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    山形県寒河江市へ
 まずまずの天候に恵まれた本日、私は休日を利用してバス旅行を試みた。行く先は山形県寒河江市。私は9時ころ仙山線にて仙台駅前ダックシティ向えの山形交通バス乗り場に着いた。

東北道から山形道を経由し、約1時間ほどで山形駅前に到着。

山形は雪国である。駅に到るドーム型のぺデストリアンデッキが冬場の深い雪を連想させる。

開放されたぺデストリアンデッキから北側を望んでみた。突き当たりのビル街からさほど遠くないところには観光名所として有名な霞城公園が存在する。
※本日のルートを地図でご確認ください。
赤線:往路高速バス、黄色:往路、復路、JR左沢(あてらざわ)線、青線:復路、JR仙山線

これが左沢線のフルーツライナーというディーゼル車である。
青空を思わせるボディカラーとハイカラなネーミングが私の心をときめかせてくれた

羽前長崎までは高校生で混雑した車内だが、この駅を過ぎるとご覧の通りのどかな田園地帯が広がる。なんとローカルな景色なんだろう!普段煩雑な日常を送る私だがこの時は時計を見ることもないし、スケジュールに気をもむ必要もない。
 
私は平日のバス&電車旅行を好むが、この雰囲気は明らかに土日とは異なるものである。

リンゴ、桃、梨…山形はフルーツ王国である。フルーツライナーの名称はこのような果樹園の中を走る列車にはまさにドンピシャな呼び名である。

左沢沿線はこのように田畑の中に点在する住宅地も見られる。

鉄橋越しに見えるこの川に注目して欲しい。実はこの地を流れる川は本日訪れた場所の大きなキーポイントになっているのだ。

時刻は10時半を回った。そして列車は本日の目的地である寒河江(さがえ)に到着した。

寒河江駅には地名の由来が記されていた。語感の通り寒い河がキーポイントとなっているようであるが平安時代にその源を発するには驚くばかりである。

寒河江駅の南北連絡通路にはご覧のようなリンゴ
の木のディスプレイがあった

それにしても蒸し暑い。気温は30度弱であったがかなり湿度が高かった。

私はこの通路の突き当たりにある茶店(ちゃみせ)で喉を潤すことにした。

寒河江には10年前に仕事で訪れたことがあった。
しかしながらここから見る駅北側のビューは10年前と全く違った様相を呈しており、私の冒険心を大いにかきたててくれるものであった。

 私は読みかけの小説を読みふけりながら、心地良い時の流れに身を任せていた。
抹茶(¥200)にはキュウリの漬物がつく。
 
 少し大げさかも知れないがそれは砂漠でオアシスに出会った感覚に近かった。理由はよくわからなかった。
 
 ささやかなメニューではあったが、なぜか私にとってはこのキュウリの漬物が特別な施しに思えたのだ。

喉を潤し、いっときの涼を得た私は駅前に繰り出した。
私の目に止まったのはこの堀である。
この堀は全くの偶然であったが、ある著名な文学小説を思い出させるのに十分なものがあったのだ。

そして蛇行した堀のそばに建っている古い建物は私の郷愁を誘った。

 皆さんはこの堀と石垣を見て果たして何を連想されるだろうか?私が想像したのは文豪志賀直哉が九十数年前に描いた名作短編「城の崎にて」である。
 
ミック読後感想「城の崎にて」へのリンク:http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
 
※以下志賀直哉著「城の崎にて」より引用
 
 山の手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした、其後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんな事はあるまいと医者に言われた。二三年で出なければ後は心配はいらない、兎に角要心は肝心だからといわれて、それで来た。三週間以上――我慢出来たら五週間位居たいものだと考えて来た。
 
 頭は未だ何だか明瞭しない。物忘れが烈しくなった。然し気分は近年になく静まって、落ちついたいい気持がしていた。稲の穫入れの始まる頃で、気候もよかったのだ。…中略…
 
 ある午前、自分は円山川、それからそれの流れ出る日本海などの見える東山公園へ行くつもりで宿を出た。「一の湯」の前から小川は往来の真中をゆるやかに流れ、円山川へ入る。或所迄来ると橋だの岸だのに人が立って何か川の中の物を見ながら騒いでいた。それは大きな鼠を川へなげ込んだのを見ているのだ。鼠は一生懸命に泳いで逃げようとする。…中略…
 
 鼠は石垣へ這上がろうとする。子供が二三人、四十位の車夫が一人、それへ石を投げる。却々当らない。カチッカチッと石垣に当って跳ね返った。…中略…
 
 鼠はどうかして助かろうとしている。顔の表情は人間にわからなかったが動作の表情に、それが一生懸命である事がよくわかった。鼠は何処かへ逃げ込む事が出来れば助かると思っていた。子供や車夫は益々面白がって石を投げた。…中略…
 
 自分は鼠の最期を見る気がしなかった。…

 生と死は両極ではなく隣り合うものである…こんな感覚はこの年になると誰しも沸いて来よう。
しかし志賀は弱冠三十過ぎにしてそんな心境に至りこの「城の崎にて」を綴ったのだ。
 
 この鼠のような運命がいつ自分に訪れるか否かは知る由もない。
明日は我が身とは思いたくないのは人間の常であり煩悩の成せる業であるが、客観的に見れば現実はあきらかに違うのだ…志賀がこの小説で言おうとした心境を察した。
人間の持つはかなさは公平であり、けして人ごとではないのだ。
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