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 明治42年出版、真山青果著小説「南小泉村」
皆さんはこの航空写真を見てどう思われるだろうか?
ここは仙台市中心より3キロほど南西部に行ったあたりで若林区の南小泉地区である。

 この航空写真を見る限り、100年前のこの地域がのどかな農村だったと推し量れるものは何も感じられないが、すぐ近くには遠見塚古墳や法領塚古墳もあり、中世からの多種多様な歴史の足跡が顕著に偲ばれる地域でもある。
 
※黄色の○印が前回取材した法領塚古墳です。
※法領塚古墳探訪へのリンク:http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30919832.html

 またこの辺りは通勤ルートの近くということもあり、私はこの地域にとりわけ深い思い入れを感じていた。
※写真につけた番号が撮影地点である。参照して頂きたい。
撮影地点1。時代は大きく変わった。交差点に建つのはネットカフェである。

撮影地点2。今は閑静な住宅地で一世紀前の農地を偲ばせるものはなにも見当たらない。

撮影地点3.ここも同様である。

撮影地点4。
幸いなことにこの水路に於いてはほんのわずかであるが往時の面影を感じることができた。

『歴史薫るこの南小泉地区の実態をもっと調べたい。』…今回の探索の動機の大きな原動力になったのがこの本「ページのなかのせんだい」(仙台宝文堂出版)である。

この本の16ページから17ページに明治時代に真山青果という作家が描いた「南小泉村」という小説が紹介されている。今ではまったく信じられないことだが、今から約105年前の南小泉はこの絵のように萱葺きの屋根の農家が200戸ほど点在する寂しい集落だったというのである。

ページのなかのせんだいによると「最初から最後まで村の悪口ばかり書いている不思議な小説」との解説だったが実際のところはどうなのか?
是非自分でこの本を購入して確かめてみたい。

そんな経緯もあって私はヤフーオークションで最近この本「真山青果全集第14巻」を手に入れた。

この本が出版されたのは明治42年なので今から103年前、印刷されたのは昭和17年なので70年前ということになる。これは古書の部類に入るのかも知れない。

オークションで購入した本だがコンディションは経年変化で変色しているものの比較的良好で読むにはなんら問題ない。ただし旧仮名づかいで書かれているため、多くの部分を推定しながらの読本は若干の時間を要した。
 
※この本の定価は2円50銭、巻末には作者の検印が押されていたが真山彬とはおそらく青果の本名なのだろう。

「百姓ほどみじめなものは無い…」で始まるこの作品、小説の書き出しは読者へのアピールであり、非常に大切なことだが、この文章が放つインパクトは相当強烈なものがあり、早く読み進んでその理由を知りたいという欲望にかられるものである。

                       小説南小泉村粗筋byミック
  医学校を中退した26歳の主人公(真山青果)は仙台で病院の助手をするものの長続きせず、放蕩生活を送っていた。そんなある日、南小泉村の収入役から願ってもない話が舞い込む。この村で医療をしている医者が掛け持ちで多忙のため、是非代診に来てほしいというのだ。
 
  これを承諾した主人公は医療を通し、この村の人間と触れ合うことになる。主人公は住民のほとんどが百姓であるこの村のことを当初見下していたが、診療所の持ち主(士族)の隠居旦那(通称:ダンポ)から『見識振っても通らぬ。腰を低くすることだ。』と告げられ、村の主たる者との対面、挨拶廻りを決意し徐々に住民との親交を深めて行く。
 
 ストーリー的にはあまり見るべきものはあまりないが、所々に105年前の仙台平野の情景が詳細に渡って描写されており非常に興味深い。ここに一例を紹介しよう。これは主人公が赴任した折に部落のKという老婆の往診に向う時に途中に於ける周囲の描写である。
 
「五月も下旬-いや、六月に入ってからかも知れない。朝の間はカッと夏晴れて、単衣(ひとえ)を欲しいくらいな天気であったが、午後から急に西曇りがして、雲行きが怪しく乱れる。低く広がるというよりはむしろぼかされるのだ。特に家を出るころからは、空気が重く凝って妙に冷気が身に染む。若葉の緑が際立って鮮やかに見えた。
 
あたりが段々暗くなった。土橋を渡る時、道を横切って、真っ白なアヒルが二三羽、トツトツトツと鳥屋のほうに急いで行く、寂しい田舎道は両方からおいかぶさるイグネの下を灰色に長く続いて見える。梢(こずえ)には風がざわつきはじめた。
 
………
 
Kの家はその分かれ道の小高い丘の上、真っ黒に雨腐れた草葺の低い家で、村では一番新家だけに―といってもそれは三十年も前のこと―イグネも何も無く、ただ北のほうだけ、風除けの竹やぶになっている。
 
茂ヶ崎黄土の平原が目路の限り軒先からズッと前に開けて、それがどこから、どこまで、青々と背伸びた麦畑である。
 
………
 
時々思い出したように冷たい風が、その上にざわざわざわと音たてて吹過ぎる。そして、その度、走り穂がチラチラ見える。がそれもホンの一時、風がやむと、周囲はまた森ともとの静寂にかえって、段々暗くなるばかりだ。…」
 
                  読後感想byミック
 往時の南小泉南西部(茂ヶ崎)にかけては一面の麦畑が広がっていたのは現在のこの地域の発展ぶりと比して驚くべきことであり、この時代農村部の一集落に過ぎなかったこの村の独立した存在を推し量れるものである。萱葺き屋根の民家を取り巻くイグネと麦の平原、この表現に以前読んだ国木田独歩の「武蔵野」を重ねた。
 
※国木田独歩小説「武蔵野」へのリンク:http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28957702.html
 
 また登場する人物の身なり服装や暮らしぶり、既婚女性のお歯黒の習慣などの風俗的な描写もあり往時の庶民の暮らしぶりを垣間見ることができる。この作品を割り切って自然主義志向の紀行文としてとらえ、往時の情景や風物詩を知るのもいいだろう。
 
 私小説は必ずしもストーリー性が無くてもいいのではないだろうか
「武蔵野」とは比較できないにしろ、この時代の仙台平野を描写するものはさほど多くないだけに極めて貴重な文献であると認識し、彼の執筆を大いに讃えたい。
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