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   旧道定義街道を行く小旅
曇り空で太陽が遮られ、ややしのぎやすかった本日、私は仙台~定義山(じょうぎさん)に向かう定義街道を通り目的地の広瀬文化センター図書館へと愛車シェルパを走らせた。
道ばたには旧道らしくこのような祠があちこちに立っている。

最初の祠から100メートルちょっとで次の祠に遭遇。

ここは登山道「見晴らしの森」の入口にあたる場所である。

地図で本日の走行ルート(定義街道)と写真撮影地点を確認して頂きたい。
:現在地(登山道入口)、:最初の祠の位置、:二番目の祠の位置、;子育て地蔵位置

ここが子育て地蔵である。
安産、そして子供の健やかな成長を願う人々の心は古今を問わない。

ほぼ子育て地蔵の前で撮影。
旧道と言ってもこのように舗装されておりピンと来ないのかも知れない。。

しかしながら、子育て地蔵から400メートルほど行ったところで旧道を発見!
どうやら近年の道路を直線にするための遺物らしい。

写真ではなかなか伝わらないがここは急な下り坂で勾配30度はあろうか?
冬場の路面凍結対策としてコンクリート舗装面にご覧のようなパターンが入れられている。
このうっそうとした林を抜けて果たしてどんな視界が開けるのだろう?
好奇心をくすぐる景観、これは二輪での郊外探索の大きな醍醐味でもある。

木々に覆われたのトンネルを抜けるとのどかな田園地帯が開けた。
ここで私はその昔、ある詩人の歌った一小節が頭に浮かんだ。

彼の名はワーズワース(英国の桂冠詩人1770~1850)

以下ワーズワース詩集1798年7月13日ワイ河畔再訪に際し創作「ティンターン修道院上流数マイルの地で」より引用。
………
あの時は去ってしまった。
あのころのうずくような喜びはもはやなく、めくるめく歓喜ももはやない。
だが私はそのことで消沈せず、悲しまず、かこつこともない。
 
なぜなら天からの別の賜り物が授けられたのだから。
喪失に対しては十分な償いがあると信じよう。
私は自然を無差別な若者の頃とは違う眼で見ることを学んだのだ。
………
万物の中を駆け巡る。それゆえに私はこの感動を受け続ける。
牧場、森、山、この緑の大地から眺める。
眼と耳によって得られるあの偉大な世界を
………

大自然と自分の同化による心地良さ…
道端にバイクを止め、
私はそんなことを頭に抱きながら再びハンドルを握った。
***
ふとある橋のたもとでこんな雄大な風景を眼にした。
広瀬川の河岸段丘と遠くの山々、木々と田園の織りなす自然の妙が再び私の心をとらえた。
***
天然のシャワーが私にクールダウンをもたらす。
この日の私には折からの霧雨さえ優しく、粋なはからいに感じた。

左側の大きく立派な橋が完成したのは11年前。
右側の道路が途切れている部分はきっと古い橋の架かっていたところなんだろう。

数分で国道48号錦ヶ丘入口に到着。
この信号を左に曲がればまもなく広瀬文化センターだ。

広瀬文化センターは風光明媚な田園の中にあった。

ここが広瀬文化センターである。
この日は郷土史の本を数冊閲覧した。
そしてもちろんワーズワース詩集もである。

彼がこの詩を歌ったのは28歳、私は彼の倍近くかかってやっとその心境に達した;;
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