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大河の氾濫を食い止め人々に豊かな生活をもたらした人工川
 皆さんはご存じだろうか?宮城県の主要な川のほとんどが運河で繋がっていることを。
旧北上川は南へ流れ石巻市で石巻湾に注ぐわけだが、その河口から松島湾を経て阿武隈川河口まで、全長約60kmにも渡る貞山運河が延びて主要な川と繋がっているのだ。
 
 この運河により岩手内陸部を水源とするの北上川水系、宮城県の仙台平野の全ての水系、そして福島県内陸を水源とする阿武隈川水系が全てつながっている。
 
 今回紹介する追波川は現在、北上川の河口の本流を成す人工の川として有名であり、治水を目的とした運河である。下の地図の4番の番号が振られた川が追波川である。
 
         ※以下wikipediaより引用
 かつて旧内務省による「北上川改修工事事業」という公共事業があった。北上川は、かつて石巻を貫流して仙台湾へと注いでいたが、度重なる洪水から石巻などの下流地域を守るため、下流域の手前から分流させる工事に着手することとなった。
 
 1911年(明治44年)から1934年(昭和9年)までの23年をかけて北上川を登米市付近で派川である追波川を利用した開削工事を実施。旧北上川と新北上川に流れを分け、新北上川を放水路として東の追波湾へ遷させた。
 
          ………
 
 ではこの人工の川、追波川が作られる以前のこの旧北上町地区は一体どんな地形でどんな土地柄だったのだろう。そんな疑問が私の脳裏に浮かんでいた。そのことが私の好奇心に火をつけてくれた。
 ここは上の写真4地点で撮影したものである。
堀と欄干のない橋がいかにもローカルである。
 
 今では新大河の支流となったこの堀だが開削工事以前はもっともっと細い川に注いでいたことだろう。その様は人間の体内を走る毛細血管のような印象を与えるものである。

一本のうねった茎(道路)から複雑に分岐した田舎道と村落。
その様をなんと表現したらいいだろう。
 
毛細血管という表現も間違いではないが、それはブドウの房のようなものを思い起こして頂ければ実像に近いイメージである。
 
立派な屋敷に咲く満開の桜が私を出迎えてくれた。

驚くべきことにこの地区にはこんな立派な門を持つ民家が非常に多いのだ。
それは今の家屋にはけして見られない家の格式と重さを感じさせるものである。

立て札は「竹迫の古碑群」と読み取れるが、この碑の一つ一つの由緒をたどるのも極めて興味深いことである。

ここは観光地でも何でもない場所である。それだけに私の興味を一層引いたのかも知れない。
 
私はこの村落に来てまるで時代劇のロケ地にでも迷い込んだような倒錯を受け、しばしその軒並みに見とれていた。

非常に珍しいものをお目にかけよう。「獣魂碑」これは昭和44年と比較的新しい時期に立てられた碑であるが、馬頭観音とは違って、馬以外の獣(牛、豚、鶏…)の霊を祀ったもののようである。私も初めて見たが、殺生を嫌う仏教の教えを感じる碑である。
ここは地図で言えば5の場所に当たるところであり、この坂道を延々と登って行くと牧場に達する場所である。

あわよくば海側に抜けたい…
しかし残念ながら牧場は現在立入禁止であり、ひき返さざるを得なかった。
帰路の木々の切れ目で下界を見渡す。
山の斜面の間に見える大河はもちろん新北上川(別名追波川(おっぱがわ))である。

次に私が向ったのはぶどうの実のような村落に存在する小さな神社(薬師如来)である。

 新緑の木々をなびかせる春の風が心地よかった。
ここで、この集落に別れを告げようとした私が見たのは沿道に咲く菜の花であった。
質素な感じながら可憐に咲く菜の花に目を奪われ、思わず私は立ち止まった。
日ごろ花道には縁遠い私であるが、昔から「○○の花道」とはよく言ったものである。
しかしながらこの日の私にはその心境がよくわかる気がした。

この辺りでは一番大きな神社に到達した。まだ昼前後であったが、寄り合いの酒席帰りの男衆の姿も目に止まった。 
※地図の6地点

 高台にある二俣神社から近くの部落を眺めてみた。自然の中に整然と作られたような町並みが印象に残った。

 さっきの神社と700メートルしか離れないところでたまたま中規模の神社を発見!
※地図の7地点

神社を起点にクランク型に折れた道路。
この人工川ができる前のこの地域はどんな場所だったのだろう?
追波川は単なる治水の効果だけでなくこの地域を解放し、流通経済において石巻との連携を大いにもたらしたことだろう。
私はこの小高い場所でこの地域を改めて眺め、追波川への興味を一段と深めた。 

 静寂の中にたたずむ質素な社殿、そしてそれをきらびやかに取り囲む満開の桜の対比が私の心を打った。こんな場所で一人瞑想にふけり俳句や詩に思いを巡らすのも悪くないだろう…

 ここは灌漑用水の取りだし口の辺りで石巻市稲井沼という地区である。
※地図の8地点

 まだまだいろんなものを見てみたい…人工大河の大きな存在感と稲井沼干拓事業の歴史を肌で感じながら、私は後ろ髪を引かれる思いを胸に、この地方を後にした。
                   シリーズ完
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