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  急速な発展のもたらした功罪
赤で囲んだ場所は丸田沢と言って前回取材したコレラ塚のある水の森公園である。
その左下の横文字で書かれた地域が仕置場(仙台藩刑場)である。
当時(江戸時代)の絵図からは山と川と田園しか確認することはできない。

現代地図、赤○:水の森公園(丸田沢)、青○:仙台藩刑場跡、黄色○:肩掛山
周囲はすっかり住宅地で囲まれてしまった。この拓けぶりに注目して欲しい。

ここは刑場跡から東に100メートルほど来た場所である。
道が180度U字型にターンしているのは極めて珍しく、興味深いものである。
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正面に見えるのは仙台市地下鉄「八乙女駅」ホームである。

ここで私はこのU字状道路のターニングポイントの北東側に位置する某マンションを見てみた。
震災復旧工事だろうか?この日は鳶さんが一生懸命に足場を組んでいた。
私は仕事柄、彼らが仕事しているのに少々申し訳ない気になり、心の中で「ご安全に!」と声を掛けてやった。

そして西側に目をやるとこんな小高い丘がそびえていた。灯台もと暗しとはこんなことを言うのだろう。地元に居ながらこんな場所があったとは思ってもいなかったことである。

肩掛山。この場所に101年前、大正天皇が訪れたということは大いなる驚きであった。

七合目まで登って南東部を見下ろしてみた。
冒頭の江戸時代の仙台絵図をご覧頂ければ往時の昔人の見た風景を思い起こすのはさほど難くないだろう。こんな風景を見るのは私自身初めてありきわめて新鮮なものでもあった。
 
ここで江戸時代にタイムスリップしてみよう。起伏に富んだ地形、のどかな山川に囲まれ奥州街道を上から見下ろすビューは往来した人々の心を癒すと言いたいところだが、いやがうえにも左眼下に望む仙台藩刑場を意識せずには居られなかっただろう…
 
断末を向かえる罪人の気配、見せしめの獄門(さらし首)、…悪いことをすれば誰しもこうなり得るのだということがおそらく往来人の頭を支配したことだろう。

ここは仙台藩刑場の北西部の場所だが、畑仕事に精を出す老夫婦とそれに話しかける通行人が私の目をとらえた。
 
以前紹介したが私に旧道探索の大きな動機を与えてくれた少年時代のサイクリングにおいても当時の私の視界にこんな風景が展開していたに違いない。
この畑に限って言えば数十年前とあまり変わってなく、私に安堵感と少年時代へのノスタルジーをもたらすものであった。

肩掛山の頂上にはご覧のような東屋が建っていた。

頂上から南を望んでみた。百一年前の大正天皇が見た風景とだいぶ異なるものだろう。

大正天皇がこの地を訪れたことを示す石碑は極めて意味の深いものである。

頂上を西に過ぎるとなだらかな下りの道が展開した。
きっと昔人のよき散策の場であったことだろう。

バイクで更に西側に移動してみた。ここも高台であり新旧のこの地区の発展を見ながら急激に変貌した場所ということであろう。
 
仙台藩刑場の存在感は確かに大きなものがあったが、開発の名のもとに大きく変貌してしまった泉区八乙女地区。
万物には必ず、変化と別れがつきまとうものであり、わかっていながらも改めて現世の無常な時の流れを感じるものである。
 
けして煩悩から逃れ得ぬ私にとって、この付近一帯の寂しさ、虚しさはぬぐい去れないものである。
刑場跡、肩掛山。いずれも仙台藩の近代への移行を示す貴重な史跡であった。
この探訪が更なる次へのステップになることを切に願い、私はこの地を後にした。
仙台市泉区の江戸時代から近代への変遷シリーズ
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