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 エルガー 威風堂々! 
正直言って以前の私にはこの違いがわからなかった。
私がこういう考えになったのはここ数年である。
 
 
私の尊敬する伊達政宗の言葉にこのようなものがある。
「礼に過ぎればへつらいになる。」

へつらいとは単なる機嫌取りであり、それは目うえの者から見れば自分への忠誠ととらえ、時に好ましく思えることもあるだろう。
 
 
だがよく考えてみたい。
諂いを行うのは単なる一時しのぎであり、魂を売ったことにもなるのだ。
 
よしんば私がその目うえの者であったならこう思うだろう。「ああ、やはりこいつも権力に負けて俺の支配下に入ったんだな。」と…
 
私はここで考えた。
果たしてそれが本当に人の道なのか?
それは単に現世を巧く渡り歩くための安易な手段ではないのか?
そして自分のためなのか?
 
金や権力が全てならこの世は至って味気のないものとなり、人類の進歩や切磋琢磨を妨げるものになることだろう。
 
お察しの通り、権力に抗うのは勇気の要ることである。だがその殻を私はあえてベンハ-の如く打ち破りたい!
 
すべての人間は平等の旗の下にある。従ってこれが侵された時は正々堂々と戦うのみ。それはけして自分のためだけでなく、多くの人に希望と勇気を与えるためである。
 

ベンハ-の宿敵、メッサラはベンハ-に対しけしてへつらいを求めなかったことだろう。
 
改めて私は礼節とへつらいの違いをわきまえ、正々堂々と人生を歩むことをここに表明する。
 
 
ベンハ-の如く、例え相手がだれであろうが、正々堂々と渡り合うのは相手に対する礼節であり、人間としての信義である!
 
支配者階級のかたがたよ、よく聞くがいい。某は人のうえに立つならば、このメッサラのようなポリシーを心に刻みたいのだ。
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