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 この道の向こうは何があるのか?
 最近ある本が私の好奇心に火を点けた。その本とは河北新報発行センター発行、著者西大立目祥子「仙台まち歩き」である。この本を一言で言えば「フットワークと地場のかたの聞き込みを取り入れた肩の凝らない郷土史」といったことになるだろう。

私の好奇心に火を点けた写真はこれである。
説明がなければなんの変哲もないブロック塀脇の小路にしか見えないだろう。

 同書に掲載されていた地図を見て欲しい。実はこの小路は昔水路であった。これは仙台藩主、伊達政宗が作った四谷用水の跡のようにも見受けられるが平成19年3月発行の「仙台市青葉区通町地区平成風土記」によると北山の山腹を発端としる湧水と書かれている。
 
※明治38年(1905年)ころの地図をよく見て頂きたい。水色の部分が水路で黄色が現「酒のやまや」の場所である。やはり左(西)の端から湧き出た水が三つの大きな通りを横切って右側(東側)へ抜け、やがて南に向かい広瀬川に注ごうとしていることがわかる。

 続いて同誌に掲載されていた大正期の地図を見て頂きたい。やはり明治後期と同じように三本の通りを水路が横切り、通りにはなんと橋まで架かっているのが確認できる。(もちろん現在はこの橋は無くなっている。)
 
 水路が右端でぶつりと切れているのは、新たに造られた競馬場に当たり地下水路に変更されたものと推測され、そのいきさつが非常に興味深い。

 再び話を現代に戻そう。「仙台まち歩き」の地図に描かれた周辺は今はすっかり住宅地になっていまったが、郷土史を調べると江戸時代から明治にかけては通町の沿道は町人の住宅、裏には田や畑が広がるのどかな地帯であった。
 
 果たしてこの地図の水路跡(現小路)は大正期の地図と一致するのだろうか?こう思うと私は居ても立ってもいられない気持ちになり、休みになったら是非探検してやろうという気になった。

 きょうの探検の方針を航空写真で説明する。まず、黄色○のところにバイクを止めAセクションを探検し、次に来た道を引き返してBセクションを探検しようというものである。
 
※赤線とオレンジ線がきょうの探検のルート、黄色線が地下鉄のルートである。
ちなみに東西の端から端までは約1キロの行程である。

本に掲載された場所を逆方向から撮影してみた。
正面に見えるのは通町沿いの店「酒のやまや」である。
確かに草が生えている場所が水路跡に見えないこともない。

この場所の航空写真である。(矢印が撮影点)
 
 矢印の上の屋敷に注目して欲しい。屋敷の裏に庭のようなものが広がっているのが確認できるが、これこそ昔の畑の面影をかすかに残すものと言えるのかも知れない。
 
 通町沿いの青い屋根の建物の上に写っているのは天保年間(1830~1844)に作られた土蔵造りの家で元は町の自治を取り仕切る検断屋敷だったとのことである。
 
 この土蔵の屋敷はかつて私のブログにも掲載したが、惜しくも昨年の震災の被害を受けて取り壊されてしまった。

西に100メートルほど進んでみた。道がくの字に曲がっている。
水路らしき跡は依然として続いている。

航空写真で確認して頂きたい。矢印が上の写真の撮影点である。

更に150メートルほど西へ。なにか復路小路っぽくなってきた。

ここでついに行き止まり
突きあたりは民家だが、地下を通っていると言われる水路はどうなっているのか?
謎は解けず仕舞いだった



と思いきや、右を向くとこの通り。
この階段の先はどこかの会社の中の通路となって表通りに繋がっていた。

航空写真で確認して頂きたい。
破線部分が某会社の通路となっている部分である。
このように表通り(北山通り)に繋がっているのが確認できる。

そして今来た道を引き返し、通町を横切りやまやの脇で撮影。
やはり水路跡らしきものが確認出来る。

ここからはBセクションである。今度は東に向かって進む。

この丸いガラス(ステンドグラス?)の建物はカトリック教会である。
水路跡らしきものはここでも確認できる。

更に200メートル近く進むと道はクランク状(今来た道と5メートルほど偏芯)になり仙台浅草商店街となった。もはや水路跡は確認できなかった。(仙台浅草は北仙台の本通りとT字状にぶつかって終わりとなるため、探検はここで終了とする。)

オレンジ線が仙台浅草である。面白いことに航空写真にはテナントの名前が書かれていた

時刻は11時を過ぎた。少し早いが当初の目標を達したので帰ることにした。
好奇心を満たせたこの日の小路(兼水路跡)探検であった。
                      
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コメント

No title

今日の散策はまた一風変わったもので、楽しく読ませて頂きました。ミックさまのお陰で、小生も仙台には詳しくなりました。
〆はやはり「麺」でした!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんばんは、

四谷堀は取り入れ口の郷六から大学病院辺りまでは、昭和35年位までは流れが見られました。
今は完全にコンクリートで覆われてしまいました。
昔の土橋通りまでは、今は歩けるようになっています。
一部、分流跡が大学病院内に残っているようです。
今でも本流に水は流れているようですが、そのまま梅田川に流れているようです?
賢淵近くの文殊堂下はトンネルになっていて、隙間から中へ入れて、四谷堀の水路を見る事が出来たのですが、今はどうなっているのかは判りません。
危険だから封鎖でもされているんでしょうかね?
小学、中学時代の事ですが、思いだしました。
これからも、仙台案内楽しみにしています。

URL | ginrin ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

郷土史は自分の住んでいる土地だと尚更、興味がわきますね('∀`)
探検の過程にも、それに関わる歴史も調べられているのが
とてもミックさんらしい追求の仕方だと思いました。
水路跡は確認出来なかったのは残念ですが、充実した時間だった事と
思います。
味噌ラーメンも昔ながらの具材が、とても美味しそうです。
私は七味をかけますhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a333.gif">

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
今日の探索記は、面白い切り口からのアプローチですね。えらく狭い所にもどんどん入っていき、ちょっと勇気が要りますね。自分なら、尻込みしてしまいますね。
身近にあっても、一生通る事のない道も有るでしょう。そういう事が勿体なく感じられました。有り難うございました。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、おほめ言葉を頂きありがとうございます。
ものには勢いという言葉がありますが、自分がこだわったものはほとぼりが醒めないうちに即調べ上げ、ブログに都度アップしていきたいと思います。
私にはそれが唯一の取り柄と考えています。
これからも行動第一を考え、いろんな企画に取り組んでいきますので宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

銀輪さん、ご覧になりましたでしょうか?四谷用水は先々週のミヤギTVのOHバンデス(さとう宗幸さん出演)で既に放映されております。
その中では八幡町周辺の同堀の様子が鳥瞰の絵入りで詳しく説明されました。
この堀は今後私のブログでも取り上げたいと考えておりますので宜しくお願致します。
PS:この日は小路の探索がメインでしたが転じて四谷用水になってしまいました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、奥の深いご考察を頂きありがとうございます。
お察しの通り、一見一つ一つの事象を追っているように見えながら、実私はは大きな歴史の流れを追っているのです。
この路地の探検が藩政時代の仙台藩への探究にも繋がることは非常に夢溢れることであります。
人々の生活用水として果たしたこの堀の役割は極めて大きいと思います。
今後もこの用水や路地のことは重要案件と考え、手間と時間を惜しまず、取材を重ねてゆきたいと考えています。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、最大の褒め言葉を頂き、恐縮しております。
読者のかたにそういった感情をもって頂くことはブロッガ―冥利に尽きることです。
これからもこういう焦点を外すことなく興味ある記事をどんどんアップしてゆきたいと思いますので宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんにちは。
1冊の書籍を頼りに過去の町並みを想像しながら街を巡ると、そこにまた別の見え方が広がって楽しいものですね。
水路が地下茎のように伸び、町の歴史を繋いでくれそうな気がします。
興味尽きない路地裏探検にMN!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

旧跡の跡を訪ねる、私もとても好きです。

話が変りますが、テレビでタモリさんがやって居るブラタモリを
思い出しました。
所所に旧跡が残っているものですね。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、MNありがとうございます。
冒険心を満たすのは少年のころに帰った思いであり、胸のときめきを感じます。
実は記事の一部に誤りがありさきほど訂正しました。
ある文献によると、この堀は伊達政宗の遺産でなく湧水だったようです。
また新たに明治期と大正期の地図を付け加えましたので宜しければご覧ください。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、そう言えばブラタモリでも東京の下町の路地を探検する企画がありましたね。
この道のさきになにがあるのかという心は人間の本能とも言える冒険心をくすぐるものです。
この日はいつの間にか童心に帰って冒険していました。(笑)

すみませんが記事の一部に間違いがあったのでさきほど訂正しました。またこの場所の明治期と大正期の地図を付け加えました。

宜しければご覧ください。
ナイスありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

このような散策大好きです。。。
以前四谷用水散策をやってみようと思っていたら先を越されましたねhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a814.gif">
この辺りの自転車屋に通ってます。。。いつでもチャンスたのに・・・ありがとうございましたhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a459.gif">
勉強になりましたhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a287.gif">ナイス!!

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、ここはてっきり四谷用水の一部と思っていたのですが、よく文献を調べたら輪王寺と覚範寺の間あたりから来ている湧水ということでした。

ここから南の水路は四谷になるようです。
私も次は四谷用水を探索してみたいと思っています。
情報交換を期待しています。
ナイスありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

昔の水路の探検、とっても興味深く見させて
頂きました。
協会の横の通りは、よく車で通りますが、
その直ぐ裏手がこの様になっていたとは・・・
驚きと感動でいっぱいです https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s316.gif">

昔と今を比べてみると、色々なことや物が
浮き彫りになって来て、新たな発見がありますね。

今日も、素晴らしい探検記を本当にありがとう
ございました!!

ナイス!☆

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、評価を頂きありがとうございます。
本記事は明治、大正の地図、航空写真を取り入れることによってこの水路がどんな変遷をたどったのかをわかりやすくイメージして頂くよう配慮しました。
今回の探索で気付いたのですが、カトリック教会の西隣は現在空き地となっていますが、大正期には仙台軌道の通町駅があったのですね。

藩政時代は職人町であり、やがて商業地に変遷して行った往時の通町の町並みが偲ばれます。
また仙山線や地下鉄との関係を思うとこの辺りは古くから仙台市北部の交通の要衝とも言うべき場所だったことがわかります。

今回の探索で、この小路の正体が湧水を流すための水路跡であることが判明しましたが、路地裏の探索はテーマを決めると一層興味深くなることを実感しました。
今後もこの好奇心を失わないよう、新たな探索に取り組んでゆく所存です。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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