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 散歩が心に余裕を生み、新たな思考に繋がる
きょうから年次休暇を入れ11連休に入った。私は本日昨今の朝の涼しさを実感するために散歩コースの一つである近所の公園に足を運んだ。
時刻はまだ5時前、途中犬を連れた一人の散歩者と逢ったきり誰とも遭わない。
公園に近接する地主の家には昔ながらの立派な屋敷林が残る。
こんな屋敷林を眺めるのも散歩の楽しみの一つである。
 ここはブログの書庫の「旧道の探索」で紹介したところでもあり、その昔灌漑用溜池とクレー射撃場があった場所でもある。公園の周囲にはさほどの大木はないが、それでも樹齢100年から200年ほどと見られる樹木があった。林の中からは小鳥のさえずりに混じって秋の虫の鳴き声も聞こえ、季節の変わり目を感じる。
 
 「やはり早朝の散歩は素晴らしい。」…私は6年ほど前、人生に行き詰った時にある人の勧めで早朝の散歩を始めた。最初は無我夢中で歩くだけだった。しかし季節を問わず、日数を重ねるうちに段々と自然と自己の精神が同化するようなものを感じ、やがて少しずつ焦燥や不安から解放されていった。
仙台宝文堂発行の「ページのなかのせんだい」という著書がある。
 この中で大平千枝子は文学者、阿部次郎(三太郎の日記などの著者として有名)における散歩について次のように書いている。
 
 「仙台に越して来た阿部はどうにかこの地を好きになろうとして仙台周辺の美術を探ることに活路を見出し、美術品の収集と研究に心に傾けるようになった。
また、多くの先人の著に没入した彼にとって、散歩は自分の思考を紡ぎ出すために欠くことのできない行為であった。」
 
 散歩のコースはいつも住居のあった現青葉区土樋から広瀬川に架かる愛宕橋から西方の小高い丘近辺のあたりだった。彼は風景を眺め歩きながら考えることで自己の思考のなかに余裕を作り、著書から得られる思想の消化吸収を助けていたのだ。

そんな彼のエスプリ(才知)に私は感慨を深め、在りし日の彼を偲んだ。

時刻は5時半、いつの間にか周囲はすっかり明るくなっていた。
………
小鳥のさえずりが忙しさを増し、朝の活気をもたらす。
「カタン・コトン…」遠くで一番列車の音が響き渡った。

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