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  歴史の香り漂う南小泉と若林城跡を訪ねる
 本ブログでは過去二回に渡って若林区南小泉地区にまつわる歴史について、参考文献を加味、参照しながらお伝えしてきた。
 昨日はその延長を兼ね、この地区をバイクで探訪してきた。この日のターゲットは①今やすっかり住宅地となった南小泉地区における農地を見つける(書籍:真山青果著「南小泉村」に詳しく記載)ことと、②伊達政宗第二の居城とされる若林城を探索することである。
 ここは若林区役所から南に三百メートル、景色を見る限り閑静な住宅地で昭和初期の農地の面影はまったくない。

これは農業用の用水堀(六郷堀)のようだが、かろうじて昔農地だった面影を偲ぶことができる。

※地図でこの日のルートと撮影地点を御確認下さい。
1:上の二枚の写真の撮影場所。

20分ほど周囲を探し回ってようやく農地を発見!(撮影地点2)
胸をなでおろした。感動の瞬間であった。
おそらく南小泉で現存する唯一の農地と見られる。

 次に第二の目的である若林城の探索である。
若林城址は今では宮城刑務所となっており、周囲にはこのような立て札が見られる。
 
 立て札をよく読むと当所(宮城刑務所)の管理する区域から云々となっていたので私は管理する区域の外部からの写真撮影は問題ないものと判断した。

ここは3地点からの撮影である。木々がなければ若林城の土塁が確認できるのだが、残念ながらうっそうとした樹木に覆われ土塁の盛り上がりは確認できなかった。

同地点より北側を撮影、窪んだ堀が確認できる。

航空写真を見ると林と堀で囲まれた宮城刑務所の輪郭がはっきりと確認できる。

時刻は11時半、腹ごしらえをすることにする。
私はどうせ食事をとるならなるべく地域に根差した大衆食堂と考え、この中華料理店「博龍」とした。(地図の4地点)

 もやしあんかけ焼きそば¥550、味、ボリューム満点、しかもヘルシー&リーズナブル!
この日は気温29度と結構暑かったが、私は店の良心を感じながらありがたく頂戴した。おかげ様で元気を頂いた。

店を出て5地点で撮影、これは刑務所の南側の塀である。

18世紀末の若林城の絵を参照して頂きたい。
さっきの航空写真と見比べると全く同じ敷地の輪郭であることが確認できる。

『若林城』
仙台藩祖伊達政宗の晩年の居城。
 当地は戦国時代の領主である国分氏の城があったとされ、城の北側では同時期の屋敷跡が発見されており、薬師堂(陸奥国分寺跡の地)門前の町場とともに、一帯は政治的、経済的拠点であり交通の要衝であった。
 城の位置の選定にあたっては、これらの利点を考慮したと考えられる。現在の『若林区』の
区名はこの若林城に由来している。
 
 この城は広瀬川の自然堤防上の微高地に立地する平城である。寛永4年(1627)築城が開始され、翌年完成した。城の規模は東西約400m、南北約350mである。縁辺には土塁、
その外側に外堀をめぐらす。
 
 北東隅・北西隅・南辺の中央部に張出しがあり、出入り口は大手門と考えられ、西辺をはじめ、東辺の中央に設けられている。また内部には政宗の居住の他、櫓が構えられ、庭園も造られたとされる。
 城の周囲には家臣の屋敷や米町、絹布町などの町屋敷が置かれ、小城下町(若林城下町)
が形成され、実際に幾つかの家臣の屋敷跡が発掘されている。政宗は晩年正月の行事などに
仙台城を訪れるほか日常生活の大部分は若林城で過ごしたが。寛永13年(1636)政宗の
死後、若林城下町とともに廃された。

 城内の建物は寛永16年(1639)建設中の仙台城二の丸などに移され、跡地は薬園などとして利用された。明治12年(1879)宮城県集治監が建設され、現在の宮城刑務所に至っている。
 
 ***
 
 最後に6地点でこんな町名の入った石碑を見つけた。「古城」とはかつて古い城が建っていたことによる命名ということである。このような由緒ある町名は是非後世にも残して欲しいものである。
 
 1600年に築城した仙台城(青葉城)は有名だが、政宗が晩年近くになってこの城を築城し、住んでいたのはあまり知られてない。しかも第二の城下町を形成しつつあったのは驚きである。戦国の世、野心に生きた男はここでもそれを捨てきれなかったのだろうか?私は在りし日の彼の大いなる野望を感じながらこの地を後にした。

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コメント

No title

若林城跡は刑務所になっていたのですか、残念なこと!
それにしてもミックさんは、マメで几帳面ですね! 小生などは、かなりいい加減ですが・・・!

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

過去の形跡を辿っていく事で
時間の流れで変わってしまった場所が、はっきりとわかりますね。
残して欲しい歴史的な価値のある建物などが忘れ去られてしまうのは
残念ですが、少しでも形を知ることが出来る物を発見できるのは
今後も価値のある資料になると思います。

もやしあんかけ焼きそば、シンプルでとても美味しそうですね('∀`)

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
伊達政宗が、晩年を過ごした場所があったとは知りませんでした。小学生時代は城マニアだったのですが…。
丹念に歩いて歴史の痕跡を訪ねるのも楽しそうですね。自分は、自宅一階の職場と自宅二階を毎日行き来しているだけなので、脳が退化してきています。

URL | ひがにゃん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

城跡が刑務所に……こればっかりは入れませんねー。
残念ですが、そんなケースもあるのかという、新たな発見になりました。

あんかけ焼きそば、おいしそうです!
今日もごちそうさまでした。

URL | みきてぃ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、城跡が刑務所とは意外な変遷と言っていいのかも知れません。
地道に取材して積み重ねる。
それだけが取り得ですが今後とも宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、この日のテーマとして二つのテーマがありましたが、一つ目の真山青果の「南小泉村」に登場する農地(畑)を見つけたのは嬉しく感じました。

二つ目の若林城は草木がうっそうと茂っており土塁の確認ができなかったのは残念でしたが、周囲の堀にかろうじて往時の面影を見出しました。
こういうこだわりのある探索は今後も続けていきたいと思います。

もやしあんかけ焼きそば、確かに大衆食堂ならではのシンプルさが光る逸品だと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ひがにゃんさん、若林城は伊達政宗の築いた第二の城ということになりますが彼は遺言でこの城の中の屋敷を撤去するように言い残しています。
これは幕府に対する何らかの意図があったように感じられます。

今回は仙台の観光名所にはない穴場的な場所を紹介させて頂きました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ライトさん、城という閉鎖された空間は刑務所と共通のものを感じますが、一方は防御のための閉鎖、もう一方は相対する目的での閉鎖で使われているのが印象的です。

こういう大衆食堂をよく利用しますがこの日の店とメニューは当たりでした。
もやしあんかけ焼きそばは薄味の東京風で好感を持ちました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん、こんにちは。

バイク旅行は憧れますね、もう少し若ければ実効出来るのですが
もう体が効きません。(笑)

ミックさんのお写真で楽しみました。又お願いします。

ナイス!です。

URL | 好日写真 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ご訪問頂きありがとうございます(_ _)
私もKawasaki好きで、KLやニンジャ、Z1300も乗りましたhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a349.gif">
オートバイもイイナァ~!!と時々思います。
あんかけ焼きそば美味しそうですね!!「博龍」ですね、、、今度行ってみます。
是非とも情報交換させて下さい。ヨロシクお願い致しますhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a459.gif">
以前、若林城へ行った時のブログです。宜しければ・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/m_rosso04/37658117.html

URL | M.ROSSO ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

好日写真さん、初コメントをありがとうございます。
そう言って頂き光栄に思います。
私も好日写真さんの植物の写真を見るのを楽しみにしておりますので宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ロッソさん、コメントを頂きありがとうございました。
テーマを決め、かなり細かく調べフットワークも使っておられるので感心しました。
郷土史を探るうえで情報交換は有意義なことですね。
この出会いが非常に大きなものになるような予感がしております。
今後とも宜しくお願い致します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
城跡に刑務所が建つというのは珍しい例ですね。
最近は城跡に新たな城郭を再現する例を見ることもありますが、土塁がすっかり草木に覆われて小山のようになっている風景が、そこに流れた長い歳月を感じさせて趣を感じます。
昼食時の美味しい出会い、それもまた旅の楽しみですね。Nice!

URL | はぐれ雲 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

はぐれ雲さん、Niceを頂きありがとうございます。
皆さんのHPやブログも拝見しましたがこの土塁のアングルが一番往時の城跡を彷彿させるものだと思いました。
写真の草木に隠れた土塁ですが、この堀の織りなす直角のアングルを撮影するには広角カメラが欲しかったが、その辺をお伝えできなくて申し訳なく思います。

昼食時は郵便配達のかたも来ており店の活気と繁盛ぶりも肌で感じて参りました。
地域に根差したこういうお店にこれからもスポットを当てていきたいと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

恥ずかしながら、若林城の存在は、全く
知りませんでした・・・
しかも、伊達正宗が晩年住んでいたことも、
初めてお聴きしました。
そのお城が今は、刑務所になっていると言うのも、
驚きでした!!
その土地土地の歴史を調べていくと、驚きや
感動に出会うと言うことを実感しました!!

ナイス!!

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、ナイスありがとうございます。
今回、この界隈は南小泉の南隣ということで巡ってみました。
実は若林城はサブテーマで、真山青果執筆「南小泉村」にうたわれていた農地の確認と往時の面影を探るのがこの日のメインテーマでした。
農地は一箇所だけ見つかったのですがあとの痕跡は見つかりそうもなかったので取材対象を若林城に切り替えたのです。

この若林城周辺は藩政時代に城下町を形成しつつあったというところに興味を惹かれました。
また刑務所の敷地の中を農業用水だった六郷堀が通っているもの面白い既成事実です。
古城周辺は調べればまだまだいろんなことが出てきそうですね。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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