fc2ブログ
  古墳の上に建てられた薬師堂
 本ブログでは数カ月前に東北の古墳探索を実施することを皆さんにお約束した。現在の実績としては、①雷神山古墳(名取市)②遠見塚古墳(仙台市若林区)③法領塚古墳(仙台市若林区)の3古墳となっている。
 
 ①と②は全国的にも有名だが、③はマイナーな部類に入るものである。今日から3回に渡って紹介する古墳ははっきり言って超マイナーとも言えるもので、過去にヤフーブログでは1件も取り上げられておらず、インターネット検索をかけても事例が2~3しか出て来ないものである。
 
 また存在するインターネット記事も薬師堂建立の西暦と建屋の築年数を間違えたり、未調査ゆえに内容をはっきり掴み切っていないものばかりである。
 
 しかしながら、そのようなマイナーなものにこそ脚光を浴びせるのが本ブログの務めであり、設立主旨であると考え、昨日はこの本で行った下調べを基にそのマイナーな古墳の場所に向かった。

 まず最初に向かったのは仙台市若林区飯田字中橋にある下飯田薬師堂古墳である。私はこの名前を聞いた時に何か腑に落ちないものを感じた。
 
 「古墳と薬師堂は全く別なものではないのか?」という素朴な疑問である。百聞は一見にしかず、とにかく行ってみることにする。

 地図を見ると古墳があるのは田んぼのど真ん中、付近は昨年の震災の津波を被った場所であり、今盛んに除塩作業が行われている場所である。果たして古墳は見つかるのだろうか?…

地図から判断するとどうもあの林が怪しいがそれにしても殺風景である…

私の予感は的中した。
津波を被ってガタガタになった道もあったが、あえてそこを通らなくてもOK。
古墳南側の道路は舗装道路で通行には全く支障がなかった。
オフロードバイクや4駆でなくても簡単にアクセス可能である。
ただし田んぼの真ん中にあるので、ほとんどの人は気付かずに通り過ぎていくようである。

航空写真で下飯田薬師堂古墳の位置を確認して頂きたい。
仙台東道路の東側の海側はほとんど津波を被った地域であるが、中には道路を越えて西側まで被害が及んだ場所もある。

拡大写真である。この古墳が田んぼの中にあるのがはっきりと確認できる。
※注:右が三本塚の部落、左が下飯田の部落である。

以下、不完全と思われるインターネットデ―タを基に私が一部訂正、加筆(今回の震災被害は関係者の聞きこみにより判明)
 
①下飯田薬師堂古墳(所在地:宮城県仙台市若林区飯田字中橋)
 
この古墳は、未調査の円墳で、直径10m、高さ約2mで墳頂に薬師堂が建っている。
埴輪の出土は確認されていない。東側に三本塚という地区があり、古墳が3基あったといわれているが、現在は消滅している。
付近には藤田新田遺跡や下飯田遺跡(航空写真の左側の辺り)などがある。
②下飯田薬師堂
 
下飯田薬王寺別格境内下飯田町内の東に位置する薬師堂は「薬師瑠璃光如来」を御本尊とし脇座には十二神将を従え地域住民からお薬師さんと慕われてきた。
この薬師堂は天保の姑めに大凶作や大洪水そして大地震等が続き、地域住民は苦しい生活を強いられた折、天保十年(1839年)、下飯田の古墳上に伊達将監の家臣大僧正運和尚が地域の安泰と五穀豊穣を祈願して伊達家の命により遷座したものである。
 
嘉永元年と大正十年の二度、年の再建立や大補修を施したが、昭和53年(1978年)6月12日の宮城県沖地震によりひどくいたみ、三度目の保存修理工事を施工し後世に継ぐ。
 
その後2011年の東北太平洋大震災では境内の下の部分が津波で水没、石碑、建屋の一部が損壊、流出するも本殿は幸いにも津波に浸からず原形をとどめる。

残念ながら、インターネットに書いてあったデータはこの立て札をただ書き写しただけのようである。それだけに逆に言うと実態がはっきりしてない古墳とも言える。

私が写真を撮っていると幸いにもこの神社の護り役のかたが見えられ、いろいろと話を聞くことができた。

1839年に建てられた薬師堂や鳥居は古墳が造られてどれくらいしてから建てられたのだろう?
またどんな人物が葬られているのだろう?
この点に関しては未調査のため全くの不明である。

石碑群は明治時代のものが多く、一部昭和のものもあったが、護り役のかたの話によると寛永時代のものもあるということだった。

薬師堂境内の辺りから南西方向を望んでみた。ほぼ正面が下飯田の部落(約200戸)である。
護り役のかたの話によると薬師堂は古くからこの部落の人々の信仰を集めていたということであった。

古墳の東側(海側)である。公共事業だろうか?ご覧のように重機による溝掘り作業が進められていた。
 
重機の向うに見えるのが隣の集落の三本塚だが、立て札の説明通りその昔3基の古墳があったとされる古墳は消滅した(土地開発?)とのことである。
古墳から西に800メートル、私はインターネットにその名が出ていた薬王寺に行ってみた。
ここまで津波が来ている気配が感じられたが、体は成しているようであり胸を撫で下ろした。

次回は「仙台平野超マイナー古墳シリーズ」第2弾をお伝えします。お楽しみに!
関連記事

コメント

No title

今日も楽しいツーリングに連れて行って貰って、有難うございました。
このような古墳巡りをしていると、思わぬ発見もあるかも知れないというワクワク感があるのでは? 記事を読んでいる我々も期待していますよ!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

神社の護り役の方も詳しいことがわからず、ネットにもデーターが少ないとは、謎めいていますね。
建てられた謂れを読んでいると、もっと資料があっても良い感じも
します。
しかし自分の足で出向くからこそ、色々な事が推測できたり
新発見に繋がるんですね。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、この古墳はほとんどの人が通り過ぎてしまう場所にあります。
文献やインターネットを見ない限り知らないことでしょう。
また仮にここに来ても、この立て札を見ない限りこの薬師堂が古墳だったとは誰も思わないことでしょう。

なぜ古墳の上に薬師堂が建てられたのか?そして葬られた人物は?…
謎は深まるばかりです。
意外性極まる冒険、そして古代へのロマン、この日は私自身、ドキドキしながら廻りました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、小規模古墳の中にはこの薬師堂古墳のように上部に建物が建てられたものが多いのです。
それは本シリーズの次回以降にも登場します。
また大木が根を張っているケースが多いのも興味深いところです。
人に知られることもなく、日の目を見ない古墳もたくさんある。
これが今回の古墳巡りの率直な感想です。

確かに解明に繋がる資料が見つかればいいのですが。
興味は尽きないところですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
ミック様の企画、いつも斬新で面白いですね。我が家の周りにも、小さな古墳が点在しており、記事を読みまして、興味が湧きました。

ちょっと自分は、ブログに対して情熱が薄れて、続けていくか迷っています。
ミック様は、今後も皆さんに面白い情報を発信し続けて下さい。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

あの大津波で良く残ったものですね、どこまで。古墳の事が判りか
興味のあるところです。
調べ甲斐が有りますね。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

近辺は古墳だらけのわが町
わざわざ訪れる方がいるのを見て
ありがたいものなんだと再認識
ブロ友terachanさんが古墳めぐりをしておられ
それを呼んで納得しています
うちの前が雄略天皇陵ですが
環濠と思しき場所に住宅が建ってます
罰当たりなことです

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

緑のバイクは、ミックさんの愛車ですね。

ぶっらっとバイクで、古墳の旅。素敵な時間ですね。

古墳に行って、何か昔を感じましたか?

URL | おったん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんにちは。
古墳の上に別の時代のものが重なっているというのも、興味深いです。
長い歳月、そこに暮らす人々の歴史が延々と刻まれているのでしょうね。
ひとつの土地の、そんな歳月を基軸とした見方もあるのかなと思いました。
遠い昔の謎を秘めた古墳めぐりの旅にナイス!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

守備範囲が広いですねぇ~!!古墳散策とは・・・
よく津波からの被害を免れましたね!! 第二弾も楽しみにしていますhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a454.gif">

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、評価を頂きありがとうございます。
やはりブログ存続には強い思い込みが必要だと思います。
正直私も時には挫折しそうになる時があります。

その時に思うのは前にも申し上げましたが「ローマは一日にしてならず。」です。

この日は出掛ける前にこう思って自分を奮い立たせました。
それは「冒険や創作における先駆者は最初は注目されなくて当たり前である。」ということです。
また一つの小規模古墳探索で終わってしまえば知り切れトンボとなりさほど価値のないものになるでしょう。

そういう意味で私は本シリーズ完結にこだわりました。
でも結果は狙い通りには行きませんでした。
4か所目星をつけたうちで、今回行けたのは3か所だけでした。
これは次回の課題としたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、この薬師堂は地上から2メートルの高さに建っており、水没を免れました。
今回の探索で気付いたことは実は知られていない古墳は日本にたくさんあるということです。
記事にも書いた三本塚古墳は津波の前に消失(おそらく土地開発と思われます。)しました。

私はこのようなマイナーな古墳を調べることが更なる郷土史解明への手掛かりとなることを祈念しております。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あぶさん、一昨日最初に訪れこの情景を見たとき、古墳の上に薬師堂が建てられ、ここに葬られた人は果たしてなんと思っているのだろう?という印象を持ちました。

確かに古墳の上に建物が建つパターンは多いようですね。
今回のシリーズでは今から紹介するもう1件がこれに該当します。

それと小規模古墳には大木が繁っているパターンも多いようです。
これも近日紹介したいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おったんさん、この日感じたことは二つ(歴史的史実と人々の信仰に潜むロマン)ですね。
史実として私が知りたいのは薬師堂が建つまでのこの古墳と、建った後の比較です。

今となっては想像に委ねるしかありませんが、古代権力者の墓標と薬師堂がどう結びつき、人々の信仰とどう重なったのか、これにはなんらかの伝説的な逸話があったのかも知れません。
謎の解明を仰ぎたいところです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、おっしゃる通りこの地は古代から中世にかけて、いろいろなものが動いたのかも知れません。
権力者でしょうか?それとも霊能者?
それを考えるのも歴史ロマンと言えるのでないでしょうか?
また近くのの大小の古墳との関連も気になるところです。

この古墳と薬師堂の歴史を追う時、ここに或いは実社会の縮図が見えてくるのかも知れません。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、今回は少し趣向を変えて小規模古墳に挑みました。
時代が時代だけにかなり不明な点が多いですね。
それだけに想像も膨らみます。

今後もマイナーなところほどスポットを当ててみたいと考えております。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

古墳の中には、詳細が全く明らかになっていない
古墳もあるんですね。
ただ、どんな古墳にしても、昔の方々が手厚く
葬った方であることは確かであり、それを探り
当てられたら、誰も知らない扉を自ら開けた様で、
ワクワクしますよね!!

超マイナー古墳シリーズ、楽しみにしてまぁ~す!!
ナイス!☆

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、どんな人物がどんな背景で葬られたのか。
探れば疑問が疑問を呼ぶ古墳探索ですが、時として個別なものを積み重ねるうちに仙台平野の全体像が見え隠れすることがあります。
それゆえに古墳巡りは放物線状に興味が増してゆきます。

多くの文明が大河のもと(ナイル、インダス、チグリスユーフラティス、黄河…)に拓けたように、広瀬川流域もけして例外でなかったことが判明してゆくのです。
古代の仙台平野を探ることによって我々のルーツを知る。
このシリーズではその感動を少しでも読者のかたにお伝え出来ればと思い掲載に踏み切りました。
また掲載によって新たな横のつながり(情報網)が増えるもの大きなメリットですね。

ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)