える食料品店「うえだ商店」で古墳の場所を伺い、親切にもインターネットで調べて頂き、やっと判明した。うえだ商店のご主人にはこの場を借りて厚くお礼を申し上げる次第である。

この道路が右に緩く折れたあたりが目的地の城丸古墳である。

そして到着、ここが城丸古墳である。ちょっと見た目にはただの小高い丘にしか見えない。

周囲は全くの住宅地、航空写真を見れば一目瞭然である。
ただし少し南には豊かな水田も広がっている。

古墳の南東側から見ると鳥居があり、まったくの神社である。
        
         城丸古墳 (大宮古墳)
古墳時代のもので、塚の高さ2.2メートル周囲23メートルで東側と南側が削られている。古墳の上に、湯殿山、山神(二基)、庚申塔、足尾山の碑がある。足尾山碑の下方に「東ハゆりあげゑ 西ハなかだゑ」の道しるべがある。
        
                 城丸明神(仙台市太白区四郎丸字大宮)
昭和21年10月、古川市荒谷の斗蛍稲荷神社を分社、城丸古墳の上に建立する。祭神は斗蛍稲荷明神で男山八幡神社と合社したと言われる。(家内安全・五穀豊穣・商売繁盛の神)
 
 なんと昭和21年に古川市(現大崎市)から分社されたばかり、ということは古墳の上に神社が造られて、まだ66年しか経っていないことになる。

この駒犬もさほど古くないものであることが伺える。
立て札はご覧の通り、かなり朽ちていた。

この山神の祠は相当古そうだが、66年前に分社した時、古川から運ばれたものなのだろうか?これさえも資料不足で調べるすべはない。

庚申塔、よく見ると「天保」と刻まれている。
間違えなく江戸時代のものである。

境内には社殿とともに護り役の詰め所と井戸があった。

境内の側面のほうに廻ってみた。なるほど昭和21年建立を実感できる古さ加減だ。

社殿前から見下ろす参道、ここはおそらく近所の人の散歩の場となっているのだろう。

至近距離からの航空写真でご覧頂きたい。
古墳の前でYの字に交わる道路、どちらが旧道なのか興味深いところである。
住宅地の中には若干の畑も存在する。

古墳の前は現在バス通りにもなっている。
この古墳に葬られている人物もおそらく古代の小集落のリーダーだったのだろう。

今回で仙台市南部の小規模古墳を巡る旅は終了する。
この城丸古墳の目と鼻の先にもう一つの小規模古墳(弁天囲い古墳)が存在する。
しかしその場所を特定できたのは後日である。
弁天囲い古墳の探索は後日、日を改めてまた伺いブログで紹介したい。
                    
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コメント

No title

古墳の上に神社が立っているんですね。
こうやって拝見していると古墳も神社も神が降りる場所に近いとされている高い場所に建てられているのですね。
見落としてしまいそうな場所での発見は探求する者の
興味をとても誘う部分だと思います。
色々な珍しい古墳を知る良い機会になりました。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
こうしたマイナーな古墳に光を当てるミック様の行動力、素晴らしいと思います。
こうした古墳、規模や大和朝廷の支配が東北に及んだ時期等から考えて、古墳時代の終わり頃の物でしょうか?神社が建った事で開発を免れたのかもしれませんね。人知れず消えていった古墳もあるのでしょうね。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、鋭い考察を頂きました。
これは前々回に紹介した下飯田薬師堂古墳の背景にも言えると思いますが古墳の存在は後世の人々の信仰に繋がり、神社建立を経て更にその地域と密接に結びついていったものと推測しました。

今回の探索を終えて気付いたのは名取川周辺には多くの古墳が点在したことです。
ナイル、チグリス、ユーフラティス…視野を広げ世界史に目を向ければ、文明の発生と発展は大河流域に原点を発した経緯があります。

この川はけして大河ではありませんが、昨夜航空写真をにらんでいるうちに、それらの文明発展の経過の縮図が見えてきたのです。
歴史の醍醐味は枝葉のような一つ一つの事象の探索が、いつの間にか幹へと達し、次第に大樹の全景が見えてくる感動にも似ています。
あれから早、一週間過ぎれどいまだに感動納まらないわたくしであります。(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、この時代の背景を考えると大和朝廷との関係が不可欠となりますね。
様々な古墳を見て感じることは明らかに中央権力との関わりが及んだ規模の大きな古墳と今回取材した小規模古墳のようなアウトロー的なものが存在するということですね。

これらについては古代史や古墳関係の文献を読み、新たな知識を得たいと思います。

ブログ等を通じ、多くのかたのいろいろな趣味を拝見してマイナーなものにスポットを浴びせる気持ちは尊く、意義あることと思っております。
私もそのような姿勢に心を打たれて今回の小規模古墳探索に及んだことを追記させて頂きます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

古墳といえば社会の教科書に載ってるような大規模なイメージがありましたが、今回のミックさんの作品をみて大小様々なモノが有ることしり勉強になりました。
ただいま、群馬県の太田市に来ているのですが現場の前にも古墳の看板があり調べてみたら太田市は古墳が沢山ある事が分かりました。機会があれば散策してみたいと思います。

URL | スミチカ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

今回の古墳巡りは終了ですか、楽しませて頂きました!
以前、山本周五郎の作品を検証するために図書館に行き、江戸時代の資料など調べたことがあるのですが、いろんな事が分かって面白かったのを覚えています。徳川御三家ですので、図書館には沢山の江戸時代のものが残って保存されていると思います。

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

私も、戦国武将や名所旧跡を訪ね歩くのが好きで良く行ってましたが、古墳まだは、及びませんでした。

ミックさんの行動力に敬意を表します。
また、続編を期待します。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

航空写真から会見すると河川近くと沿岸にほど近い位置に集中しているのですね!!
なるほど農耕地帯に近い位置なのですか・・・
古墳より、私の好きな足尾山碑(道しるべ)に興味津々https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a451.gif">
江戸時代の道しるべを探しているもので、、、https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a814.gif">https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a461.gif">

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、
ご無沙汰しております
古墳の上にたった神社なんですね、
このような物件?を見ますと、今現在の建築物の前には歴史をたどれば古墳しかり、以前は何があったのだろうか?
もしかしたら川だったかもしれない?などと想像が膨らみます
土地土地の歴史が知りたくなりますね
仙台バージョンの『ブラタモリ』を見てるかのような感じがします(*^_^*)

URL | 湯っこ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

スミチカさん、古墳にはいろいろなメッセージがありロマンもあります。
私も古代人のロマンに少しでも浸りたくて古墳廻りを始めました。
特にマイナーなものには未知な部分が多く、あれこれ推測するのが楽しいのです。
また温故知新も期待しています。

太田市の古墳見れるといいですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、歴史を知ることは大きな喜びであり心の財産と言ってもいいと思います。

山本周五郎は伊達家の騒動で有名な「樅の木は残った」も書いていますね。
私はまだ読んでいないので読破は今後の目標にしたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、評価を頂きありがとうございます。
歴史を知ることは楽しいですね。
私も戦国武将には興味があります。
新潟なら上杉謙信のことももっと知りたいですね。
これからもフットワークを欠かさないようにしていきたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、今回取材した小規模古墳には川が相当影響していそうです。

実は私も道標はよく探しています。
近くは泉区野村、南三陸町二カ所の計三か所をブログに納めております。
いろいろと情報を交換していきましょう!

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひゆさん、仙台版ブラタモリと言われるのはブログ冥利に尽き、大変恐縮しております。
私は傾注者でありますがあえてこれを否定せず逆に持ち味と考えております。
この傾注がやがて強い思い込みを発生させ、このような超モノ好きとも言える行動に駆り立てるのです。

バイク記事も好きですが歴史や風俗、文学もそれに劣らず好きです。
ひゆさんの記事で印象に残っているのは銭湯を紹介した記事です。
確か富士の絵があったと思いますが、風呂上がりのコーヒー牛乳にもショックを受けました。

やはり昭和ロマンは楽しいですね!

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

四郎丸は以前仕事でよく行っていた地域です。
遠見塚古墳は知ってましたが、今回の古墳の
存在は全く知りませんでした・・・
古墳の上に神社を建てたと言うのも、何か意味が
ありそうですよね・・・

資料があまり無いので、調べるのはとても大変
ですが、知られざる事柄の一部でも、解明したい
ですよね!!

ナイス☆!

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、小規模古墳の資料は本当に少なく、多くの場合推定による考察が主になっているようでこの古墳もその例に漏れないようです。
我が国の神社は往時の権力者を祀るものが多いですが、神社の中には古墳を兼ねたものが多く存在するようです。
この手の神社は全国的にまだまだ多数存在するのではないでしょうか。
その辺は今後図書館などで調べてみたいと思います。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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