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   志賀直哉 「清兵衛と瓢箪」 
本ブログでは今までに志賀直哉の長中短編の作品を4つ紹介してきた。(長編:暗夜行路、中編:和解、短編:城の崎にて、小僧の神様)今回は短編の中でも代表作の一つとされる清兵衛と瓢箪を紹介する。

                  
            清兵衛と瓢箪粗筋
 清兵衛は十二歳の少年である。瓢箪が好きで、毎日瓢箪のことばかり考え、磨いたりながめたりしている。しかし父はよく思っていない。そんな清兵衛は古い瓢箪には興味なく、平凡なものばかり集めていた。
 
 父は「もちっと奇抜なんを買わんかいな」と言い、さらに馬琴の瓢箪をほめる。それに対し清兵衛は「あの瓢はわしにはおもろうなかった」と言い父を怒らせる。
 
 ある日、瓢箪を学校に持ち込んだ清兵衛は授業中に瓢箪をいじっているのを教員に見つかってしまい、烈しく叱責され瓢箪を取り上げられる。その後教員は家まで訪れ、母に厳重に注意した。これを聞き怒った父は清兵衛をなぐりつけ、すべての瓢箪を玄能で割ってしまう。
 
※激怒して玄能で瓢箪をたたき割る清兵衛の父(ミック想像図)

 
教員はは取り上げた瓢箪を小使いに渡たし、小使いは骨董屋に持ち込み結局五十円で売った。その後骨董屋は地方の豪家に600円で売りつけた。
 
…清兵衛は今、絵をかくことに熱中している。しかし父はそろそろ清兵衛が絵をかくことに小言を言い出してきた。
        
           ミック読後感想
 
 小説の神様と言われる志賀の作品はどれも皆はっきりとした筋が通っている。本作も短いがそれらの例に漏れず明確なストーリー性を読者に与える。
 
 わずか12歳にして骨董の瓢箪に傾注する清兵衛に大人びたものを感じるが、志賀の意図するストーリーの焦点は違う。むしろ私は「天才とはどんなものなのか?」という一般論よりも、この時の志賀の置かれた立場と心境を考えた。
 
 この小説を描かれたころ(明治45年)の志賀は29歳で、足尾銅山鉱毒問題や家の女中との結婚問題で折しも彼は父と確執を起こしていたころである。父との顕著な対立が比喩として作品に出たと私はあえて見る。(その数年後ようやく父と和解に至り、その終始を小説に著す。)
 
 志賀は自己を清兵衛に比喩し、自分が小説家になるのを反対した父(小説では瓢箪をたたき割った父)の権力に抗議したかったのではないだろうか?
 
 またこのメインテーマの他には瓢箪の形状に比喩させた彼の価値観「オーソドックスは全てに勝る」にも大いに注目したい。
 
 若かりし頃の彼の日の出の勢いを感じる不朽の名作。
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