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 旧道にわずかな面影を残す名取宿
昨日仙台市太白区の八木山入口の鹿落坂を訪れた私は八木山を越え、大野田、中田経由で名取市に入った。この道路はかつての4号線であり、旧奥州街道である。
街道沿いに南下してみたが、残念ながら往時の面影を残すのは一部の祠を除きほとんど見つからなかった。

古い、ものを見たい…そんな要求が私を街道西側の田園地帯へといざなった。
背景で通過する貨物列車はJR東北本線である。

※下の地図で今回の走行ルートと写真撮影ポイントをご確認ください。
今回掲載した写真は下記の3セクションです。
○:田園地帯、□:東北本線跨線橋、△:増田神社

屋敷林とうねった農道、舗装はされているものの、これはまぎれもなく古くから存在するものであろう。
なかなか古いものを見つけられなかっただけに、この時は思わずホッとした瞬間であった。

同じ林を別な角度(南側)から見てみた。
いぐねに守られた立派な屋敷は日本の農村の原風景を象徴するものであり、郷愁を誘うものである。

これは再び旧道に戻ろうとした時に東北本線跨線橋から撮影した写真である。
線跨線の下を通過するのは仙台方面に向かう下り列車である。
東北本線西側もご覧の通り工場地帯が所狭しと建ち並び、残念ながら仙台平野の田園を見ることはできなかった。

ここがこの日の最終目的地の増田神社前の奥州街道である。
ここから紹介する写真は全てこの地点から200メートル圏内である。

神社のそばの脇道にシェルパを止めさせて頂いた。
梅雨の合間の太陽が眩しい。

これは神社の境内である。車で訪れた一人の若者が信心深くお参りする姿が印象的であった。

この神社の道路を経た南向かいの公民館にこんな看板を見つけた。
なんと松尾芭蕉もここを訪れ、句を詠んだようであった。
 
傘島はいづこ 皐月のぬかり道
 
皐月に訪れた道はぬかり道で健脚だった芭蕉翁をしても手こずったのだろう。
また泥で汚れもしたことだろう…
 
しかしながら、なんとものどかで風流な句ではないか。
この絵からも想像されることだが、やはりこの時代は周囲を田で囲まれていたのだろう。

同じ場所にあるこの立派な松を見て欲しい。見るからになにか由緒のある松らしい…
明治9年に明治天皇一行が訪れてご休憩した場所との説明である。

藩政時代にはここに名取郡検断屋敷があった。その規模は2棟で315坪とのことである。

そして更に150メートルほど南に行くとこんな古い家が建っていた。
昔の商家風に見えるが、この日訪れたこの地区ではダントツに古い建物であった。

この立派な門構えが往時の奥州街道を彷彿させる。

これは先ほど紹介した松尾芭蕉の句の看板の上の部分に書かれていたことで、この道が奥州街道だった証である。

そろそろ腹がへってきたのでお昼にする。
こういう時はなるべく大型チェーン店を避け、地元に密着した食堂を選ぶのが私の流儀である。
あるかたから言わせればマニアックとも言われる(笑)
 
それにしても「おこのみラーメン」とは何ぞや??
お好み焼きをラーメンに盛ったメニューのことだろうか?
それともこの店の名前なのだろうか?
これが私の好奇心に火を点けた。

清潔感あふれる店内はご覧の通り貸切状態。
風通しもよいので冷房は無用である。

おこのみラーメンとはやはりこの店の名前だったようである。
もやしラーメン¥620、はっきり言って当たりの部類に入るだろう。
分厚い醤油のとろみが重厚感を出しており、ボリュームもまあままあだった。
これなら他のメニューもイケそうな感じだった

 
天候にも恵まれた久しぶりの土曜の休日に感謝し、私は帰路に着いた。

仙台市八木山~名取の歴史を訪ねるシリーズ
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