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 彼の思想をはぐくんだ散歩とは?
阿部次郎(哲学者、美学者、作家)1883~1959

                略歴(Wikipedia版を編集)
 山形県飽海郡上郷村(現・酒田市)大字山寺に生まれる。荘内中学(現山形県立鶴岡南高等学校)から山形中学(現山形県立山形東高等学校)へ転校。校長の方針に反発し、ストライキを起こして退学。その後上京して京北中学校へ編入。
 
 1901年(明治34年)、第一高等学校入学。同級生に鳩山秀夫、岩波茂雄、荻原井泉水、一級下に斎藤茂吉がいた。1907年(明治40年)、東京帝国大学に入学後哲学科を卒業。夏目漱石に師事、森田草平、小宮豊隆、和辻哲郎と親交を深めた。
 
 1914年(大正3年)に発表した『三太郎の日記』は大正昭和期の青春のバイブルとして有名で、学生必読の書であった。慶應義塾大学、日本女子大学の講師を経て1922年(大正11年)、文部省在外研究員としてのヨーロッパ留学。同年に『人格主義』を発表。真・善・美を豊かに自由に追究する人、自己の尊厳を自覚する自由の人、そうした人格の結合による社会こそ真の理想的社会であると説く。
 
 帰国後の1923年(大正12年)東北帝国大学に新設の法文学部美学講座の初代教授に就任。以来23年間美学講座を担当。1941年(昭和16年)、法文学部長を経て1945年(昭和20年)、定年退官。1947年(昭和22年)帝国学士院会員となる。1954年(昭和29年)、財団法人阿部日本文化研究所の設立、理事長兼所長を務める。
 
 大正末年から『改造』に連載した『徳川時代の藝術と社会』を著す。阿部はここで、歌舞伎、浮世絵といった徳川時代芸術を批判、抑圧された町人たちの文化と説いた。哲学者や夏目漱石門下の作家らとの交流や、山形で同郷の斎藤茂吉や土門拳との交流は有名。
 
 1958年(昭和33年)脳軟化症のため東大附属病院に入院。1959年仙台市名誉市民の称号を贈られた同年、東大附属病院にて死去。(満76歳)現在、酒田市(旧・松山町)の生家は阿部記念館となっており、東北大学には阿部次郎記念館がある。
 
         ***
 
 少し前の私のブログにも紹介したが、日ごろ書籍の山に囲まれて暮す阿部にとって散歩は欠くことのできない行為であり、思想を消化させる手段でもあった。それだけに70年~90年前の彼が仙台市内のどんなルートをとって散歩をしていたのかは私にとって非常に興味を引かれるものだった。
 
 私はきょう10時少し前にバイクででかけた。幸いなことに朝夕すっかり涼しくなった仙台市内の昨今のたたずまいは私の足取りを思いの他軽くしてくれていた。最高気温は29度と確かに暑かったがひと時の猛暑とは明らかに異なり、マイルドな暑さといったところだろうか。
 
 最初に訪れたのは東北帝国大学時代に彼の住まい(官舎)のあった若林区土樋(つちとい)である。周囲は閑静な住宅地である。

残念ながら彼の住まいは6~7年前に既に解体されており、今は往時を偲ばせる庭木と庭石が存在するだけである。

 ここで現在地と散歩で歩いたと思われるルート(阿部次郎記念館の研究員(情報科学博士)のかたから聞いた話を基に私が推定)を説明しよう。Aが現在地(旧居跡地)である。
 
 矢印は書かなかったが学芸員のかたの話によると阿部はこのルートを左廻り(時計の針の向きと反対)していた(所要時間約1時間)ということである。
 
 当時は戦災前の仙台のこと、ビルもさほど多くなく、現在とは比較にならないほど見通しが効いたはずである。はっきりとした確証はないが、彼はおそらく歩いて気持ちのいい川沿いにルートを取ったと私は推測した。

これはB地点から広瀬川下流(彼の自宅の方向)を望んだ写真である。
都心近くを流れる川とは思えないほど緑に恵まれている。
彼も散歩の時、こんな河畔の風景に目を奪われたことだろう。

上流の河原では学生と思しき人たちがバーベキューに興じようとしているところだった。

そしてC地点の阿部次郎記念館に到着。幸いきょうは土曜日でも開館しているようだ。

中に入ると生前彼が愛用した机がでんと置いてあった。
博士の説明によると、以前東北大学のほうにあったものをここに持ってきたとのことである。
ここで40分ほど学芸員のかたから彼にまつわる詳しい話を伺った。

ここはD地点の御霊屋橋である。これは新しい橋だが当時彼が通った時代はどんな橋が架かっていたのか興味を引かれるところである。

DからE地点に向かう途中の坂(通称鹿落坂)から広瀬川河畔を望んでみた。
鮎釣りだろうか?釣り人もやや涼しさを感じていることだろう。清流の中で気持ちがよさそうだ。

ここはE地点。以前にも紹介したが震災以前、鹿落旅館が建っていた場所である。

E地点から逆方向を眺めてみよう。方向的には八木山入口の方角である。
このように高層のマンションビルが建っており、崖下の仙台市街地のビューは残念ながら望めない。

F地点、ちょっと寄り道をしてみた。ここは彼の散歩コースから少し離れている。
ここは東洋館という老舗割烹で彼が生前、多くの学者仲間と歓談した場所である。

落ち着いたたたずまいの日本家屋、当時は眺望に優れ2階からはおそらく仙台市内を遠くまで見渡せたことだろう。

G地点、ここは八木山入口である。八木山の大規模宅地が造成されるずっと以前の当時はきっと住宅もまばらだったことだろう。この寺の前を彼はほぼ毎日歩いていったに違いない。

G地点ではこの佐重商店の前にバイクを止めさせて頂いた。
この商店は昨年の震災翌日の3月12日、良心的に店を開けていてくれたところであり、仕事帰りの私が食料を調達した店であった。
 
おかみさんとは1年半ぶりの対面だった。
「困った時はお互いさまですから」と店のおかみさん。
私はおかみさんに厚く礼を述べ清涼飲料を購入した。

これは少し散歩ルートを離れたFとIの中間あたりである。
ある文献によると彼は気が向くと八木山の大年寺山にも足を運んだようである。
ここは数少ない往時の面影を顕著に有する場所なので写真に納めた。

H地点、愛宕神社。博士の説明によると、散歩の帰り道にかれはこの神社に寄ってお参りするのが日課だったとのことである。

 これはI地点、私は幼少のころ、親父の仕事の関係でこの近くの官舎に住んでいたことがあり、土地勘があった。ここは旧道であり愛宕大橋(仙台~秋保~山形に向かう国道286号線の通る橋)ができる以前は目抜き通りだったところである。
 
 「割烹松屋」の看板に私は驚いた。こんな場所に割烹があるとは意外だった。(割烹があるのは看板の奥の脇道を50メートルほど入ったあたり)
果たしてこの割烹はどんな人々が利用したのだろう?
ここも老舗風の割烹であり非常に興味をひかれる。
 
 阿部が散歩していたころ、この辺は住宅がまばらだったと推測される。
神社でお参りを終え、彼はきっとのんびりとした風景を楽しんだことだろう。

愛宕橋のほうに近づいて後ろを振り返ってみた。正面に見えるのは大年寺山。
山の上に建つアンテナは仙台放送のものである。
曲がりくねった道がいかにも旧道であることを思わせる。

愛宕橋の手前から対岸の自宅方面を撮影。対岸の七郷堀取水口が確認できる。
これで散歩コースを一通り巡ったことになる。
 
こうして廻ってみると1時間の散歩コースの長さの質と量が改めて実感できる。
昔の人は健脚だったというが彼もその例に漏れず健脚だったに違いない。
時代は大正から昭和初期にかけて。情緒あふれる仙台西部の町並みと広瀬側の河岸段丘のおりなす自然の妙を彼は深く味わったことだろう。
 
またこのルートを巡る途中で彼は様々な思考を浮かべたに違いない。
最後に在りし日の彼のエスプリ(才知)に改めて敬意を払い、私はこの地を後にした。

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コメント

No title

阿部次郎さんの散歩コースは色々な想いと共に進んで行かれたと
思います('∀`)
資料館の方が親切に教えてくださったのも、良かったですね。
解説を書きながら写真を選んでいる時も、散歩同様に清々しい気持ちで書かれているような気がしています。
面影を残されている場所を見つけた時の喜びも目に浮かぶようです。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさまのお陰で、今日も素敵な散歩ができました。貴兄は単にルートを辿るだけでなく、そこを歩く阿部次郎の心境も想像されていますが、読んでいて楽しく感じますね。

URL | 行雲流水 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

joeyrockさん、昨日は在りし日の彼を偲び、なるべく往時の彼と近い心境になるように心がけてこのルートを巡りました。

往時から今日に至るまで仙台空襲という大きな出来事があったのでそれを考慮して、いろいろな推測も試みました。
そんな中で今なお残っている老舗旅館、写真には紹介しなかった旧宅跡の奥のコンクリート製書庫がまるでセピア色になって私の前に浮かびあがりました。
この感動は忘れられません。

多くの作家がそうであるように散歩は思考を助け、創作活動を増進させるものであるということを実感した昨日の小旅でした。
PS:神社仏閣、史跡巡りもこれに相応するものであると思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

行雲流水さん、奥の深いお言葉を頂き恐縮しております。
ご指摘の通り、ただこのルートを巡るだけでなく往時の彼の心境を察しながらこのコースをたどりました。
いまだに自然を残す広瀬川の環境は往時の彼の思索、創作を進めていくうえで大きな手助けとなったことを肌で感じました。

読書にひかれるきっかけとして著書から著者にひかれるパターンと著者の人となりから著書に移行するパターがありますが、今回は後者のほうになりそうです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

散歩の散は種々雑多な物事を整理整頓
いらないものを散ずるからきているそうです
一歩一歩足を運びながら人生を整理する
僕なんか歩きながらいらないものたくさん拾ってきそうで・・・
人生道半ばどころかまだ取っ掛かりのようです
幸い 脳軟化症にはならずにすみそうですが(^^)

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あぶさん、散歩を愛する心も人生には必要ですね。
私は性格的に一通りの少ない裏通りや細い道を好みます。
確かにそこには人生の悲哀が落ちているのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。

ミックさん、散歩って知識を高めるものなんですよね。
ただ、モクモクと歩くのではなく、
一人孤独な時間は貴重な時間です!見るモノを多方面から感じながら歩くと違った見方も出来るでしょう~

阿部次郎さん
偉大な文学者でした。
数年前に酒田の土門拳の記念館に行きましたが交流があったんですね。

広瀬川の岸辺で彼は様々と考えたことでしょう。

感性って大事ですね。

ミックさん、おたまやばし!懐かしく見入りました!(~o~)ナイス

URL | ミント ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミントさん、ナイスありがとうございます。
土門拳も阿部次郎も庄内地方出身ですね。
私は土門拳記念館は行ったことがありませんが、阿部次郎の旧松山町の生家には二十数年前に行きました。
確か生家は最上川のすぐ近くだったと思います。
彼は仙台時代、広瀬川河畔を好んで散歩したようですが、きっと青少年期の最上川の思い出と多少重なることが脳裏にあったのでしょうね。
私はまだ彼の作品を読んでないのでこれから読みたいと思っています。
研究員のかたのお話だと人生後半のエッセイもお勧めだと言って居られました。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさん こんばんはぁ~☆!

偉人がどの様な風景を毎日見ていたかということには、
本当に興味を惹かれますよねぇ~!!
まだビルの少なかった仙台は、少し高い所から
望めば、見晴らしのいい景色が広がっていた
ことでしょうねぇ。

やはり、散歩は、気分転換や思考を整理するのに、
大きな効果があるんですねぇ。
以前にも早朝散歩の効用をお教えいただきましたよね。

散歩を日課にすると、良い効果が沢山ありそう
ですね。

URL | Maya ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Mayaさん、音楽家、作家、芸術家…、その分野を問わず多くの創作家で散歩を日課にしているかたは多いと思います。
特に室内にこもる仕事の場合、散歩の効果は高いと思われます。

仕事に関わらず物事にふと行き詰ったとき、散歩は人に発想の転換をもたらしてくれるものでないかと思います。
古都や名勝地へ足を運ぶのもいいですが、毎日というわけにはいきません。

仮に散歩で毎日同じコースを廻っても風景をいろんな視点で見ればけして飽きないはずです。
おそらく在りし日の阿部次郎も日々の散歩道を廻りながら、そう思い、散歩の効果を十分実感していたことと思います。

そういう私は日課とは言えませんが、気分を入れ替えたい時に随時実践しております。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

トラックバック ありがとうございます。

ミックさんのブログと出会う以前の記事ですね♪
阿部次郎の仙台での様子が伝わってきます。
ただ 伝わってくるだけでなく ミックさんの記事は
対象者や 物にたいしての愛情が深いのです。
まあ 嫌いなものは記事にしないでしょうが ほんとに
どの記事を読ませていただいても 愛情深く書かれているのには驚きます。

ほんとに 偶然にミックさんのブログに出合ったのですが 出会いも必然なのでしょうか(笑)
不思議としか 言いようがありません。有難うございます。

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

つや姫さん、それがしのブログを評価して頂き感謝しております。それがしのほうも写真を撮らなかった旧松山町の生家を拝見できて感激しています。
もちつもたれつ(建設工事で言えばJV)での阿部次郎の記事は大変意義のあることと捉えています。

仙台での次郎の散歩コース巡りはおそらくそれがしの記事が初めて?と思います。これも無類の物好き&超のつく凝り性故の業なのかも知れません。
但し最近はブログに於ける「端折りの美学」も心得ております。毎回毎回このようなくどい記事ばかり書いていたのでは見るほうも嫌気が差し、愛想も尽きて参りましょう。
今夜はつや姫、ミックJVの結成式になりそうです。それではさっそく固めの杯と参りましょう(笑)
コメント&ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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